天上の声

 カウンターテナー 藤岡宣男 お別れの会

2005年10月19日 すみだトリフォニーホール


三田文学編集長 加藤宗哉先生による追悼のお言葉

御霊に捧げる言葉

 藤岡宣男さんのいない日々が、流れます。
同じように朝の陽がのぼり、街を人が動き、車が走り過ぎます。
藤岡さんがいなくなったというのに、まわりの風景は何も変わりません。
ただ、私のうちに、こらえきれないような、息ぐるしい瞬間がやってくるだけです。 
何故に、天はこの若い才能を突然奪ったのかと、私は恨み言をつぶやきます。
奪うなら他にもいくらでもいたでしょう、と私は自分の年齢と藤岡さんの年齢とを引き比べます。

 しかし先日、藤岡さんのお弟子の一人から、こんな言葉を聞きました。
「いま、不思議なことに藤岡さんの苦しげな顔は思い浮かびません。満ちたりた藤岡さんの輝くような笑顔だけが見えます」。 
その言葉をきっかけにして、私のなかの息苦しさが掻き消されました。
あの九月二十五日の事故につきまとっていた「無念の死」というイメージが、徐々に変わり、いま、藤岡さんの輝くような笑みを、私も思い浮かべることができます。

 この三年間、私は藤岡さんにいろいろなお願いをし、歌ったり語ったりしていただきました。
詩人の吉増剛造氏とともに出演いただいた三田文学スペシャルイベント「声、宙をふるわす」では、藤岡さんは佐藤春夫の詩を四曲歌ってくださった。また三年前の遠藤周作没後七年の記念イベントでは、紀尾井ホールで、小説「侍」にちなんだ曲を三日間に渡って歌って下さった。さらに昨年、銅版画家・浜口陽三の個人美術館での歌とトークの会では、作家・荻野アンナさんと藤岡さんと私とで、絵や歌、そして旅について楽しく話し合うことができました。

 それらの会に参加した一人の女性から、先週、私は一通の手紙を受け取っています。
ここに、その一部をご紹介させていただきます。

 藤岡宣男さんの歌声を初めて聴いたのは、三田文学スペシャルでした。舞台の藤岡さんが「う・ぐ・い・す」と発した途端、その声がわたしの体のなかに入り込みました。
そんなことは初めての体験です。だから、そのあとのミュゼ浜口陽三でのトークとコンサートの会にも一番に申込みました。
藤岡さんはヴィクトル・ユゴーの詞になる歌曲をまずお歌いになりましたが、それはフランス語だったので、わたしにはただ美しい音色に聞こえました。ところが藤岡さんが次に「さくら」を歌い出すと、音響設備もないミュゼの地下室いっぱいに、桜が咲いたのです。
私は、そこにすわった人々のなかでそれぞれの桜の記憶が喚起され、それらのイメージが地下室に限られた空間に渦巻いているのを見ました。
藤岡さんの歌唱力と、歌詞にこめた心が、その場にいた人々を包み込んだのです。日本語という私たちの母国語の力を感じた瞬間でした。
 それ以来、私は藤岡さんのホームページを見てはコンサート情報をチェックしました。それはずいぶんハードなスケジュールのように思えました。そして先週、十月四日、私は加藤さんの講演と藤岡さんの歌を聞くために横浜のひまわりの郷ホールに出かけ、そこで藤岡さんがなくなられたことを知りました。
その夜、帰り道、雨が降っていました。冷たい闇の中に白い花が点々と見えました。
シャクナゲでした。 
感傷的な物言いをお好きでないのは充分わかっていますが、あえて言わせてください。藤岡さんは深紅のバラがお似合いのように見えるけれど、じつは白い清楚なシャクナゲこそがふさわしい。そして白い小さな花びらのなかには、硬いタネをがっちり包んでいらしたのです。 藤岡さんの歌声と出会わせて下さったことに、深く感謝いたします。

』 

 書いて下さったのは、横浜に住んでおられる_____さん(割愛しました)です。感謝いたします。

 私の想像する藤岡さんは、たとえば道のむこうから人が歩いてくれば、わきによけてやり過ごすような人です。決して争うことなく、いつも控えめで、穏やかな表情を崩さない繊細な歌い手。
私は藤岡さんと同じ広島出身の作家・原民喜を思うのです。
名作「夏の花」を遺し、夭折した原民喜も、たとえば市電のパンタグラフがスパークするたびに体をふるわせたと言います。そして、車道を一人では渡れないような小説家でした。おそらく藤岡さんもどこかに、それと似たような繊細さを持っていたのでしょう。
声高に叫ぶことなく、感情的になること高ぶることを嫌った藤岡さんの歌を、私は思い出します。
抑制することの美しさを、私は藤岡さんの歌に見ます。

 原民喜が死んだとき、後輩だった遠藤周作は「なんて美しいんだ、原さんの生き方はなんてきれいなんだ」と言いました。
私はその言葉を、いま、藤岡さんにそのまま捧げたい。
藤岡さん、あなたの生き方はなんて美しいのか、あなたの歌はなんてきれいなんだ。

 我々は、生身の藤岡さんの歌声を、もう二度と聴くことはできません。しかしその歌声は、他の何かを、誰かを通して、我々の耳に届き、先ほどの手紙の言葉のように「体のなかに入り込んで」きます。 今日、我々は藤岡さんのお仲間の方々による歌と演奏を聞きました。 そのなかに、私はたしかに、藤岡宣男さんの声を聴きます。 その方たちが歌いつづける限り、演奏をつづける限り、藤岡さんの声は永遠に私の耳と体に響きます。 そして私たちは永遠に藤岡宣男の歌声を聴きつづけます。藤岡さん、あらためて申し上げます。有難うございました。本当に有難う。


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