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塚田佳男先生による追悼のお言葉
藤岡君
あなたが忽然とこの世からいなくなって、もう三週間以上も経っているというのに、
未だに、わたくしはあなたの死を信じることができません。
今にも携帯から、次のレッスンの催促の声が聞こえてくるような気がしてなりません。
ここのところ、昭和の初期の懐メロを新しいレパートリーにするために、あなたは張り切っていたはずです。
あなたがいなくなってしまう一週間前にも、深夜のレッスンであなたは目を輝かせてわたくしのアドヴァイスに食いついてきました。
そして、あなたがいなくなってしまうその日にも、電話で新たに希望に満ちた話をしたばかりでした。
あなたが日本の歌を勉強したいと私のもとを訪れてから、約五年の歳月が経ちました。
もっともっと上手くなって欲しいとわたくしは容赦なくレッスンをしてきましたが、貴方の類まれな細やかな感性は、わたくしのどんな細かな指摘にも見事に応え答えてくれました。
あなたは本当に純粋に歌が好きで好きでたまらなかった人でした。
カウンターテナーは、声はもちろんのこと、姿も生き方も常に美しくなくては駄目だというわたくしの持論を体現してくれた人でした。
思えば、その美しさを美しいままで人々の心に残して消えていったあなたは、カウンターテナーとしての一つの人生の完結だったのだと、今わたくしは自分の心に言い聞かせています。
人は、その人の記憶が全ての人々の心から無くなったときに初めて本当の死を知るといいます。
わたくしは生きている限り貴方の声と姿を忘れません。
だから、あなたにサヨナラは言いません。
この宇宙のどこかで、またきっと逢えるとわたしは信じて生きていきます。
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