天上の声

 カウンターテナー 藤岡宣男 お別れの会

2005年10月19日 すみだトリフォニーホール


書上奈朋子氏による弔電



藤岡君はいつも頭の良い子供みたいな人でした。

いつでも回転が早く、1,2,3,とは進まず、1,5,20,のように加速して話が進みました。

なんでも明け透けに話しては面白い音楽を作ろう!といつでもワクワクして必ず何かしらの具体策がでるまで頑張って来たように思います。

藤岡君と一緒に作った「マジックオブラブ」は、出会ってからだいぶ経ってからの作品でした。

私はカウンターテナーというものが日本でもっとまともな市民権を得るべきだと常日頃考えていたので、是非日本のみならず世界的にも今までにない感覚で良いのを作ろうよ、とかなり色々な企画を考えていました。

が、やはり行き着くところは藤岡君の声の色々な素晴しさを全面に如何に出だすか、それに尽きたように思います。

彼はクラシックの奥深い良さとポップスのかっこよさを体で理解していました

それはまさに感覚的なものですから節回しや何か小手先でできるものではなかったのです。

色々なパターンをセンスよくこなしていく歌に私はとても興奮を覚えました。

よし!それだ!というテイクがでるまで何日も何日もスタジオにこもって作り上げて行く作業はかなり根気のいるもので、決して妥協しない二人はかなり素で戦いました。

でも、私の言った事をなんとか理解しようとして必死でメモっては家に帰り、それでも悔しくて皿を割ったりしたという話を聞くと、彼の純粋な音楽への気持ちが痛いほど伝わり本当に出会えて一緒に作れて幸せを感じました。

そんな作品作りも終え、これからまた一緒にいろいろやっていこうよ、、、と思っていた矢先にこんな事になってしまい、私は最初「何をまたブラックなジョークを。。。。」
と疑う事しかできませんでした。ひさしぶりに綺麗に晴れた日でしたので私は洗濯をしつつ、もう一度ネットでニュースを確かめ、いよいよ本当の事かと思った時は洗濯を干しながらただただ涙があふれて

「なんでだよ、なんでだよ。。もっと話すべきだったよ。。もっとこれから作るべきなだよ」

と、こんな晴れた日の世の中の日常は続くのに、続かないものがあるのか、、と理不尽を自宅の5階のベランダで洗濯を干しながら強く感じました。

本当に悔しかったです。

その日の夜は深夜に藤岡君と作ったアルバムをちゃんと対峙して聴こうと、マスタリングした時のマスターCDをかけました。

藤岡君の声は前へ前へ進みます。二人で話し合った事、喧嘩し合った事、全部仕上がった時のマスタリングでの視聴の時の高揚感、そんな事が次から次へと押し寄せ、悔しさと懐かしさでいっぱいになりました。

「いい歌だよ」

それが私からの藤岡君への一番の言葉なような気がします。そして心からそう思います。

音楽の素晴しさは人の心の中で生き続ける事だと思います。

生き続けその人とともに成長し、助けになり、そして受け継がれて行く事だと思います。

もちろん藤岡君の歌や声はわたしの血となり肉となり生き続けます。

そして私から生まれる音楽でまた多くの人にその精神は受け継がれるのです。

決して彼の歌は終わった訳ではないのです。

これからが私の勝負、そして彼の勝負です。

決して無駄にはしません。

あきらかに、私の心に残してくれた彼の精神は必ずやまた形にしてみせます。

「また〜、まったくもう、かきあげさんは〜。。。。」

と、時々どこかから私の変な行動を笑って喜んでいる藤岡君の姿を感じます。

かきあげさんはいつまでも独創的でオカシクいてほしい、、

そんないたずらっぽい彼の目を励みに

これからも私は作り続けて行きたいと思います。

そしていつもそうやって心のどこかに行き続けていてくれる事に感謝します。

「いつもありがとう。

いい歌だよ。

これからもよろしく!」


書上奈朋子


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