| 第3部第1章
藤岡宣男物語り3 高円寺 綾
(出会い)
ブライアン・アサワのリハーサルが始まる。藤岡は構えるように耳を澄ませた。
透明感溢れる声が響く。矢張り間違いがない。これだと感じた。何を、これだと感じたのか、その時の藤岡は解らなかった。しかし、これだった。
じっと見つめる藤岡に、ブライアンは何の反応も示さずリハーサルを続けた。
藤岡には、芸術の森の風の音も、木の葉が揺れる音も聞こえない。ブライアンの声だが、体中に響いていた。
リハーサルが終わった。
藤岡はブライアンのみを見つめていた。そのブライアンが舞台から降りて、どこかへ歩いて行く。藤岡は無意識に、その後をつけた。
ブライアンはトイレに入った。藤岡はトイレの前で待った。
そして、ブライアンが出て来た時、声を掛けた。
藤岡の語学力は天才的である。留学時に英語はマスターしていた。ブライアンに声を書けるのに、躊躇することはなかった。
滑らかな英語でブライアンに言った。
「素晴らしい歌です」
ブライアンが笑顔で答えた。
「ありがとう。君も歌いたいのか」
と。君も歌いたいのかとの問い。これが、藤岡の未来を決定づけた。
「ええ」
無意識に答えた。
「じゃあ、僕の楽譜を上げるよ。僕の部屋に来て」
準備されたような会話である。一体、誰が、何の目的で、こんなプロデュースとストーリィーを作るのか。
ブライアンが、藤岡の歌の道を準備した。楽譜をくれ、師事する先生を探して、さあ、どうぞという道をつけた。
その日から、藤岡の生活が一変した。
東京へ出張するのは、月に二度三度あった。その都度、声楽の発声を習うことになった。 歌で先生に師事するなど、その日まで考えることがなかった。
ただ、残念なことに、その時、ブライアンのアメリカでの連絡先を聞いたが、連絡をする前に、ブライアンの連絡先が変更になって、今も連絡がつけられない。ブライアンはエージェントを変えたのだが、それがどこなのか、その後の藤岡には不明である。
しかしブライアン・アサワは、今、世界的に活動している。いつか、一緒の舞台をと藤岡は夢見る。
一年間は、趣味で歌を学んでいるという意識が強かった。だが、それは本格的なプロの道になど、考えていなかった。
大学時代にグリークラブに入り、歌を歌ったが、一人で歌うことは始めてである。ところが楽しい。そして、驚いたのは、高音域が出るということである。これは、もしかしてカウンターテナーなのか。いや、カウンターテナーと言える音域が出るのだから、そうであろう。驚きが、発見になり藤岡は自然にカウンターテナーの道を歩き始めたのである。
そんな折り、その世界では、敵が多いと言われる声楽発声指導のM先生と出会うことになる。
M先生が、札幌に年に二度ほど指導に来ているから、指導を受けたらどうだという話が、人を通して藤岡にきた。
力あるといわれるM先生に指導を受けることを、藤岡はすぐに決めた。
M先生は、藤岡の声質を即座に見抜いた。
「歌でやってゆくつもりはないのか」
と、M先生に言われたのが、藤岡の悩みの幕開けだった。
東京出張の際にも、M先生の指導を受けるようになり、その頃から、藤岡の胸に歌の道という世界が芽生え始めたのである。
ブライアン・アサワの歌を聴き、これだと思ったこれが、現実の問題として藤岡の心を占領し、一つの方向を指し示した。
思えば子供のころ、よく一人で椅子の上に上がって歌を歌った。歌うのが楽しくてしょうがなかった。三つ子の魂百までも。人の前で歌えば、もっと楽しいだろうに・・・
ヤマハの仕事は、順調だった。年収も上がり、このままゆくと、出世コースを歩ける。母親にも、良い暮らしをさせて上げられる。何も問題はなかった。もし、藤岡に音楽の神が囁かなければ、藤岡は音楽教育の世界で十分に満足し、活躍しただろう。
しかし、音楽の神は、藤岡に道を指し示した。
お前が歩むべき道は、歌うことと。
♪(注・藤岡以外の人名は、承諾を取った人以外は、仮名です)
2006/2/27掲載
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