藤岡宣男物語り4  高円寺 綾

 (ささやかなデビュー)

 ともすれば、無意識のうちに埋没してしまう日々の生活。しかし藤岡には、歌の道を見いだしたことから、仕事だけではなく、歌を唄うということを意識せざるを得ない日々になった。仕事を持ちつつ、趣味で作曲をしているという、同年代の男、酒井に出会ったのも、歌を唄うことがきっかけだった。

 酒井は、父親が作詞したものに曲をつけ、父親の退職記念にCDを出したいと考えていた。話しは、藤岡にストレートにきた。

「僕の歌を歌ってくれないか」

 藤岡は、一にも二にもなく承諾した。歌いたかった。

 今も、そのCDは藤岡の元にある。ボーイソプラノのような声質で、キンキン張った声である。今なら、とうてい満足するものではないが、藤岡にとっては、大切な思い出の品になっている。

 藤岡もそのCDを買い取り、百枚ほど売りさばいた。聴く人が、藤岡の声を絶賛するのが、心地よかった。自分は歌えるのだという自信がついた。

 だがそれは、まだその世界を知らないという怖さである。

 藤岡のうわさが人の口に乗り、教会で宗教曲を歌ってくれと頼まれることにもなった。

 人はよく知らない時は、怖いもの知らずで行動できるが、本当に知ってしまうと手も足も出ない状況に陥る。知らない人は、知らないがゆえに、知っていることを多く語る。知る人は、知るゆえに、知っていることも多くを語らない。

 物を知り、理解するということには、ある種の痛みが伴う。

 知らない者は、痛みを知らないがゆえに、愚かである。

 自分が何を知らないのかを知る人、そういう人を哲学する人という。

 北の街札幌の夏は短く、秋は速足でやってくる。札幌の秋を知る人は、その秋風に泣き出しそうな気分になる。一人でいられない程、北国の秋は寂しい。

 ヤマハの向かいにある中島公演の木々の緑が枯れ果てて、茶褐色に染まっている。それが秋風に吹かれて痛々しい程の風情を醸し出す。

 雨の日などは、とうてい外を歩くのがためらわれる。暗くて長い冬の到来を告げる寒い風が吹くからだ。

 藤岡は、結婚を考えていた。それは母親のためでもある。もう長くない母親の人生を考えると、矢張り家庭を持つことが必要と思う。結婚を考えている相手もいた。気持ちが通じて、気楽にいられる相手である。何の問題もない。

 ところが、ここにきて、自分の人生に闇が見える。先行きが見えない。それは、歌の道に歩み出そうとしているからだ。

 一体、自分は何をしたいのか。歌の道で食べて行くことが出来るのか。そん甘いものじゃない。でも、歌を唄う生活がしたい。現実の生活と、どう折り合いをつけてゆくのか。

 寒々しい公園の木々の葉を見つめつつ、藤岡は人生に佇んだ。

 30歳を過ぎてからの決断は重い。まして収入も地位も安定している今の生活を捨ててしまうということなど、誰が考えられるのか。

 揺れる心。煩悶。

 幾人かの信頼する人に、何げなく尋ねてみることがあったが、誰ひとりヤマハを辞めてなどと口にする者はいない。皆、趣味の世界で十分だと考えている。

 歌を趣味の世界にして、満足するものだろうか。

 仕事を終えた藤岡の足が、すすきのへ向かう。

 札幌へ出て来て間もない頃、友人のいない寂しさから、一件の店を捜し出した。昼間はティータイム時間があり、夜になると酒が飲めるバーである。藤岡は、その店がお気に入りだった。

 時間の早い時は、ティーを飲み、小一時間過ごして地下鉄で家に戻る。遅い時は、カクテルを飲み、従業員とおしっゃべりをして時間を過ごす。その店で顔見知りになった客も多くいる。

 すすきのは、東京以北最大の歓楽街である。すすきのでは、すべての遊び場が揃っていた。秋のすすきのは、寂しい人の群れが出来る。人恋しくて、皆すすきのに出る。歓楽街には、何かありそうな予感がするのだ。

 歌にも歌われる街、すすきの。

 そこはまた、出会いの場所でもある。友人から恋人、悪友から、徒党を組む連中まで、様々な出会いがある。盛り場を馬鹿にできない。そこから出発するものも多い。出会いは、人の技ではなし得ないものだ。そこには目に見えない縁という奇跡がある。

 藤岡は、そこで出会う人物が、人生に大きく関与してくるなど、ゆめゆめ知らない。

  ♪(注・藤岡以外の人名は、承諾を取った人以外は、仮名です)

2006/3/6掲載

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