藤岡宣男物語り5  高円寺 綾

 (何者との出会い)

 遅い時間だった。すすきののバーで、藤岡はカクテルを飲んでいた。

 藤岡は酒が強い。心地よくなるが酔っ払うということはない。もうそろそろ、腰を上げなければと思っていた。客は、数名、静かに飲んでいた。

 ドスンという音がして、一人男が扉を引いた。

 その男は、和服を着ていた。藤岡の隣の席に腰を下ろした。そして、カウンターに肘をつき、その肘に顎を乗せて、カウンターの中の従業員に

「あんた、それ何」と

 奥にある、ペットボトルに入った飲み物を指した。

「これ、お酒じゃないです」

「いいよ、酒じゃなくても」

「アイスカフェオレですよ」

「それ飲む」

 男は酔っていた。藤岡を一瞥しただけで、無視するように、前を向いた。

 藤岡は興味を持った。

「いつもお着物なんですか?」

 と、声を掛けた。

「ああ、いつも着物だよ。これしか着るものないんだ」

 憮然とした言い方である。

「いいですね。僕も着物が着てみたい」

「いいんじゃない。あんた着たら、若く見えるよ」

 男は、無造作に言う。

 いつも和服を着ているということは、普通の仕事ではないことは解る。しかし、面白い。藤岡は興味を引かれた。だが、それ以上、話しかける内容が思いつかない。帰ろうとしていたが、何となく、帰れない気分だった。

「ああ、今日は酔った。クニちゃんは、いないの」

 男は、カウンターの従業員に話しかける。

「今日は、まだ出てきてません」

「クニちゃんのフアンなのに。じゃあ、酔ったから、帰る」

 男は、財布をカウンターの上にドスンと音を立てて出した。

「いくら」

 藤岡は、まだ何か聞き足りない気がしたが、男は、支払いを済ますと、すぐに店を出た。「今の人、誰?」

 藤岡がカウンターの中に声をかけた。

「占い師。知らないの?、有名だよ」

 そう教えられて、藤岡は全く今までに会ったことのない人種だと、溜め息をついた。

 その占い師だという男に、半月後にまた、別な店で会うことになる

 占い師と聞いて、藤岡は思い出した。人の紹介で京都の占い師に見て貰ったことがある。今の仕事と、歌の道についでである。その占い師は、今の仕事を続けること。歌は趣味にしていなさいとアドバイスをくれたのだ。矢張りと思いつつ、逡巡している自分がいた。趣味でもいいさと思いつつである。

 だが、歌を唄えば唄う程、引き込まれて行く。何かに後ろを押されているかのように、没頭してゆくのだ。それに比べて仕事は、次第に魅力ないものに思われてくる。

 藤岡が仕事を覚えるのは早い。人が一年を掛けるとすると、藤岡は一カ月で済ます。飲み込みが早い。一を聞けば十を知る。

 仕事に振り回されるようなことはなかった。何のことはない内容である。ただ、新しく立ち上げていた、ダウン症の子供たちの音楽教育には、素晴らしい意味と意義を見いだしていた。世の中に役立つことを仕事を通して出来るということが嬉しかった。

 講師採用や講師の指導に関しては、ただ黙々と耐えるという感覚である。相手は女性であるから、何より耐えること。耐えて話を聞くことに尽きた。女性は言葉にすることで、安心し納得する。人の話を聞くことほど忍耐のいるものはなかったが、藤岡の仕事の大半は、それだった。

 寒さが凍みる秋の夜だった。10月の札幌は、泣きたくなる程寂しい風景が広がる。北国の秋は、風情という言葉を超える。そんな生易しいものではない。会社の横に広がる中島公園の木々の紅葉が、何と鮮やかなことか。それはつまり寒いからである。

 枯れ葉が足元にまきついてくると、思わず生きていることの孤独を思わせる。下から吹き付ける風は辛い。広島の寒さを知っていた者にとって、北海道と寒さは全く別物だった。 藤岡は足早にすすきのに向かった。

 その日、藤岡は、いつものバーで紹介された同じビル内にある、カラオケのある店に来ていた。本当に珍しいことだった。一人で、カラオケスナックに来るとは。

 何となく、カラオケで唄いたい気分になったのだ。

 ビールは嫌いで飲まない。水割りも駄目。矢張り、カクテル系の飲み物を頼んで、カウンターで飲んでいた。

 暫くして、あの男が店に入って来た。

 今度は、男が藤岡を見て「アッ」と言った。藤岡も会釈した。

 男は、ボックス席のソファーに腰を下ろした。

 誰ともなく、客がカラオケを歌い出した。藤岡もリクエストした。

 英語版のテネシーワルツを唄った。唄い終わると、男が拍手して、大きな声で

「いいよ。音程もしっかりしていて。うまいうまい」

 と言う。藤岡は頭を下げた。

 マスターが気を利かせてか男に

「ご一緒にどうですか」

 と言う。

「いいよ」

 男が、ソファーの席を示した。

 すすきのの出会いの奇跡だった。

 先程まで、その存在を知らない者が、親友になったり、知らない男女が恋人になったりするという奇跡を盛り場は提供する。

「藤岡です」

「木村天山です」

 互いに、挨拶する。

 木村は名刺を出した。藤岡は、名刺を見た。裏返すと、肩書が並べられていた。

 いけばな創流家元・茶の湯さくら流家元・舞踊藤乃流家元・運命カウンセラー。

 藤岡は、肩書の多い人間を信用しないタイプである。

  ♪(注・藤岡以外の人名は、承諾を取った人以外は、仮名です)

2006/3/13掲載

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