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藤岡宣男物語り14 高円寺 綾
苦難は続く
鎌倉の緑や花に心を向けることなど出来なかった。
どんどん出ていくお金。ヤマハから依頼されたアルバイトを始めたが、電車に長時間乗るというストレスもばかにならなくなった毎日のように、二時間以上電車に乗り、レッスンに通い、アルバイトに通う。それが次第に藤岡の神経を蝕んでいった。
そして、通い続けるレッスンから、どのように世の中に出で行くのか、見えてこないのである。一体、いつになったら、カウンターテナーとして世の中に出られるのか。
二年目の確定申告の時に愕然とした。このままでは続かない。といって、どんな方法があるのか。
上手だと言われても、慰めにはならない。生活を立てて行く歌を歌わなければならないのだ。
M先生の主催する発表会に二度出て限界を覚えた。
仕事を辞めて歌を目指せと言った先生だが、世の中に出る方法を持っていないのだ。M先生の所にいても、指導料を払い続けるだけの話しである。
確かに多くのことを学んだ。発声ということからみれば、実に充実した指導をされた。だが、いつまでも、生徒のままでいるわけにはいかないのだ。
藤岡が限界を感じ始めた頃、藤岡の精神も限界を教えていた。
ある日、木村に話しかけていた。何時間経たのか解らない。随分話していたようである。 木村が言った。
「宣男君、少しおかしいよ。同じ話を何回も繰り返し話している。自分でおかしいと思わないのかい」
それはやさしい物言いだった。ハッとした。おかしい。確かにおかしい。以前の自分ではない。木村は続けて
「病院に行くべきだよ。無理して、頑張っても駄目だ。薬を飲んで少し楽になった方がいい」
と。藤岡は、自分は精神的に強い人間だと思っていた。木村の言い分に抵抗した。
「病院には行かない。僕は大丈夫だ」
それにと、言い掛けた。母が知ったら、どんなことになるか。精神科に通う息子を見たら、歌の道など志したからだと言うだろう、きっと。
木村は、あるものは有効に生かすことだと言う。薬だって有効に利用すればいいという考え方だ。精神薬を飲むのに木村は抵抗しない。それは、木村が仕事にしていた、悩み相談の成果なのだろう。
藤岡をおかしいと言ったのは、木村だけではなかった。同じレッスンに通う仲間の一人の女性も、藤岡に「この頃変だよ。大変だと思うけど、頑張ってね」と声を掛けた。
倒れ込みそうになるほど疲れることがある。電車に乗っているのが限界に思える時がある。急に不安になり、息苦しくなり、切なくなり、イライラする。何故か、時々、母に当たることもある。木村の言うように、おかしいと思うが、病院には行けない。
考えることが沢山あった。発声だけではなく、歌の表現方法も習いたい。このまま発声だけをしていては、歌は唄えない。発声の基本を身につけたら、表現方法も学ぶ必要がある。そして、歌を人に聞いて貰うことが必要だ。
後ろから押されるような不安な気分と、多くの迷いが襲いかかる。後戻り出来ないと思うから、なおさら焦る。そしてそれを、母に見せられないということ。
家に帰った時は、平気な顔でいなければならない。それも苦しいことだった。だから、気分が落ち着くまで木村の部屋にいた。決して母に見せられない。母を動揺させられないのだ。
結局、木村の言う通り病院に出掛けたのは、限界を感じたからだ。
このままでは何もかも駄目になると思った。
木村は、不安は恐怖を生み、恐怖は現実を混乱させると言う。藤岡は、木村に頼ることしか方法がない。
鎌倉の秋はゆっくりとやってくる。木々の葉が、少しずつ、目に見えない程ゆっくりと色づく。
薬を飲んだからといって、現実は変わらない。だが、何かを変えてゆかなければならない。藤岡はM先生を卒業することにした。
M先生について、やってみようと決心した日のことを思うと躊躇するが、同じ場所に留まっていられないのだ。どうしても、カウンターテナーとして立ってゆかなければならない。
「木村さん、M先生のところ止めようと思うんだ」
「いいんじゃない。M先生と結婚した訳じゃないし。もう習うことがないなら、止めればいい。芸は厳しいからね。先生もその覚悟があって、先生をやっているはずだ」
藤岡は、表現を学ぶために、次の先生のことを考えていた。決めれば話しは早い。
プロフィールには、師事した先生の名前を書くのだから、裏切ることではない。
そして、どうしたら自分の歌を人に聞いて貰うことが出来るのかと考えた。
2006/5/15掲載
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