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藤岡宣男物語り19 高円寺 綾
ソロリサイタル
二月に決定した藤岡宣男のソロリサイタルの告知のために、木村は奔走した。
鎌倉にあるミニコミ紙すべてに連絡をし、取材の依頼をした。
「鎌倉朝日」と「わたしの鎌倉」が取り上げた。その反響がすぐに表れた。
藤岡宣男の事務所ということで載せた木村の電話に、問い合わせが殺到した。
藤岡も、東京にいる友人知人に総動員を掛けた。皆、快くリサイタルに駆けつけてくれるとの返事。百人の定員が、すぐに一杯になった。
チケットが手に入らない人の数が50名程にもなった。
上々の手応えである。藤岡も木村も素直に喜んだ。
始めてのリサイタル。本当なら、自腹を切ってするべきところを、出演料五万円が出る。 ただ、チケットの七割は、自分で売ったということになる。それでも満足だった。
まだ寒さの残る鎌倉の春である。梅の花が最後の輝きを放っていた。
リハーサルのために早めに会場に向かった。木村も一緒である。
鶴岡八幡宮の境内を横切り、北鎌倉方向へ向かう。
「満席だね」木村が言う。
「うん」藤岡が一人で七割程の客を集めたのだ。
「良かった、良かった。終わったら、どこかで食事しよう」
「なら、あのフランス料理屋がいい」藤岡が答える。
若宮大路沿いにある小さな、フランス料理店である。
チケットの売上を藤岡は使っていた。それを木村が補充した。朝銀行に出掛けて、木村は15万円程を用意していた。出演料を貰っても、木村にとっては赤字と同じである。
しかし、それは言わない。兎に角、初リサイタルである。藤岡が気持ち良く歌えれば、それでいいのだ。
会場でのリハーサルは、順序よく進んだ。
藤岡は一曲終わる度に、木村を見た。木村がそれに、拍手で応える。
すべての準備が整って、控室で待つ。
満席でのリサイタルが始まった。
木村は、最後尾に座っていた。しかしまだ「その時」を意識していない木村だった。
リサイタルは成功した。
お客のすべてを送り出して、藤岡は充実していた。木村と連れ立って、若宮大路沿いのフランス料理のレストランに入り、ワインで乾杯した。
注文した料理を待っている時である。木村が呟くように言った。
「聞けなかったお客さんを、どうする。もったいないね」
藤岡は何も考えていなかった。
「もう一度、やったらどうだろう」
この言葉が、木村を目覚めさせた。自分で言った言葉に、木村は目覚めた。
自分でやる。このことに尽きた。
藤岡は、その時の木村の気持ちに気づいていなかった。
「でも、鎌倉でいい場所ないし。僕は嫌だなあ」
藤岡は乗り気ではない。木村は無理強いしなかった。
しかし、その日から、木村が動いた。木村の行動力を、藤岡はまだ知らない。
札幌で20年に渡って、自分の世界を作った木村である。走りだしたら止まらないのだ。自作自演でやってきた木村には、企画することなんて、朝飯前のこと。
翌日から、木村は、藤岡にしつこく語りかけた。
ついに藤岡が
「ムジカーザという楽譜屋さんなら、貸してくれるよ」
と言った。
木村は、即座にムジカーザに電話をした。電話口で日程まで予約した。
そうすると、やることは早い。ワープロでご案内のちらしを作り、電話で聞いた住所に送る。20名はすぐに返事が来た。
二回目のリサイタルは、翌月30名程の客で開催することになった。
藤岡に木村が言った。
「私がやるよ、いいね。クラシックに素人だけど、やってみるよ。どの世界だって同じだろうさ」
藤岡もその勢いには、納得せざるを得ない。
「四月東京、五月札幌でするよ、いいね」
木村の「時が」来たのだ。
しかし藤岡は、木村の無謀さを、賭けるという意味で容認出来たが、ちらし製作などの無神経さを容認することは出来なかった。ワープロ製作のスーパーのちらしより劣るようなものを平気で配る神経を理解出来なかった。だから、東京、札幌のちらしのデザインは、藤岡がコンピューターを使って作ることにした。
だがそれは、結局、木村のペースに乗ったといえる。
鎌倉の春が、心地よく思えた。何か自分の先行きにも、春らしい香りが漂っているように思えてきた。
そしてもう一つの変化があった。木村が、横浜に移転すると言う。
木村が移転することは、そこを起点にすると言うことだ。
決めると早いのが、木村の特徴だ。
横浜駅に近い場所のマンションということで、探し始めた。
不動産に予約をして、木村は藤岡を連れて横浜に出掛けた。
部屋はすぐに決まった。
藤岡は、占い師というのは凄いと思った。これについては、このお話しの主旨でないので省略する。ただ木村が藤岡に、部屋を決めた後で入った居酒屋で言った。
「鎌倉は墓場だよ。私の部屋は、霊の通り道。とんでもない所に住んだもんだ。まあ知っていたけど。それにしても、あれ程鎌倉に寺があるのに、成仏しない霊がいるということは、鎌倉の寺は、堕落しているということ。霊の供養が出来ないのは、寺の役割をなしていないということだ。商売ばかりの坊主たちだよ。何が古都だって。馬鹿馬鹿しい。糞でも食らえ鎌倉だね」
藤岡の知らない世界である。そいう考え方もあるのかと、呆然とした。
何はともあれ、何かが始まる予感があった。それが楽しいことなのだ。帰りの電車で、木村天山という男の未知なる部分を藤岡は感じていた。この人、何者と。
2006/6/21掲載
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