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藤岡宣男物語り27 高円寺 綾
日々徒然
「木村さん、楽譜がない」
藤岡が練習室にしている四畳半の部屋から、リビングの木村に声を掛ける。
木村がおもむろに、部屋の前に立ち
「あるよ、探しなさい。捨てたんじゃないから、ある」
「木村さん、コンタクトレンズがない」
「木村さん音叉がない」
「木村さん、コンピューターが動かない」
事あるごとに、藤岡は木村を呼んだ。その度に、木村も藤岡の側に行く。
木村がコンピューターに手を当てる。
「何してるの」
藤岡が問う。
「コンピューターも心があるから、気を送るの」
少したって、コンピューターが動く。
「凄い」
藤岡が感嘆の声を上げる。
まさかと思うなかれ、それが二人のやり取りでは当たり前なのである。
不思議なことは何もない。勿論、木村の手当も効かないこともある。
藤岡は、何から何まで、木村を呼んで対処する。
こうして日が過ぎることもあった。
一時の平和な時間である。
そして喧嘩をする。特に藤岡が怒るのは、木村が作るチラシの間違いである。
「どうして僕に見せないの。こんなこと素人だと思われる」
藤岡が怒ると、木村が
「だって素人だもの」
と答える。
「だから一度、僕に見せてって言ってるでしょう」
そうして喧嘩が続く。
兎に角、木村は間違いが多かった。クラシックを知らない者が作るチラシである。当然、間違いが多くなる。
ある時、木村が激怒することを言った。
「どう作ったって、来る人は来るし、来ない人は来ない」
藤岡の怒りがピークに達する。二人の大きな違いである。几帳面な藤岡と、大ざっぱで大胆不適な木村のやり取りが、延々と続く。
「木村さんには、反省が無い」
「反省はしてるよ」
「反省していたら、二度間違わない」
「まあ、そうだけどね」
「だから反省していない」
これ程、性格の違う二人が一緒にいることが奇跡であった。全く違うのである。縁の不思議としか言いようがない。
「木村さん、一寸、一緒に横に寝て」
藤岡が言う。
「またー」
木村が藤岡の横に添い寝をする。藤岡はそれが気持ち良いのだ。
「あんた、私のエネルギー取ってるね」
藤岡は疲れると木村の体に触るのだ。それが気持ち良い。木村は磁石のように人の悪想念を取る術を持つ。人からの嫉妬の念等々、藤岡のように舞台に立つ者が受けやすい悪想念である。
「あんた、松田聖子のようになりなさい」
木村が藤岡に言う。
「あの女のように、人の想念を肥やしにしてしまうんだ」
人に聞かせられない話である。
藤岡が身につける装身具は、そういう意味もあった。電車等で受ける人の悪想念を体に受けないようにするためである。それを木村に毎日、清め祓してもらうのである。
それでも藤岡は、具合が悪くなった。
芸術という世界にいるとは、感性が研ぎ澄まされてくる。ということは、人の感じないものを感じるようになる。当然のことであった。芸術家に鈍感な人はいない。勿論、自分は繊細で感受性が強いと思い込んでいる芸術家もいるが、思い込んでいるだけで非常に鈍感な者もいる。
安定剤をいつもの倍飲むことも多々あった。耐えられない程に、感じ取るのである。
初めての舞台で、藤岡はよく
「木村さん、ここ変だよ」
と言うことがあった。兎に角、変な感じがするのだ。圧迫感と不安感、音が狂うのである。ある時など、舞台のスタッフがいるにの、木村が大声で祝詞を上げたことがあった。皆、何事かと出て来た。それでも平然と、木村は柏手を打ち、清め祓をする。
和芸の世界にいた木村に取っては、舞台を清めるということは当たり前のことである。
藤岡もそれが当たり前に感じられるようになっていった。
2006/8/22掲載
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