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藤岡宣男物語り28 高円寺 綾
母との生活
引っ越しした部屋は、藤岡も、藤岡の母も満足だった。
マンションの二階は母のためと思い決めたのだ。それが良かった。
「この部屋、気がいいね」
藤岡が言うと、母が
「うん、ええ部屋じゃ」
朝ごはんは、母が用意するものを食べる。そして、木村の部屋に出掛ける。
「行くよ」
「気につけてな」
玄関の前まで母が藤岡を送る。
「遅そうなったら、木村さんの家に泊めてもらいなさいよ」
「うん」
といっても、木村の部屋は、すぐ近くである。1分もあれば着く。
「今は、怖い世の中だから。何が起こるかわからんよ」
「うん」
母に手を振って木村の部屋に向かう。これが日課である。出掛けるということは、仕事に出ると母は思っている。
木村の部屋で、昼ごはんを食べ、練習やコンピューターをし、木村と話をして、夕飯を食べて帰る。深夜過ぎになることもあった。
母は寝ていることも、起きていることもあった。藤岡が帰ると、風呂にお湯を張る。
「のぶおちゃん、お風呂ええよ」
決して先に入ることはなかった。藤岡を入れてから自分が入る。男が先に入ると信じているようだった。
そうして平和に生活が続いた。
週に三度程、英会話の勧誘の仕事に出る。といっても、駅前に立つのではなく、ハイヤリングという、勧誘する者を指導する。
成功哲学等の話をする。藤岡の好きな分野だった。
そのために、しっかりと準備をする。整然と話をする。藤岡の得意なことだった。
勉強して、それをまとめてファイルし、いつでも取り出せるようにして置く。
昼は、近くの蕎麦屋に行く。一番安い蕎麦を注文する。
ランチメニューに納豆蕎麦が出ていた。納豆は嫌いだったが、木村の部屋で食べさせられてから、何となく、食べられるようになった。
無駄遣いはしない。学ぶに必要な物以外は、実に質素倹約していた。
時々、所長以下、成績の良い者たちとの食事会がある。
贅沢な料理を食べる。品よく食べるが、今だと思って、淡々として食べる。
その後、必ず木村の部屋に行き、それを報告する。木村に自慢するのだ。
木村の思い出である。
そんな食事会を終えて戻った藤岡が、玄関を入るなり、泣き声を出して、トイレに駆け込んだと言う。木村は何事かと、トイレの前に立つ。
「どうしたの、のぶお君」
「もう、もらすかと思った」
トイレの中から、安堵の声である。
木村は笑った。
冷静な藤岡が、そんなことがあろうかと思うだろうと木村は言う。
人の生理は時に救いになるとは、木村の言い分である。どんなに辛いことがあっても、人の生理が、その辛さを忘れさせてくれることがある、と。
便意をもよおした藤岡が、走って来たとおもうと、おかしくて、おかしくてと、木村は振り返る。
稀に木村が藤岡を誘って食事に行くことがあった。無駄を嫌う藤岡は
「木村さんの作る方が旨いから、いい」
と断るが、付き合うこともあった。そして食事の後は、バーで飲むこともある。
藤岡は、酒に強いが一杯から二杯である。
藤岡が酒けに強いと思い始めたのは、木村と飲んでからである。木村はすぐに酔うが、藤岡は酔わないのだ。それに強い酒の方が旨く感じる。
そういえば、母が父親を嫌いだったのは、酒飲みだったからだと聞いたことがある。つまり隔世遺伝なのである。爺さんに似たのであろう。
そのうちに、強くて味のある酒を好んで飲むようになるのだ。ただ日本酒だけは、甘くて一口で十分だった。
木村の部屋で勧められても
「鼻にくるから嫌だ」
と飲まなかった。
ビールも苦手であった。それは木村と同じで、ビールを飲むと、泡で頭が馬鹿になるという木村の話をそのまま信じていた。
時々、木村がビールを飲んでいると
「木村さん、馬鹿になるよ」
と牽制した。
「私。私は、もはや馬鹿だからいいの。でも、まだアホではない」
そんなやり取りを真剣にしていた二人である。
2006/9/9掲載
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