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藤岡宣男物語り 30 高円寺 綾
新潟公演
2001年7月には、新潟でリサイタルを開催した。
それは木村が、以前社員教育や、経営者の勉強会での講師をしていた関係からである。コンサートに協力したのは、新潟の美容院の経営者たちだった。
280名の会場が、満席になった。
プログラムは、鎌倉、東京、札幌と同じく、四度目である。藤岡は、余裕があった。
新潟駅に到着し、駅前に店舗のあるA先生のところで一休みした。
「あらー、カウンターテナーっていうイメージが変わったハ」
とA先生が開口一番に言う。
藤岡は挨拶した。
「よろしくお願いします」
「いやーね。みんなで言ってたのよ。カウンターテナーって、ほら、あの人いるでしょう。写真ではね、そんなことないと思っていたんですけど、お会いして、ホッとしました」 つまり、普通の人であると、言いたかったのである。
木村とA先生が話すのを、藤岡は黙って聞いていた。二人は、旧知の知り合いのように親しく会話が弾んでいる。
A先生の息子が、コンサートの準備をしているらしく、一つ一つA先生が指示を出していた。
「アンケートも作ってありますから。休憩時は、飲み物サービスもします。すべて、こちらでやりますから」
お祭りのような騒ぎになっているようである。
各店舗では、コンサートに合わせて店仕舞いし、従業員も全員会場に来るという。
藤岡は見ず知らぬ芸人のために、これ程、力をいれるのは木村のお陰だと思った。
「そろそろ、行くよ」
木村が、促した。
タクシーに乗り、第四銀行ホールに行く。
ピアニストは、すでに到着しているはずである。
木村が手続きをしている間に、藤岡はホールに入った。声を出すと、響きが良い。残響がほどよく、納得した。こういう舞台で歌えることを真実幸せに思った。
歌の道に志して良かったと、藤岡は改めて思った。
リハーサルでは木村が客席で聴いた。
こちらからは、ピアニストをいれて、三名で来ている。後のことは、すべて地元の人がやってくれた。
心置きなく、リハーサルをした。立ち位置について藤岡は木村に確認する。それは自然にそうなっていた。木村が指示する通りに、立ち位置を決める。
木村が頷く。
楽屋では、木村が用意した弁当を食べて本番を待つだけである。
時々、知らない人が入って来る。色々な食べ物が運ばれる。
木村が忙しく立ち動く。色々な人に挨拶をしている。時々、藤岡が呼ばれて、紹介される度に、感謝の言葉を言う。一々、名前を覚えられない。
受付が、どんな状態になっているのか気に掛かるが見に行く訳にはいかない。
時々戻る木村に
「どう」
と尋く。
「凄い人だよ。満席になるよ」
藤岡は安堵した。
満席で歌える。夢のような話である。
いつか、満席の舞台で歌いたいと思っていたことが、もう実現するのだ。
本番が近づくと、木村が楽屋を出たり入ったりを繰り返した。
「そろそろ、準備して」
木村が言う。ピアニストも同じ楽屋に来ていた。
舞台袖で待つ。
木村が、ベルの合図をする。兎に角、木村は動いていた。
「本番、行くよ」
木村が言う。藤岡は頷いた。
藤岡とピアニストが舞台に出た。
割れるばかりの拍手である。コンサート開始である。
お話をしつつ歌う。お客様の反応がいい。話にも頷いている様が見える。
藤岡は、舞台で実に冷静だった。舞台から、客席を一通り見渡す。どんな客なのかを、瞬時に判断する。それは、舞台に慣れれば慣れる程、冷静になった。
お客の一人一人の顔まで、見ることが出来た。
オペラのアリアは、その情景を話して、歌う。初めてクラシックコンサートに来た人には、それが評判良かった。しかし、コンサートに慣れている人からは、話は余計ではないかとの、批判もあった。しかし、藤岡は、それを変えなかった。
新しいお客様を掴むためにも、お話は必要であると思った。
木村も、それを納得していた。木村自身も、知らない世界であるから、話があって当然だと思っていた。
休憩の間、藤岡はピアニストのH嬢と話していた。余裕があった。
戻って来た木村が言う。
「皆、喜んでいるよ。良かった良かった。今、ロビーで飲み物サービスしている」
木村が楽屋に置かれた、差し入れのお握りを口にした。藤岡もつられて、一つを食べた。 無言の中に、満足感があった。
アンコールのアベマリアが終わった。
会場全体が拍手で震えた。
歌い終えた藤岡は、満足だった。と共に、次のテーマが見えた。
歌い続ける。そして、もっともっと歌を成長させる。
舞台袖で、暫く拍手を聞いていた。芸人の冥利である。
後ろにいたH嬢を促して、楽屋に戻った。
耳の奥に、拍手が鳴っている。
このまま暫く、このまま暫くと、じっとしていた。
2006/9/30掲載
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