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藤岡宣男物語り32 高円寺 綾
最初のCD
横浜に来てからも、藤岡は、古楽専門のU先生に師事していた。
ある日、練習後にU先生から
「藤岡君、CDを出す気はあるかね」
と尋ねられた。
突然のことで、藤岡は、答えに詰まった。
他の練習生の前である。三人の女性が、歓声を上げた。
「凄いは」
一人の女性が言った。有名カウンターテナーも、U先生のCD製作が初めてだったのだ。 藤岡は、少し考え
「先生、少し考えさせて下さい。どのくらいの費用が必要でしょうか」
と、逆に尋ねた。クラシック系のものは、自腹で出すと知っていたからだ。
「そうだねー、録音から始めて、最終まで80万程度かな。200枚は君に上げるよ」
と言われた。
それは光栄なことだった。先生からCDをと言われるのは、認められたということである。藤岡は、帰る道々考えた。
そんなお金は無いと。即座に断らなかったのは、他の生徒の手前である。今、そんな大金は無い。
木村の部屋に戻り、そのことをすぐに言った。
それを聞いた木村は、うーんと、中々返事をしない。
「宣男君、ちょっと考えさせてよ、私に」
その後は、木村のことである。翌日からCD製作会社に電話をしまくったのである。様々な料金を聞き出した。
そして、藤岡に報告した。
「宣男君、1000枚のCDは、30万円程度で作れるよ」
「本当」
藤岡は、驚いた。勿論、先生が製作するということは、お礼をすると思っていたが、もし製作をお願いしたら、80万円プラス、お礼だと思ったのである。
「宣男君、私が作るよ」
木村が言った。
「ほら、札幌のリュートソングのリサイタル、録音してあるから、それを作ろう」
また突破な話である。
「木村さん、ちょっと待ってよ」
藤岡は焦った。木村がやると言えば、即やるからである。
数日後、藤岡が木村の部屋に行くと
「宣男君、CD、もっと安く作れるよ」
と、話始めた。
一本の電話があったと言う。
録音業者からである。コンサートを録音しませんかという、売り込みであった。
そこで、木村はCDも製作出来るかと尋いた。相手は、勿論、出来ますと答えた。今ある録音のものを、CDにしたいがと言うと、相手は、すぐに見積もりを してくれたのである。それは、もっと安いものだった。
木村のことである。即座に、返答したのである。
「だから、私が作るよ」
そして、最初のリュートソング集を作ることになった。
兎に角、早いのである。
木村は勝手に進めた。藤岡が考える暇もないほどである。
そんなことをしているうちに、校正が上がってきた。
木村は得意に
「どう、いいでしょう」
と言う。
藤岡は、まさか、こんな形でCDを出すなんてと、半ば呆れてしまった。それは喜びでもあったが、あまりの呆気無さもあった。
自分で出せるんだという思いである。
これはU先生に断らなくてはならないと、思った。
出来上がりは一週間後と言う。
「本当」
藤岡が言う。
「本当だよ」
木村が答える。
藤岡は、思わず笑った。
「木村さん、凄いねーーーーー」
「まあね」
二人は笑った。
それからである。木村は次から次と、CDを作り出した。
「ところで、オフィスTW2発売にする」
と木村が尋くので、藤岡は、WILLレコードと命名した。瞬間に出た名前だった。
「よし、それにしよう」
木村が言った。
ちなみに、オフィスTW2も、藤岡の命名である。これについては、後に述べる。
2006/10/21掲載
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