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藤岡宣男物語り34 高円寺 綾
2002年春
2002年が明けて、初リサイタルから一年を経た。
頼るものも、何も無い状態でコンサート活動を一年間した。勿論、それは皆、木村の企画である。
新年そうそうからも、木村は半年後、一年後のコンサートの予定を立てている。
藤岡は、それに任せるしかなった。
ただ心配なことは、木村は木村の方法があり、それが世に受け入れられるかということは別問題であると、思っていた。
知らずに出来上がっていた、二月の横浜でのリサイタルのチラシを見て、驚いた。
それはブルーのコピー用紙に、木村がワープロで作ったデザインというか、お知らせ案内であった。
写真はない。ただ、名前と、ピアニストの名前と、曲目もない。
タイトルが「心の唄」である。
プログラムは、初リサイタルと同じもので、ピアノ伴奏者だけが違う。
藤岡は文句をつけようと、木村に
「こんなチラシで、お客さんが来るの?」
と尋いた。
「来るよ。ピアニストが有名だから、ね。チラシで来るんじゃないよ」
おおよそ木村の事は理解出来ていたので、答えが解っていたような気がした。
藤岡も素直に
「そうだよね」
と言った。
新年そうそうは、品川の高輪プリンスホテルのコンサート出演である。
藤岡は木村と、共にホテルに向かった。木村は派手な着物を着ていた。自分が木村のマネージャーのようであると思った。
その仕事は、ある音楽事務所からのものである。そこで、チェンバロとピアニストのAさんと、逢った。
ご主人が作曲家である。控室で待っていると、そのご主人も現れた。
遠く、グループサンズやフォークの時代に活躍したと言う。丁度、木村の世代と同じであり、二人は話があった。
木村が自分の作詞に曲を、お願いしたいと話している。
藤岡は、木村が音楽世界の人と親しくなることは良いことだと思った。少しでも、木村が、その世界を理解してくれればと思った。
リハーサルには、木村が一人聴いていた。
「どう?」
歌い終わると、木村に尋く。
「いいよ」
「立ち位置は?」
「大丈夫」
それは藤岡が、いつも練習している曲である。木村は何度も、聴いている。一番、木村が調子を知る。いつもと違うば、おかしいと言う。
本番は、宿泊客であろう、満席である。
プログラム通りにスムーズに進行する。
評判は、上々だった。結局、音楽事務所の担当者が、再び、ホテル内で藤岡の歌をやりたいと言う。成功だった。
仕事が増える。それは藤岡の願いだった。
帰る道々、藤岡は、満足だった。それでも、木村に
「今日の歌、どうだった」
と尋く。
「良かったよ。また仕事になるし、良かった良かった」
と木村が言う。
依頼を受けて歌うことになる、それが理想だった。もっと、そういう仕事をしたいと思う。だが、まだ先行きが、明確に見えないという感触がある。
もっと、まだ、何か、あるはずだと思うのだ。
生活のためにお金を得ることも必要だが、自分の芸術としての歌の満足度を求めるのである。
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2006/11/8掲載
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