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藤岡宣男物語り35 高円寺 綾
母親との生活
母親は、毎日忙しく動いていた。何ということはないのだが、忙しいと、言う。
洗濯が好きで、毎日していた。一度着たものは、洗う。
いつも洗濯物がベランダに乾してある。
藤岡が昼過ぎまで寝ている。時々、母親も、寝ていることがあった。
藤岡が目覚めて、隣の母親の部屋を覗くと、まだ母親が寝ている。
近づいてみる。
死んでいるのかと思う程、静かである。口の側に手のひらを当ててみる。息をしているので安心した。
ベッドに戻り、発声の体操をする。そのうちに、母親が起きてくる。
「のぶおちゃん、朝ごはん食べる」
「うん」
母親が、台所に立つ。用意をすると、時間がかかる。
藤岡は、呼ばれるまで、体操を続けた。
時々、木村がやってくることがあった。
「おはよう」
体操をしてる側のベッドの端に腰掛けて、予定の確認などして行く。
時に、母親が木村に紅茶を出していた。二人で、何やら話して、そのうちに木村は戻って行く。
「のぶおちゃん、用意できたよ」
母親と向かい合って、パンや果物を食べる。
時々、母親が昔話をすることがあった。初めて聞く話しもある。
「そうなー、おじちゃんは、めんどう臭そうなってなー。今日は、のぶおちゃんのお弟子さんが来るからって、断ってたんよ」
おじちゃんとは、実の父親である。
当時は、知らなかった親戚の話しも出た。藤岡は、そんなこともあったのかと黙って聞いている。
藤岡の母は、いつも何事かしていた。誰とも付き合いのない生活で、寂しいと思うこともなく、淡々として暮らしていた。
買い物に行くと、三時間以上は、帰らない。近くのダイエーに行き、のりびりと買い物をしているのだ。自転車に乗ることも好きならしく、その姿は少女のようであった。
時々、風邪をひく程度で、健康だった。
「じゃあ、行くね」
藤岡が玄関に出ると、見送りに出る。
「気いつけてな。遅うなったら、木村さんのところに泊めてもらうといい」
と言う。
1分で行ける木村の部屋が、母親には遠く感じられるのだ。
そうして、母親との生活は平穏だった。
夜遅くなって帰ると、寝ている時もあり、起きている時もあった。
寝ていても、藤岡が帰ると、起きて、風呂にお湯を張る。
藤岡が木村に話したことは、母は、自分だけがいればいいのだ、自分のために何かしているということで、生きていると語った。一人でいることが平気で、誰と話をしたり付き合う事なくても、寂しいと思わない。
母は、今が一番幸せだと思う。何の心配もない生活を送っている。それは藤岡に取っても、幸せなことだ。
いつも、母親を広い家に住まわせてやりたいと思っていた。いつか、必ず、自分の家に住まわせてやりたいと願った。
それは藤岡の夢でもあった。
六畳一間のアパートから二人の生活が始まり、いつも貸家に住んでいた。
いつか、必ず母親と自分たちの家に住みたいという願いがあった。
藤岡は、最後まで母親を見取りたいと思っていた。母の老後も自分が世話をするつもりでいた。それを母親に言うと
「あんたが、私の世話、ようできんわ」
と言う。
そう藤岡は、何も出来なかったのだ。一切の家事、洗濯などしたことがない。
中学生の頃、友達の家に呼ばれて、すき焼きを御馳走になったことがあった。その時、卵を、どうして割るのか解らず、テーブルに叩きつけて割り、笑われたことがあった。
母親は、藤岡に男のすることではないと、そういうことを教えなかったようだ。
2006/11/17掲載
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