|
藤岡宣男物語り37 高円寺 綾
練習
ミュージカルの練習が始まった。
コンサート予定の合間をぬって出掛ける。
藤岡が出る場面の相手方は、有名なSだった。彼は魔法使いの母親役をやり、藤岡は魔王の役である。Sと魔法使いの子供である女の子との二人のやり取りが面白い。そこに藤岡が入るのである。
主役は、男装する女の子と、その相手となる王子役である。
人がごった返す中での練習だった。
台詞や、状況はすぐにつかめた。後は、それを練ってゆくだけである。
振り付け師の指示に従い、登場からの練習である。衣装の見本を身につけて演じる。
登場の際に歌うメロディーは、すぐに覚えた。ただ、ミュージカルである。それに振り付けがつく。藤岡に取っては楽しい練習だった。
練習の合間には、若者たちと談笑する。色々な分野から集まっていた。
ある男の子は、有名事務所の出身で、あの事件に関わったという者もいた。そこは皆、関心がある。芸能界の話である。
「要するに、見せしめって感じかな」
その事務所を辞めたきっかけを言う。皆、神妙な顔をして聞いているが、本人はさばけたものである。
知らない世界の話を聞くのは楽しい。
時に、木村の話題になることがあった。
「親分みたいね」
と言う、女の子もいた。木村の風体が、そう見えるのだろう。
「でも、優しい人だよ」
藤岡が答える。
「でも、怖そう」
練習は順調に進んだ。そんな中でも、出演者との関係が大切であることが解る。年齢も幅広い出演者たちによって、色々な勉強が出来た。普段は接することがない人々である。
藤岡が歌うと皆、聞き耳を立てる。声楽家も多く出演したが、藤岡は抜きん出ていた。
藤岡に興味を持ち、近づいて来る者もいる。
おかしかったのは、藤岡の年齢だった。誰も本当の年齢を知らない。思った以上に若く見られていると気づいた。
10歳程若く見られても、藤岡は黙っていた。それも楽しい。
案内広告が出て、チラシも作られた。それをコンサート後に木村が配布する。
出演者の事務所は、優先的に良い席を取ることが出来た。その対応も、すべて木村がしていた。
藤岡は本番が近づくにつれ、わくわくした。新しい舞台、大きな舞台である。カウンターテナーを認識してもらう良いチャンスでもある。まだカウンターテナーと言っても、解らない人がいた。
もう一つは、カウンターテナーに対するイメージである。普通ではない人間がするものというイメージである。男性が裏声で歌うのである。気味悪いというイメージだ。
少しでもカウンターテナーに対するイメージを変えられるという気持ちである。
衣装合わせの日に、自分が着る黒づくめの派手な衣装に驚いた。
水泳用の帽子を被るように、衣装を着る。ぴったりとした黒衣装を身につけ、大きなマントを広げる。
そして化粧である。以前出演した、国連クラシックライブで慣れていたが、矢張り派手やかなものだった。
ハンサムな魔王になった。
そして写真撮影である。
「格好いい」
出演の子供たちから言われる。藤岡は、笑顔で応えた。
本番が近づくある日、
「どうする、ホテル取る?」
木村が尋ねた。
初日、二日目の夜のためである。終わって戻るのは大変だと言う。しかし藤岡は
「帰る。ゆっくり寝たいから」
と言った。
「まあ、泊まりたかったら、ホテル取れるしね」
木村が言う。
藤岡と違い、木村はホテルの方が、ゆっくりと寝られるというタイプだった。携帯電話を持たない木村は、部屋にいて電話を取らなくてもいいからだ。
しかし藤岡もホテルに泊まるのは嫌いではなかった。ただ、泊まるために準備するものが多く、それが面倒なだけであった。
いよいよ初日である。
リハーサルをして本番である。
リハーサルを木村が見ていた。藤岡登場の時の音響に、初めて木村が口を開いた。
驚いたのは、音響担当者だった。突然の言葉に、慌てていた。
藤岡は、さもありなんと思った。いつか、何か言うだろうと思っていた。
音楽が大きすぎて、声が聞こえない等々を述べている。藤岡は黙っていた。早速、担当者が、変更するべく対応する。存在感が大きい木村の勝ちである。
そうして一段落して、無事にリハーサルを終えた。
本番を待つばかりである。
2006/12/1掲載
|