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藤岡宣男物語り38 高円寺 綾
本番
大音響と共に、幕が開いた。
本番である。
控室のテレビ画面で舞台の様を見る。
声楽家たちの控室である。
「始まった」
一人が言う。
藤岡は頷いた。廊下が騒がしい。入れ替わりの出演者が行き来しているのだ。
すでに衣装を着け、化粧をして待つ。自分が魔王になっていた。しかし、イメージとは違う魔王である。原作がマンガであるから、魔王もマンガ的だと思う。
時々、鏡に写る自分の顔を見て確かめる。
藤岡の出番は、後半である。場面は二度、出番は三度である。
いよいよ、出番の案内が来た。
舞台袖で待つ人波をかき分けるようにして向かう。
「魔王様だ」
子供の出演者が言う。藤岡は笑顔で応えた。
舞台裏の特設の台に立つ。出はなから歌うのである。
大音響の音楽が鳴る。そして、出番である。
ピンマイクから出る声を聴きつつ、歌いだしは、好調だった。
あっと言う間の出来事のようである。
一度目の出番が終わり、舞台袖に戻った。
すぐに、袖の画面を見る。控室に戻らず、次の出番を待つ。
二度目の出番はすぐにきた。
台詞がある。自分の声が、会場に響くのを聴くのは、充実した満足感だった。
楽しい、面白い。
矢張り、舞台が好きだと思う。
終わって袖に戻り、待機している若者と、言葉を交わす。
興奮している。出番を待つ若者達も興奮している。それがいい。充実した興奮である。
一度、楽屋に戻り、フィナーレまで待つ。
差し入れのお菓子を摘まむ。
他の出演者が、出来がどうのと言うが、藤岡は、黙っていた。
「藤岡さん、良かったよ。いい、魔王だ」
バリトンの出演者が言う。
「ありがとうございます。何とか、ですね」
そう言いつつ、舞台の画面を見る。
「そろそろ、行くか」
誰かの言葉で、皆立ち上がった。フィナーレである。
舞台から、客席を見た。客の満足感が伝わってくるようだった。
後ろの席で、木村が見ているはずだった。
幕が下りると、歓声が上がった。一回目は成功である。
藤岡は、楽屋に戻った。すぐに、木村が来た。
顔を出したので、廊下に出た。
「どうだった」
「良かった。言うことなしだよ」
木村が言う。
「じゃあ、片付ける」
木村が頷く。
「タバコ吸ってるよ」
「うん」
着替えて、木村と共に、次の日のために、すぐに新宿駅に向かう。
「どう、舞台は」
木村が尋く。
「僕、こういう舞台が合っていると思う」
「そうだね、楽しそうだし。クラシックより、いいよ」
藤岡は笑った。
兎に角、初日は無事に終わった。
2006/12/4掲載
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