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藤岡宣男物語り44 高円寺 綾

 氷雨降る日に

 藤岡と木村は、別々に人の付き合いがあったが、二人に秘密はなかった。

 藤岡は、どんなことも木村に話している。木村もそうである。

 藤岡は、この道を選んだ時に、結婚を諦めた。と言うより、もうそんなことは考えなかった。実は、この道を決める前には、婚約者がいた。

 彼女を説得して、別れたのだ。それは芸に生きるということだけではなく、母のことだった。いつも二人での生活であった。その中に、妻という他人が入ることが可能であるかと。気丈な母に、妻は耐えられるかと。母にとって、自分は息子であるが、夫のようでもあり、人生の伴侶である。非常に難しい関係だ。婚約者は母の面倒を見ると言ったが、そんな生易しいものではないことは、知っていた。実家との縁を切った母である。すべての遺産放棄をして、一人で生き行く決意をしたような母である。

 断念して結果的に良かったと思うのだ。

 藤岡には、大学生の頃から付き合っていた女性もいたが、大学院の時に、相手は、白血病で亡くなった。

 木村が、最も愛していた少年も、結婚したが、40歳で白血病で亡くなっていた。

 それが共通の話題になることがあった。

 「木村さん、少年が好きなの」

 藤岡が尋く。

 「女よりね。夢のある少年が大好きだ」

 「通りで若い男の子に甘いよね」

 「好きだから、ね」

 「年老いたら」

 「駄目。全然駄目。特に、夢の無いアホになったら全然駄目」

 「ゲイだね」

 「ゲイでも何でもいいの。好きなものを好きだと言って、何が悪い。女と何人付き合ってもね、一人の夢ある少年に、適わない。私にはね」

 「じゃ僕もじゃん」

 「そうだよ。こんな短い人生、何のために生きるっていうのさー。馬鹿馬鹿しい。人生ってね、悪い冗談。または、死ぬまでの暇つぶし。滑って転んで、何となく生きて、アホだろうさ。私はね、五万人以上の相談を聞いたんだよ。ありとあらゆる人生の相談。25歳からね。耳年増になったよ。すべては性格。幸せを感じられる性格の人は、いつも幸せでいられる。どんな苦難でも、幸せ。頭の悪い人は、素直になれないってもことも知ったよ」 「ふーん」

 時に、こうして藤岡は木村の大演説を聞くことがあった。それは実に、面白かった。

 藤岡が驚くのは、木村が実家の親と話すことだった。

 じっと、その話を聞いて仰天するのだ。

 『なに、とうさん。いいんだよ、もういつ死んだって。いずれ死ぬんだから。10早く死んでも、どうってことないって』

 ガンを患い、二度手術した木村の父のことを、母と話しているのだ。

 『あんたも死ぬしね。私だってすぐだよ。親も子も同時代に死ぬんだ。後になってみれば、何のことないって。50年経ったら、誰も知らないんだよ、母さん』

 木村は、父の病室で大声で言ったそうである。

 「とうさん、長く生きなくてもいいって。早く死んだ方が、せいせいするよ。こんなところに長くいることないって」

 驚いたのは、他の患者だそうで、皆、注目したという。見舞いに来た息子が、父に、早く死ぬことを勧めているという光景に、藤岡は笑った。

 氷雨降る日の二人の会話が弾む。

 藤岡は子供時代の話をする。

 外で遊ぶのが嫌いだった。誘われると、忙しいからと断ったと言う。

 「部屋で、色々なものを作って遊ぶんだ。工作が好きだった」

 買えないレコード盤を厚紙で作り、そこに紙のレコードを置いて、自分で歌いながら踊った。椅子の上に上がって歌うのが好きだった。

 「あんた、その頃から、歌手目指していたんだ」 

 木村が言う。

 「そうかも」

 猛勉強の様を聞いて、木村は呆れた。

 「あんた、よくそんなに勉強したね」

 「母のためだよ。父親がいないから、ほら、あんな風になるって言われる。そんなことでは駄目だったて、いつも言われた。だから、一生懸命、勉強した」

 実に真面目で、家庭訪問されて、母が先生に

 「どうして育てると、こんな立派な子になるんですか」

 と言われたという。

 生徒会長をやったりと、模範的な子供時代だったのだ。勿論、大学時代も、そうである。 ただ一つだけ出来なかったことは、自炊である。全く出来なかったと言う。

 「母は、料理が下手なのに、自分で作るんだ。そして、まずいねーって言って、僕に食べさせる。でも、僕には、決して作らせなかったんだ」

 確かに、お湯も沸かしたことがない。

 その頃は木村が作るものが一番旨いと思っていたのだ。

 

 「何、食べる」

 木村が尋く。

 「麺」

 「ソバ、うどん、ラーメン、そーめん」

 「ソバ」

 「温かいの、冷たいの」

 「温かいの」

 木村が作っている間、コンピューターの前に座っている。

 「宣男君出来たよ」

 すぐに、立ち上がらない。メールや記事を読んでいる。

 「早く、食べなさい、延びる」

 「うん」

 そのうちに、木村が痺れを切らして

 「宣男君」

 と強く呼ぶ。

 すでに木村は、食べ終えている。

 

 「どうやって、ツユ作るの。美味しいね」

 「ツユの元を使ってね、それに適当にやるんだよ」

 卵は、よく煮てある。それに箸を突き刺して食べると

 「やめなさい、そんな食べ方」

 木村が叱る。

 「人の前で、やらないから」

 「私さー、氷雨って感覚解らなかったけど、こっちに来て、氷雨って解ったんだ。雪より、嫌だね。失恋して雪の中を歩くのと、氷雨の中を歩くのとでは大違いだね。雪の方が風情があるし、救われるね」

 木村が突然のように言う。

 「変なの」

 「北海道の人がアホなのは、雪のせいだね。氷雨の中にいると、哲学的になるね」

 「変な話」

 「でも、こ狡い感じはするね」

 二人の会話は尽きない。

2007/1/22掲載



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