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 藤岡宣男物語り45 高円寺 綾

 新しい動き

 五人のカウンターテナー共演の内容が決まった。

 会場は、池袋、明日館である。ホールは、教会の礼拝堂のような雰囲気がある。

 藤岡は木村と一緒に、打ち合わせの時に、会場を見た。

 思った以上に響きがある。

 主に、チェンバロの伴奏によるものである。伴奏者のAさんは、結婚し大阪に転居していたが、藤岡も木村もAさんを好んでいたので、依頼した。

 彼女は、芸大の二人のカウンターテナーのA君、U君とも顔なじみである。

 

 一日を、Aさんと皆が合わせるために、目白のスタジオに集った。

 藤岡と木村が到着した頃は、芸大のA君が、すでに合わせを行っていた。

 それぞれが、それぞれの声質を生かしての歌を歌う。それは日本で初めてのことだった。十分にマスコミにインパクトを与えるものだと、木村は考えていた。それを藤岡にも話していた。

 「これなら、取材されるに十分だよ。世界的にも数少ないカウンターテナーが、それも皆日本人のカウンターテナーなんだから」

 藤岡も、その通りだと思った。

 だが、結果は、確かにお客は想像以上だったが、一切のマスコミは取り上げなかった。 

 木村が、振り返って言う。

 マスコミは、強い者の味方をする、そして哀れを誘うものが好きなんだねー。結局、取り上げられることはなかったと。五人の中に、一人でも障害者がいれば、ねー。取り上げるんだろうけど。

 それを聞いて藤岡が、

 「僕が足でも折って、それをバネに頑張って歌うっていうと、取り上げるのかなー」

 と言ったらしい。

 馬鹿馬鹿しいから、考えるのは止め。話しは、それで終わったという。

 準備は万端で、当日を待つのみになった。

 ちなみに、出演者は、芸大から二人、そして、異色のカウンターテナーMさんである。元はバリトンでカウンターテナーに転向したのだ。そして、一番若い、T君である。

 藤岡は、芸大のU君と共演して歌うことになっていた。実は、元を辿れば、発声の先生が同じであった。藤岡の師事した先生の弟子に、U君は習ったことがあったのだ。

 古楽系のU君からは、大きな刺激を受けた。

 藤岡は木村の提案で、一人だけ、日本の歌を歌うことにした。

 「絶対、日本の歌を入れて」

 それが木村の希望だった。結局、外国のものを聴いても、中に、日本の歌があるとお客様は、ほっとするし、安心するというものだ。

 藤岡は、アカペラの「うぐひす」を歌うことにした。

 「うぐひす」は異色の作曲家、早坂文雄の曲で、佐藤春夫の作詞である。その旋律は、邦楽に影響を受けたもので、これを声楽家が歌うのは、至難の業であった。

 要するに、節回しである。貧すれば鈍するで、結果的に、民謡のようになるか、譜面通りを歌えば、能面のようになる。それを格調高く歌い切れるものは、藤岡であった。

 ある有名カウンターテナーが歌ったが、それは、実に素晴らしいものであったが、民謡に近い。民謡に近いと、日本人が聴く場合、声楽曲だという意識があり、歌曲を聴いているつもりになれる。つまり聴き易く、受け入れ易いのである。

 「上手だと思う。では、上手でいいのかというと、そうではない。最後は、詩の解釈になる。その解釈は、歌唱にするという解釈になる。詩は、日本の伝統である歌の道を継ぐものであり、結局、日本の詩は、歌になり、それを声楽家は、歌唱に表現する。その時に、問われるのは、伝統の歌の道の精神であるから、声楽家として歌う場合は、格調の高さが問われる」

 と木村が、分析した。

 民謡歌手が歌ってもいいし、どのジャンルの者が歌ってもいい。しかし、あえて声楽家が歌うということの意味、それが、問題である。

 ここに、藤岡の拘りと、木村の拘りがあった。

 勿論、木村は、一度も、藤岡の「うぐひす」に指導めいたことを言うことはなかった。

 それは、藤岡の方が歌においては「数段上の上にあったからだ」と言う。

 私のような素人が、何をか言う、ということだと木村が言った。

 

 二月は、一年で最も寒い月である。その寒い月の、一番寒いであろうと思われる日が、当日となった。

 藤岡は、木村が皆に弁当を用意すると言っても、お握りと、暖かいお茶を用意させた。 何と言おうと、藤岡は、木村のお握りが絶品だったのだ。

 鎌倉当時、レッスンに通う度に、木村のお握りを持って出掛けたのが始まりである。

 愛情かあるとか無いとかの話ではない。兎に角、旨いのである。

 出掛ける時に

 「お握り」

 と藤岡が言う。

 すると木村は、黙って、二つのお握りを作る。

 丸い、梅干し入りのお握りである。

 

 お握りの秘密を聞いた。

 実は、お米が良かったのだと言う。

 木村の支援者が、いつも新潟の米を贈ってくれる。美味しいお米は、冷めると、なお美味しいという。そして、適当な粗塩である。

 心など込めなくても、美味しい秘密は、お米の力だと、木村が打ち明けた。

 実は、木村も「なんで、私のお握り、こんなに美味しいのか」と、周囲の者にも言っていたらしい。

 藤岡のお弟子さんの一人は、そのお握りを貰い、感激あまり、大事にしまい込んで忘れてしまい、二日経て取り出した。あまりのショックに、それを庭に埋めて拝んだという。 

 開演を待つ楽屋は、笑い声が絶えなかった。

 藤岡の持参した健康グッズで、皆、盛り上がっていた。足裏のツボの説明入りの足踏み板である。

 藤岡は、多くの健康グッズを持っていた。それが藤岡の楽しみでもあった。それらを探すのが、気分転換だったのだ。

 本番の緊張感もほぐれて、皆、リラックスムードである。

 日本で初めての、五人のカウンターテナーの共演が始まる。

 開演を告げる木村の挨拶の声が、楽屋に届いた。

2007/2/4掲載



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