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藤岡宣男物語り 52 高円寺 綾
ライブハウスでの初ライブ
「風のいざない」オリジナルCD発売を記念して、渋谷のライブハウスでのライブを開催した。
クラシック歌手がライブハウスで歌うというのは、珍しい。
勿論、木村の企画である。
通常のコンサートとは勝手が違った。チケットをある枚数買う。一定以上売れると、それがギャラになるというもの。木村は、そんなことは、どうでもよかった。兎に角、ライブハウスで藤岡が歌うということか大切なことだった。
ところが、ライブハウスの開演時間が遅い。藤岡の出番が八時半を過ぎると言う。木村はライブハウスの経営者に交渉した。
七時の開演でなければ客は来ないと。
若者のみではない。年配者も来る。時間が遅いと帰る時間に躊躇する。
色々と揉めたが、結果的に七時開演となった。
バンド連中と合わせるために藤岡は木村と連れ立って三時に渋谷に向かった。
マイクを使うということで藤岡はマイクに慣れるべく練習が出来ると思った。いずれ、マイクを使用したコンサートもしたいと考えていたのだ。
その頃から、ポップス系に目覚めていた。クラシックからの脱皮である。
生声でも、マイクでも歌える歌手を目指した。
六月は、この他に音楽は心にやさしいコンサートのゲスト出演、そして千葉真康とのCD「音の息吹」のレコーディング、第2回横浜世界平和祈念コンサートへのゲスト出演があった。
四回舞台に立つというのは、ややハードな予定である。
同じプログラムではない。しかし、これが藤岡のレパートリィーを広げたといえる。
この頃になると、古楽系やオペラアリア系、各国歌曲、日本歌曲、オリジナル曲と、大幅に増えている。
後に、昭和歌謡が加わるのであるから、凄いことである。
その日のライブは、藤岡と、ゴスペルの女性歌手だった。藤岡が先に出演したことが、幸いした。ゴスペルとは名ばかりで、全くの素人である。
最後まで残った木村は、仰天したと言う。
幼稚園の先生のような歌であり、ライブをするという感覚を疑ったという。結局、キリスト教の布教なのであった。それにも、驚いた。
これを組みにした、ラブハウスの経営者の感覚も、疑ったという。
クラシック歌手を馬鹿にしているということだ。
通常の音楽世界のクラシックに対する感覚が解ったと、木村が言った。要するに、相手にされないのである。
広く音楽世界の中で、唯一孤立しているのが、日本のクラシック界である。
このままでは、本当に孤立して、クラシックを聴く者のみのクラシックになると危惧した。しかし、クラシック界の連中は敷居高く、それを良しとする。
交わることは出来ないと木村は考えた。
井の中の蛙で譬えられないという。音楽に垣根は無いということを彼らは知らない。そして、音楽というものの真実を知らない。
当然それは、日本にクラシック音楽を紹介した者から始まる。
クラシック音楽は、格調が高い、敷居が高い。舞台に上がる者は偉い。普通と違う。差別意識拡大して、ついには崩壊である。
これ以上は、この物語の主旨ではないので、話を先に進める。
ライブは大成功と言えないまでも、やったということでの満足感が藤岡と木村にはあった。この形でも出来るという確信である。
これをきっかけに、オリジナル曲をカラオケにてマイクで歌う舞台も後に開催した。
ライブを終えて、藤岡は一人渋谷のバーに向かった。
気持ちは充実していた。
新しい体験は自信をつけてくれた。終わった後で、木村がライブ活動も始めようと言っていた。音楽ホールのみが活動の場ではない。様々なシーンで活動する。歌の幅を広げるという興味もあった。
この頃から、藤岡はカラオケを始めた。ポップス系の歌を好んで歌うようになる。
「お疲れさまでした」
バーのマスターが言う。
「ごめんね、店空けられなくて」
今日の、ライブ公演を知って、申し訳なさそうにマスターが言う。
「解ってるから、大丈夫」
藤岡が答える。
「カクテルにしょう」
メニューを見ていると、マスターが
「最初は、お祝いで、私から」
と言う。
甘いカクテルを注文した。
顔見知りの客が入ってくる。笑顔で挨拶する。
木村が部屋に着いた頃、藤岡も戻って来た。
「良かったねー」
木村が言う。
「次は、六本木か、渋谷の別の場所にしよう」
すでに次のことを考えている。
「他のライブハウスも調べたから」
矢張り、やることが早い。
「一緒に、見に行くよ」
木村が言う。
「今年中に、もう一度やろう」
「うん」
木村が酒を飲み始めた。
藤岡は疲れたせいか、少し気分が悪い。ソファーに横になり、木村と話す。
部屋に戻ると、気が抜けて、安心するのか、気分が悪いのを意識する。気分が治るまで、木村の部屋にいて帰るのだ。
少し眠った。
木村は静かに酒を飲んでいる。
「そろそろ僕、帰る」
「うん。ゆっくり休みな」
歩いて数分の部屋に戻る。
藤岡が帰ると、寝ていた母が起きて来た。
「お帰り」
早速、母が風呂にお湯を張る。
「のぶおちゃん、先、入り」
時間は、すでに深夜を過ぎていた。
2007/3/28掲載
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