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 藤岡宣男物語り53 高円寺 綾

 セミナー

 2001年の後半から始めていたセミナーが盛況になっていた。

 歌のための発声のみならず、声を使う仕事の関係者も、レッスンに来るようになった。

 藤岡は、発声セミナーをより充実させるために、様々な体作りに取り組んだ。

 ボディワーク系統のセミナーや、治療に出掛けた。

 兎に角、声を出すための体を、いかに理論的に作るかということだった。

 それは藤岡の性格に合っていた。しっかりとマスターして、それを克明に日記に書いた。 後々、きちんとしたテキストを作るためだ。

 

 そのために、出掛けることが多くなった。それはまた、気分転換にもなった。

 ただ、時折襲う不安感や、焦燥感はあった。不快な気分になるのだ。

 それで、いつも木村とケンカをすることになる。ぶつけるところが木村だった。また、木村はそれを知っているので、我慢出来るまで我慢していた。

 不快な気分とは、意味の無い気分であるが、無視出来ないものだった。

 抑鬱という状態は、脳内物質によって成るとは知っていたが、矢張り不快なものは不快であり、不安なものは不安である。

 抗鬱剤と安定剤を処方されていたが、それとて少し多めに飲めば、ぼんやりする程度で、根本的な解決にはならなかった。

 セミナーに来ていた受講生の中にも、数人、鬱病で悩んでいる者がいたが、彼らの気持ちは、十分過ぎる程解った。

 時に、約束の時間になっても来ないことがあったが、具合がよくないのだと納得していた。また、彼らの励ましも行うことが出来た。

 自分では、どうしようもなくなると、木村に助けを求めた。

 「〜君が駄目らしい。木村さんも、アドバイスしてあげて」

 木村もパニック障害の経験者である。それを理解した。

 木村の場合は、本人曰く、単なるパニック障害だけではなく、霊的作用も多分にあるということだった。

 作家は、それについて理解不能であるから、コメントしない。

 藤岡は電車に乗ると気分が悪くなることが多々あった。

 どうしようもなくなるのだ。最初に、鎌倉から電車に乗り、乗っていられず、横浜で降りた経験がある。そのトラウマもあった。

 弟子の中にも、矢張り電車に乗り、気分が悪くなり途中下車するという者がいて、話が合った。

 どうしてそうなるのかと話し合って、結局、木村に尋ねることになる。

 電車という密室は、人の波動を受ける。不安定な波動を受けると、こちらも不安定になる。隣に具合の悪い人が座れば、こちらも具合が悪くなる。要するに、科学的には、脳波の問題であり、霊的には霊媒体質ということになるらしい。木村の話しである。

 

 だが、乗らない訳にはいかないゆえに、藤岡は電車に乗りボディワーク等々のセミナーに通った。

 スポーツジムにも通い、そこにいる指導員たちの指導の様子も学んだ。

 藤岡は、一々その指導の意味を尋ねて、参考にした。

 誰も、そんなことは尋ねないらしく、藤岡が質問すると、指導員たちは丁寧に教えてくれた。それはすべて藤岡の発声法に生かされた。

 ここで何度も書いたが、結局、声を出すということは、体が出すということで、喉から出すのではないという考え方だ。そのために、体をどのように作るのかということが、テーマだった。

 それが思わぬ功をそうしたのはピアノ指導だった。

 特別ピアノ指導をしていた数名の受講者に、座り方等を変えるだけで、音色が変わることを突き止めた。姿勢を変えることによって、音色が変化するのである。

 小学生からピアノを弾いていた藤岡である。専門はピアノ教育であった。それが、発声法の研究により、益々深まったのだ。

 それが藤岡亡き後、大きな結果を生むことになるが、これについては後述する。

 

 もし藤岡が生きていれば、ピアノ指導に関しても貢献したであろうと思う。

 藤岡は、いつも木村の疑問に答えることによって、ピアノを知らない人が何を考えているのか解ったのである。

 「ピアノは野蛮な音」

 と木村が言う。

 「弾き方の問題なんだよ」

 「あの有名ピアノ弾きの演奏を聴いて驚いたよ。あんなカンカンという音がピアノの音だと思うとぞっとする」

 「それは正しいよ。あれは不味い。木村さんの耳は正しい」

 あるピアニストの話である。

 「なんであんなに重たいの」

 「あれは座り方の問題」

 藤岡が一々、木村の疑問というか、不満に答える。

 「もっと、自然に弾けないのかねー」

 「日本のピアノ教育が、ああだからね」

 「アホみたいな音を出すってこと」

 「減点主義で、良いところがあっても、間違っていたら、減点されるから」

 木村は意味が解らない。

 「間違っても、いい音はいい」

 「木村さんが審査員ならねー」

 「じゃあ、審査員が駄目なんだ」

 「まあね」

 

 大学時代に師事した先生についたことにより、ピアノが下手になったと藤岡は後で気づいた。先生は上手であるという先入観で習ったが、結果は逆だった。

 「どうして、そんな人が先生になるのかが問題だ」

 木村が言う。

 「明確な基準がないから」

 「人によって違うということだ」

 「それもあるけど」

 「きっと、大学ってところも、人が作るところだから、ごますりだ」

 木村が憮然として言うと、藤岡が

 「しょうがないよ。あきらかに劣っていると思う人が、教授になっている」

 と答えた。

 「よほど、本人の自覚がなければ、大学に入っても駄目たということだ。良かった、私は、大学に行かないで」

 「木村さんが知っているようなことを知りたくて、大学に入っても、どうしようもないと思うよ。そんなこと、教える人が、いないもん」

 二人の話は尽きない。

2007/4/9掲載


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