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藤岡宣男物語り54 高円寺 綾
暑い夏
木村の部屋の窓という窓が全開になる、暑い夏がやってきた。
玄関の扉も24時間開け放していた。
エアコンを嫌う木村は、そうして夏を過ごしたが、藤岡はエアコンを好んだ。部屋でセミナーや、合わせに人が来る時だけは、エアコンを点けた。
「暑い、木村さん、エアコン入れて」
苛立ち藤岡が言う。
「夏が暑いからいいのに」
「具合が悪くなる」
藤岡にそう言われると、木村もエアコンを点けざるをえない。
リビングだけを締めきり、木村は寝室用の部屋に入る。
藤岡がいるリビングだけは冷えているのだ。
2003年7月の上旬、名古屋でのコンサートがあった。
オフィスTW2の主催で、名古屋のソプラノとピアニストのジョイントコンサートに、藤岡がゲスト出演するというものだ。
名古屋の夏も暑い。
新幹線を降りて、すぐにタクシーに乗り込み会場に向かった。
「異様な暑さだね」
木村が言う。
少し外気に当たるだけで、木村の絽の着物が汗で濡れた。
藤岡は日焼けしないように顔にクリームを塗り、長袖のシャツを着る。
広島出身の藤岡は慣れた暑さだが、木村は北海道出身である。暑さの感覚も違う。しかし、夏は暑い。
会場に入ると、外に出なくていいように、すべて準備してある。
すぐに合わせが始まり、一通り済むと出演者が控室で弁当を食べる。
ソプラノのNさんは藤岡と同門である。同じ発声の先生についていた時期がある。
会話が弾む。
藤岡は、本番前でも緊張感を見せない。
楽屋は実に和やかである。これがまた、オフィスTW2のコンサートの雰囲気にもなった。クラシックの世界を知らない木村の存在もあり、楽屋の雰囲気は、いつも笑い声に溢れていた。
開場前になると、木村が受付に出る。
五分前にベルが鳴り出演者が舞台に向かう。
藤岡はゲスト出演であるから、楽屋のテレビ画面を見ている。
自分の出番まで待機している。
開演すると、木村が慌ただしく入って来た。
「結構、お客さんいるよ」
「良かった」
と藤岡が答える。
最初のピアノソロが楽屋に響いている。
藤岡も好きなショパンのポロネーズ英雄である。
「聴いたことある」
木村が言う。
「僕がいつも弾いているよ」
「ああ、あれっ」
「これ弾きこなすの難しいよ」
「ふーん」
木村は水を一口飲んで
「もうそろそろでしょ」
と言う。
「うん」
藤岡が立ち上がった。
「じゃ行こう」
木村後に着いて楽屋を出た。
舞台袖にNさんが立っている。
「私は、後ろで聴いている」
木村がそう言うと、小走りに舞台裏を抜けて行った。
本番は、あっと言う間に終わる。
一年前からの準備をして、本番は90分程度で終わる。
芸術家というより、芸人と言う方があっている。
客の満足感を一番に気に掛けて舞台に上がる。普段の練習の成果を発表するのではない。それならば単に発表会である。コンサートやリサイタルは違う。
臨機応変である。
これを理解出来ないと、プロとは言えない。
数多くリサイタルを開催した藤岡に、ある音大の声楽科の教授と名乗る者が、メールをくれた。
曰く、リサイタルは練習ではありませんと。つまり、藤岡のリサイタルを練習程度と捕らえているのか、嫉妬なのかは定かではない。
日本のクラシック界では、リサイタルとは、年に一度程度が精々である。毎月、リサイタルを開催するというのは、その観念に反しているということなのであろう。
それに怒ったのは木村である。
猛烈に激怒した。
「自分が出来ない故に、何を言う」
という剣幕で、メールの主に私が返答すると言うのを、藤岡は止めた。
「木村さんが書いたら、相手は自殺するよ」
藤岡が言った。
木村の考えは、最もであった。
芸大、音大の教授がリサイタルを開催して、評が悪ければ職を辞す覚悟があるかということだった。作家は小説が売れなければ成り立たない。どんなに良質な小説といえども、売れなければ無いに等しい。しかるに、大学で文学を教える者が、良質な小説を書けるかといえば、逆である。書けないゆえに分析し、評する。それをもって給与を得る。音楽を教える者も、そうであるという。
「信長ならば叩き切る」
木村は言う。
安泰な場所にいて、やる者を評するとは何事かという理屈である。
木村にとって、やらない者、やれない者は、言葉を発してはならないという徹底した実行主義である。
藤岡のアベマリアが始まった。
プログラムは順調に進んだ。
休憩時間にはロビーで藤岡のCD販売である。
楽屋に戻った藤岡はNさんとピアニストと歓談した。
Nさんは藤岡の先輩に当たるが、藤岡がNさんにアドバイスをする。
緊張感から声が伸びないのだ。時に、引っ繰り返る。
体操をさせて緊張感をほぐす。
第二部のベルが鳴る。
三人が舞台向かった。
二部になると、木村が座席に座って聴いていた。藤岡は、それが見える。
アンコールが三曲である。
最後に木村がアメージンググレイスに作詞した歌である。
滞りなくコンサートが終了した。
また、一つの生きた証しが終わった。
「どうだった」
藤岡が木村に尋く。
「良かった。言うこと無し」
それ以後も名古屋でのコンサートを年に一度、二度開催した。
一度だけ木村が名古屋のコンサートの後で激怒したことがある。
藤岡が高名な指揮者について習った後のことだった。
コンサートが終わり、木村はホールで藤岡を大声で呼んだ。
「もう一度、歌え」
藤岡は歌った。
「何だ、それは。どうして、そうなった」
木村はホールの後片付けをする人を無視して言った。
「どうして、そんな風になった。おかしい。あんたの歌でない」
高名な指揮者に指導された通りに歌ったことが木村の怒りをかったのだ。
「誰が、そんな風に歌えと言った」
「古楽的な」
藤岡が言い終わる前に木村が言う。
「あほ、馬鹿間抜け。そんな者の指導に従って歌って、素人が感動するか」
木村が立ち上がって言う。
「プロ、プロとは何だ。狭い世界で、のうのうと金を取って、のうのうのと暮らしを立てて、いい老後を送って、世の中に、何も貢献しない者のことだ。誰だ、その高名な指揮者は、言え」
藤岡は唖然とした。師事している先生の口添えで習った方である。それの指導を、木村は亡き者にしようとしている。
藤岡は沈黙した。
「あんたねー。クラシックなんかやっていると、駄目だよ。低能の集まりなんだから。古楽とは、何か。誰が、古楽など知るというのか。中世の音楽を誰が知るというのか。霊能者か。アホ。誰だ、その指揮者は、言え」
あまりの怒りに藤岡は絶句した。
「解った。元に戻すよ」
藤岡が言った。
「当たり前だ。あんたの持ち声が最高である。それを駄目にするような者は、死んだ方がよい」
木村の声は、ホールのマイクを通して全館に響き渡った。
「あんたの声を駄目にする者は、私が許さない。私を誰だと思っているのか」
これ以上を書くことは、作家の務めではない。
2007/4/17掲載
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