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 藤岡宣男物語り56 高円寺 綾

 北海道の秋

 千歳空港から電車に乗り札幌に向かう。

 景色は、秋模様である。

 札幌に降り立って始めて、札幌の秋風を感じる。内地とは、どこか違う。清々しい。

 2001年五月からのリサイタルから、三年目、六回目のコンサートである。年に二回開催していた。一度、お客が増えたが、また、少し減った。

 理由は解らない。

 木村は、単に有名ではないからだと言う。札幌の人は、外人か有名人でなければ、人は集わないと言う。それが、この街の悲劇であると。

 長年に渡り札幌で活動してきた木村の言うことであるから、一理あるのだろうと思った。 「最初は、様子を見る。そのうち飛び出すと、叩く。地元で活動していると、必ず、それにやられる。自分たちの延長だと思わないと、気に入らない。その代わり、東京で有名になると手のひらを返す。自分たちが育てたという言い方をする。要するに、あれね、あれっ」と木村が言う。

 藤岡と木村は、そのまま会場である、教育市民会館へ向かう。

 当日入りである。

 ピアノ伴奏の大楽先生は、すでに調律から立ち会っているはずだ。

 札幌で始めて「日本の歌レクチャーコンサート」をする。

 木村が解説しつつ、進めるものである。

 藤岡は、木村の地元であるから、いつもより、木村は好き勝手放題に言うであろうと予想していた。

 リハーサルを大楽先生と行う。

 木村は安心してか、受付の準備を始めていた。

 藤岡も木村も大楽先生に関しては、ピアニストであり、プロであるという意識は同じだった。木村もピアノ弾きとは言わなかった。

 伴奏では、あくまでも伴奏に察して、それがまた、大楽先生の良さを引き出していた。ピアノの音色は優しい。

 木村の言葉にすると、喧しくないのだ。

 

 合わせは、それぞれの曲一度で十分だった。

 藤岡の合わせが終わると、大楽先生は、自分のソロ曲のリハーサルをしていた。

 楽屋で木村と二人になる。

 「一部だけ多めに話すけど、二部は、ほとんど話さないよ。曲だけ言って引っ込む」

 と木村が言う。

 藤岡も、その方がいいと思った。

 「あまり、過激にならないでね」

 藤岡が言う。

 「解ってるって。でも、言うべきことは言う」

 それが怖いのだが・・・

 お手伝いに頼んだ、木村の知り合いのHさんが入って来た。

 藤岡と挨拶して、話している。

 差し入れのパンを藤岡は食べた。

 「それで足りる」

 木村が尋く。

 「うん。これくらいでいい」

 「足りなければ、買って来ますよ」

 Hさんが言う。

 「大丈夫、これでいい。どうせ終わったら食べるし」

 木村が答える。

 大楽先生の奥様も入って来た。

 皆が挨拶をする。

 大楽先生も戻り、皆で四方山話になる。

 開場が始まると、木村も受付に立った。出演者が受付に立つというのは、藤岡も、始めての経験であった。しかし、それは最初からであるから、平気になった。

 「そろそろ開演します」

 木村が楽屋に来た。

 藤岡も大楽先生も立ち上がった。

 開演本番のベルが鳴る。

 最初は木村が出る。

 「日本の歌の前に日本語について」木村が話始めた。最初は、静かに語っている。藤岡は安心した。

 曲の解説が終わる。

 藤岡が舞台に出た。

 一部の後半になった。次第に、木村の話がエキサイトしてくる。藤岡は、始まったと思った。もう誰も、止められない。

 「札幌は、アホが多くて」

 ああ、藤岡は溜め息をついた。

 どこまでエスカレートするのかと、はらはらする。

 でも、話は一部で終わるといっていたから、これが最後だと、舞台袖で聞いていた。

 有意義な話をしても、一番印象に残った言葉で、イメージを持つと藤岡は知っていた。 「心は息遣いのことです。しかし、心の教育と言っても、誰も、息遣いについては、言わない。要するに、誰も心のことなど、知らない。精神も、心も魂も、ごちゃまぜにしている」云々。

 「二部は、私の話はありませんから、言いますが」

 木村が言う。

 藤岡は、聞かないようにした。

 一部の最後を歌い終わり、藤岡が舞台袖に戻ると、木村は、すべにいなかった。

 

 二部は、歌をじっくりと聴かせる。

 心なしか、お客様も、安定しているように思えた。矢張り、木村の話は、インパクトが強すぎるのである。

 二部はスムーズに終わった。

 アルコールを終えて、藤岡は、舞台裏を通り、ホールに出た。

 藤岡の姿を待つ人がいた。

 一人一人と、話をする。

 最初のリサイタルから来ている人もいる。

 和やかな雰囲気で、公演後のお客様と、歓談した。

 

 楽屋に戻ると、後片付けが終わり、藤岡も衣装などを整理して、楽屋口に出た。

 木村と、共に、ある方に食事の招待を受けている。そのまま、タクシーに乗り、すすきのへ向かう。

 見慣れた風景である。何年か前は、自分も札幌に住んでいた。すすきのにも、よく通った。馴染みのバーもあった。

 蟹づくしの食事の接待を受けた。

 Iさんは、それ以後、毎回、藤岡と木村を招待して、食事を御馳走してくれた。

 藤岡が亡くなった時、幾日も泣いて過ごしたというIさんである。札幌での初リサイタルから、藤岡のフアンになった。

 

 ホテルに戻った藤岡は

 「バーに入ってもいい」

 と木村に尋いた。

 「いいよ。私は休んでいる」

 「木村さんも行こう」

 木村が、しぶしぶと従った。

 「そんなに遅くならないから」

 札幌時代に通ったカウンターバーである。

 

 「懐かしいね」

 木村が言う。

 木村にも、すすきのは庭のようなものだった。

 藤岡と木村は、よくすすきのに出て、食事をし、飲んだ。

 顔なじみのマスターが、驚いて藤岡に声を掛けた。

 「コンサート」

 「うん」

 「どこで」

 「教文で」

 バーでは、木村は無口になる。

 藤岡とマスターが四方山話をする。

 札幌の夜風は、冷たくなっていた。

 バーを出て、ホテルまで歩く。

 「木村さん、帰る」

 「もう疲れた。あんた、まだ行きたいの」

 コンサート後は、興奮する。それを静めるために、もう少し藤岡は、すすきのにいたかった。

 「いいよ、行っておいで。私は先にホテルに戻るから」

 藤岡は

 「じゃ、一寸だけ行って来る」

 と行った。

 「うん」

 木村と別れて、別のバーに向かった。

 何となく、もう少しぼーっとしたかった。

 よく一人で行ったバーに行き、アルコールは止めて、ジュースを飲んだ。アルコールを飲むと、興奮して眠られなくなる。

 お洒落なバーに入った。藤岡が気に入っていたバーである。

 「あらっ、一人」

 「うん」

 「公演で」

 「そう」

 「お疲れさま」

 わずかに、一人の時間である。

 札幌にいた二年間のこと。それから鎌倉に出たこと。そして、歌の道に乗り出したこと。色々なことを思った。

 過ぎてしまえば、あっと言う間の出来事だった。

2007/5/1掲載


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