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 藤岡宣男物語り57 高円寺 綾

 冷たい雨

 季節は巡る。

 冬を感じさせる雨が降る。

 藤岡は、具合の悪い日々が続いた。

 何とも言い表せない気分である。焦燥感に近いが、苛立ちもある。じっとしていられないような気分である。いつもより多めの安定剤を飲む。

 「具合が悪いよー」

 木村に言う。

 リビングのソファーに寝る。

 木村の部屋に来て、そうしてずうーっと寝ていることもあった。

 木村が整体師を呼ぶ。

 一時間程度、整体を受けて、また寝る。

 「ご飯食べる」

 食欲も無い。

 そのまま、夜になる。

 眠っている時だけが幸せである。

 「ずっーと、こうして寝ていたい」

 木村は何も言わず黙って話を聞く。

 木村が買い物に出掛けた。

 藤岡は泣いた。どうして、こんなに具合が悪くみなるのか。理由が解らない。

 抑鬱症状と言われて、抗鬱剤を飲み続けているが、良くならないのだ。

 

 木村と一言、二言話しているうちに、エキサイトしてくる。かーっとなり、壁を叩く。物を投げ捨てる。

 「どうしたの、宣男君」

 木村が心配して言う。しかし、藤岡の行動には、何も言わない。黙って見ている。

 「具合が悪いんだよ」

 

 木村も、それに関して色々と試みていた。

 それは公表出来ない。

 色々な理由があったと木村は、言う。

 本人の持っている性格によるものもあり、他から受けるマイナスイメージ、波動もある。複雑なことが絡み合っていた。何より、藤岡の自分に対する厳しさである。それは、現在ホームページの管理人をしているUさんも言う。

 妥協しない性格、几帳面過ぎる性格も、原因の一つであると。

 「こんなことしてられない。歌詞も覚えないと」

 藤岡が言うと、木村が

 「覚える必要ないよ。楽譜を見て歌えばいい」

 と答える。ストレスを与えない、木村の最大の思いであった。

 

 夕刻を過ぎて、夜になる。それでも、ソファーに伏せっている。

 木村が藤岡のために、食事を作る。そのままテーブルに乗せてある。しかし、まだ食欲が湧かない。

 その頃、木村は歴史小説を書いていた。藤岡の様子を見つつ、隣の部屋で執筆する。

 リビングの電気を点ける。

 木村が言う。

 何度も、替わってやりたいと思った。藤岡のように才能のある者が、何故、こんなに苦しむのか。勿論、木村も具合が良い時はがりではない。

 藤岡にかかる目に見えないマイナス波動を取り除いて、自分も具合が悪くなる。しかし、付け焼き刃であった。

 人の嫉妬の念を、取り除くのは、至難の業であったと言う。つまり、霊的な言い方をすると、生き霊である。死霊より始末が悪いと言う。

 多くの相談を受けて、それを解消する木村だが、目の前にいる藤岡を、楽にすることが出来ない。どんなに辛かったかと言う。

 

 時に、深夜に藤岡は木村と大喧嘩をする。もう耐えられないのだ。

 それを木村に向けるしかない。

 作家も、これを書くのは、辛い。

 「もう、僕を病院に入れて」

 藤岡が木村に言う。

 木村の目の前で、薬を多量に飲む。それを木村が止める。

 「やめなさい。死んじゃう」

 「死んでもいい」

 ベランダから、物を捨てる。

 「止めなさい」

 木村が止める。

 素足で、外に飛び出す。木村が追う。

 「皆の迷惑になるから、ね。宣男君」

 木村が藤岡をなだめる。

 素足で、外を歩く藤岡に木村が付き添う。心が落ち着くまで、そうして、藤岡と共に歩く。

 木村が言う。

 病院に入れることは簡単なこと。でも、そうしたら、本当に病人になる。

 本人も辛いが、側にいる者も辛い。

 あの冷静な藤岡が、こんな姿になるということを人に知られたくなかった。

 催眠療法を受けたいとも言ったが、私は反対した。催眠療法で治るなら、とうに治っている。私は、それ以上のことをした。

 木村は、古代語で祈り、藤岡の心の乱れを治めたこともある。勿論、人には信じられないことである。あらゆる、方法を試みた。

 最後に行き着いたところは、藤岡家の因縁だったと言う。

 しかし、作家は、それについては触れない。理解出来ないことを、解ったように書くことは出来ない。

 藤岡は、具合が良くなるまで、木村の部屋にいた。

 その姿を母親に見せられないと、深夜を過ぎても、木村の部屋で寝ていた。

 ようやく、少し落ち着いて母親のいる部屋に戻る。

 木村はベランダから、その藤岡の姿を見つめていた。

 それを見届けて、木村も倒れ込むように寝る。

 

 いつまで続くのかと木村は溜め息をついたという。

 部屋に戻った藤岡は、何事もなく母親と会話して、風呂を用意したと言われて風呂に入る。母親が用意していた果物を食べて、母親の話を聞く。

 深夜、一時、二時を過ぎている。

 そして睡眠薬を飲む。

 あれ程、寝ても、再びまた寝る。

 翌日、心配して木村が来る。

 チャイムの音で起きる。

 「大丈夫」

 玄関で木村が言う。そのまま部屋に入る。

 藤岡は、ベッドに体を横たえる。

 木村がベッドの端に腰掛ける。

 暫く、何も話さないでいる。

 「お母さんは」

 「まだ、寝ている」

 様子を見て木村が

 「じゃ、行くよ」

 と言う。

 「うん」

 

 肌を差す風に冬が宿る。

 これなら北海道の秋だと思いつつ、木村は自分の部屋に戻る。

 

 藤岡は、パソコンからオーケストラの演奏を掛けて、発声のための体操をした。少し、楽になってきた。

 今日は、練習をしようと思う。

2007/5/11掲載 


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