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2006年08月 アーカイブ

2006年08月15日

終戦記念

藤岡が歌った「帰り来ぬ風」という私の作詞の歌があります。116万人の遺骨が、未だ南方の島々に置き去りされているという哀しみの歌です。
横浜、札幌、知床斜里にて歌いました。その後、様々な人々が歌っています。
今回の平和祈念コンサートでも、ソプラノ辻友子が歌いました。藤岡の歌声を聴きつつ歌ったと思います。
難しい日本語の発音が多く、切々として、しかも慰霊の思い万感にての藤岡の歌は絶品でした。
歌い終わった藤岡の目に涙を観た時、藤岡の思い入れの凄まじさを感じました。
本日、深く戦没者の霊位に哀悼の意をもって・・・

2006年08月16日

愚昧なマスコミ

捕らえるべきものを捕らえないマスコミ、テレビのアホどもである。靖国、靖国と騒いでいるのは、誰か。
藤岡を捕らえたのは、NHKのみ。
民放は、世界的声楽家である藤岡を捉えられなかった。
絶叫や調子はずれの歌い手のゴシップを得意になって宣伝する。私がテレビを見ないのは、そういうことだ。
テレビ万能の時代を作ったこの時代は、後に検証される。芸能のかけらもない芸能界の太鼓もちでしかなかったと。
最も大切な政治までも愚妹にしたのはマスコミである。

追伸
私が目にするテレビは、すべて安食堂とか、外で見る。薬を貰う場所で多く見る。見たくなくても、テレビをつけている。

2006年08月18日

残暑お見舞い

暑さが続きます。

藤岡は暑い日、涼しく過ごしましたが、例えばエアコン、扇風機を使用しましたが、体を冷やすことはしませんでした。特に喉です。
冷たいものより温かい飲み物を好みました。

夏の夜も、ぬるま湯に浸かっていました。

私は銭湯に誘うのですが、藤岡の感性は銭湯より現代的スパを好んで、よく気分転換に出かけていました。

懐かしく思い出します。

2006年08月19日

音楽史

私のホームページ、新沈黙を破るに連載しています、音楽史が好評です。ありがとうございます。

藤岡についても触れています。
音楽関係以外の方でも、楽しめると思います。
歴史、哲学史等を鑑みて、書いています。
次のようなお便りを頂きました。
__________

役に立っています。 

投稿者:音楽大学学生 投稿日:08月19日 19時45分

バラバラの音楽用語や知識が、木村様のエッセイの音楽史を読むことによって、有機的に結びついています。体系的な理解をするのに役立ちました。
ありがとうございます。

2006年08月22日

その没後、益々名声を高めるという藤岡の歌声です。新しいファンの出現に期待します。
一年祭後は、藤岡のリサイタル、コンサートゲストとして、藤岡の歌声を皆様にお届けします。
多くの録音のマスタリングを続行中です。
コンサート会場にて聴くことができます。
この一年の様々なことを振り返り、先に進もうと思います。勇猛果敢に行きたいと思います。

2006年08月25日

本日は、藤岡命上がり330日

私には、昨日の出来事です。

全く古い思い出ではありません。

来月の一年祭に向けて、また進みます。

330日祭

ギタリスト千葉君、藤岡の友人二名、辻友子、あやかの親子と、そして野中と私で、この命上がりの日を、終えました。
来月の一年祭は、時間を区切っての御祭りになります。
忘れたい人は忘れてよし。それでいいのです。
私は死ぬまで藤岡と一緒であり、死後藤岡と逢うことが目的です。
ああこの人生とは。
霊学を成している私でも、死による別れは辛い。
藤岡に逢いたい。
死ぬことが楽しくなる。死ぬまで生きる。当たり前のことが輝いてくる。
霊界と接触している私でも、である。知らない人は、どれ程の辛さか・・・

2006年08月26日

最後の追悼コンサート

本日で実質的な追悼コンサートが最後となります。
来月は、一年祭、命上がりの日コンサートです。
この一年間、多くの方に注目されていたこと理解しました。
藤岡の本格的行動は、一年祭を終えてからです。
これから私は藤岡宣男を創造します。
勿論、私も大いに歌います。
批判や非難をする人は、コンサートに来ない人ですから、もう、何をか況やです。
この世は、やる人か、やらない人かしかいません。
私は、やる人です。
やらない人は、糞でもして寝ていればよい。

2006年08月27日

夏去り行く

コンサートで歌い終えると、藤岡に逢いたくなる。
あなたは、よっやったといいたくなる。
どんな時でも、あの天性の声で、聴かせた。不調であれば、それをも聴かせるものとして表現した。
歌は心という人がいるが、歌は体である。心万全でも、体が不調の時もある。
舞踊では、心10表現6という。抑制の美である。
外に出る歌と、心の内にある歌が共鳴する。これを芸という。
この二度と来ない夏を名残惜しく思いつつ、追悼コンサートを終えた。

蝉時雨 思い残して 夏が行く

この暑い夏も、二度とないと思えば、愛しく思うものである。

2006年08月29日

作詞家木村天山の世界

夏休み中、来年のコンサートを企画していて、藤岡のために作詞した100曲以上の作詞の中の、曲がつけられた20ほどを披露するコンサートを考えました。
ソプラノ辻友子らに歌ってもらおうと思います。
ただ今も、続々と曲がつけられています。
兎に角、前に進むこと。それが今出来ること。出来ることをする。
もう、死は目の前に迫っている。
長く生きることより、どう生きるか、それが私の問題だ。
藤岡が至るところで、お茶目に、活動している。
逢うのが楽しみ。私の前には、決してその姿を現さない。ただし一日として、藤岡が思いを送ってくれないことはない。
信じる者は、信じるがいい。

2006年08月30日

年をとらない

どうも私は極めつけのアホのようで、年を取っていない感じがするのだ。
藤岡と出会った頃と、変わらない気がする。ただ変わったことは、クラシック音楽を聴いて益々アホになったような・・・
ピアノの音など聴いていると、耳がやられて、頭もやられてアホになる。
クラシックの世界の知恵をつけられて、ずるくて、情けの無い人間に少しなったようだが、それでも、年を取った気がしない。
音楽については、沈黙を破るに書くが、音楽を哲学すること多々あり。
西洋音楽は芸を習うというより、学を学ぶといった感じがして、私の芸感覚に遠い。
ともあれ、私は年を取らないというアホになったようだ。
実年齢より、実に若い。政治や舞踊の世界では、確かに若造である。
益々、怒り心頭に達するのだから、始末に終えない。
今日は、この辺で。

2006年08月31日

コンサート案内

2日、代々木アトリエ・ムジカにて、ライブコンサート。三人のピアノ、弾き語り、アボリジニ民族楽器ディジュルドゥーの演奏。
5日、横浜、かなっくホールにて「初恋」コンサート。ソプラノ、バリトン、演歌師の「初恋」そして、バライティに富んだ曲目。
伴奏は、ピアノ、藤井松良、辻あやか。
当日券は、勿論あります。
それが終わると、藤岡の一年祭です。
14日、すみだトリフォニーホール小ホール。
多くのゲスト、そして藤岡への言葉を、お客さまよりいただきます。
藤岡の写真を掲げて、薔薇の花一本のシンプルなステージにします。
藤岡の歌声も流します。未公開のものもあります。
すると、
秋が深まってゆきます。
私の作詞の「君がいた日」田原奈津代作曲の発表もします。私作詞作曲の朗詠「孤独」も詠じます。

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