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死ぬのが待ち遠しい

今月は、藤岡の一年祭である。
突然寂しくなる時、私は、死ねば藤岡に逢えると考えて、乗り越えます。
これ程、死ぬのを待ち遠しく、楽しく思えたことはない。
これは私が霊学を成していたからである。
毎日、顔を合わせていた藤岡を忘れることは出来ない。藤岡は、もう一人の私だった。藤岡に私を写して生きていた。
藤岡の喜びも悲しみも怒りも、私のものだった。
藤岡が恋人と会うための場所まで手配していた。
藤岡が喜ぶと、私はそれ以上に喜んだ。そして毎日のケンカである。時間を過ぎれば、また一緒に食事をしていた。
藤岡の一日をすべて把握していた。藤岡がすべて私に話すからである。
秘密も隠し事もなかった。
ああ人生である。これ程の苦しみはないと思い、何度も、この場から離れようと思ったが、矢張り、続けられるまで続けることだと。そして藤岡を創造するというところまでたどり着いた。
いよいよ私の人生の佳境に行く。一人の思い込みである。それ以外に何が人生にあるだろうか。思い込み以外にである。そして私は素人を演じ続けてゆく。

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2006年09月02日 10:17に投稿されたエントリーのページです。

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