風の中に秋の芽生えあり。
すべては流れていると、ギリシャ哲学、仏陀は無常の相を観た。
一つとして留まるものはない。
旧約聖書伝道の書には、すべてには時がある。
抱く時、離す時がある。等々。
生きるとは呼吸の間と禅では言う。
刹那の連続。終わりは始まりであり、始まりは終わりである。生死を繰り返して生きる。道元は、完璧な実存哲学をゆく。死は死で、生は生と。だから、竿の先から飛べと言う。生きるとは飛ぶこと。飛ぶしか術が無いと知る時、開放される。
この次元は、何一つ定まったものは無い。絶対というものが無い、次元である。
高い次元の投影と観る人もいる。
我の本体は、この次元ではないと気づく時、この次元での生きることを、折り合いをつけて生きると知る。
死ぬときは 持ってゆけぬと 貯金せず
という川柳があった。刹那を生きる時の余裕を持ちたいものである。