藤岡の歌が、実に上手だ。聴く度に、進化する。
どういうことであろうか。
それは私の耳である。つまり私の耳が良くなってきたのである。
同じ歌のはずが、上手いと思う。何度も聴いているのに、聴く度に進化している。
そう聴こえるということは、私の耳の進化でもある。
耳の穴をかっぽじって聴けとは、本当のことだった。
眼は心の窓というが、眼は前頭葉の窓である。
耳は、脳に一番近い。聴くという行為は、実は、哲学する。思索すると同じことである。よく聴くこと、つまりそれは、よく考えることである。
思い起こせば、この10年ほど、私はクラシック音楽、特に声楽とピアノを聴き続けたのである。その大半が、生である。よほどでなければ、CDは聴かない。
思い出したように聴くのは演歌や日本の歌である。それも、一月に一度程度である。
機械を通して聴くものが、嘘のような気がするのだ。