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藤岡宣男命上がり一年祭

本日は、pm3:00よりpm10:30の間、一時間ごとに祝詞献上します。

この一年、一度たりとも藤岡のことを思い出さない日は、ありませんでした。それは長い道のりでした。藤岡の歌声を残すべくコンサート活動も続けて、これからの人生を藤岡の歌声を伝える、残すということに邁進すべくの考えでした。
これからも、そうです。

再現芸術であり、瞬間芸術が声楽です。本来は、その時で、すべてなのですが、録音技術のお蔭で、歌声を残すことが出来ました。
伝える必要があるのは、藤岡の歌の「もののあわれ」という普遍性です。
それについては、多々書いていますので、省略します。

藤岡の口癖でした。僕は、勉強したい。向上心は人一倍強かったのです。私は彼が、ドイツ語、フランス語、イタリア語を学んでいたのを、目の当たりにしました。
実に、よく学んでいました。そして人体のことです。歌うための体を作るということを、様々な形で行なっていました。
良いといわれる治療法、等々、多くの場所に通い、専門家以上の知識を得ていました。

人が死ぬのは悲しいけれど
いつか人は死んでゆく

それが早いか、遅いかの違いです。
藤岡は、よくよく生きたのです。命の讃歌を生きたのです。

本日、私は日本の伝統に従い、神呼びをし、藤岡と共に過ごし、共に食して、楽しく語らい、神祭りを行ないます。
「清く明るき、直き心」日本人の神祭りの醍醐味があります。

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2006年09月25日 11:05に投稿されたエントリーのページです。

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