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引越し雑感

藤岡の部屋を引越ししている。驚いた。几帳面な藤岡は、すべてを整理して取ってあるのだ。幼稚園時代から大学、留学そして旅行等までの記録である。評伝や伝記作家にとって、こんなありがたい事は無い。
必ず藤岡は書かれる声楽家である。それは藤岡のように歌った者はいないからである。エッセイにて、色々書いているので省略するが、日本の「もののあわれ」を歌った声楽家はいない。どんな美しい声であろうが、藤岡には敵わない。私の思い過ごしと言う無かれ。もう少しすると、それが解る。
例えば、私にさえも日本語では敵わない。妄想と言うなかれ。誰も、やまと言葉で歌う者がいないからである。私の歌を聴けば解る。言葉が、日本語が明確である。それは祝詞を唱えるからである。やまと言葉とは、祝詞にある。
いずれ、エッセイに書く。
兎に角藤岡の残してくれたものに感謝する。特に、論文は貴重である。そしてメモ書きである。また学生時代から伴奏で出演したコンサートのすべての資料が残っていた。藤岡は、伴奏をしていたのである。そして名言である。ピアノとは一体になれなかったと。それでよし。ピアノは伴奏でよし。ソロを聴かせるピアノ弾きは、余程、心の器量がなければ無理である。今大半のピアノ弾きは、ピアノに弾かれている。ピアノを弾くだけの器量が無い。ほとんど、いかれている。
今は多くを語らないでおく。いずれ、書く。
知識が必要なら、いくらでも知識を持とう。しかし、知識では計り知れないものがある。それもいずれ書く。
小学生時代の天気観測のノートは、圧巻であった。
彼は、続けることの出来る人間であった。そういう人間は信じられる。幸運の時も、不運にある時も、同じ姿勢でいられる人、それを達人と言う。

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2006年10月30日 08:34に投稿されたエントリーのページです。

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