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2006年11月 アーカイブ

2006年11月01日

別れ続ける意味

藤岡の部屋の引越しが終わった。すべてを運び出した後で、私は、再び藤岡との別れを体験した。部屋にいた藤岡との別れである。
そう、人生は繰り返しである。私は藤岡と、この世において、別れ続けるのである。
一つ一つにお別れする。悟り続けるように、別れ続けるのである。
いじめを受けて自殺した子の母親が、あの子とは八年逢っていませんと言った。
私も藤岡と、一年以上逢っていない。
私の、この人生では、もう逢わないと思っていても、逢いたいと思う。
霊学を知る私でさえ、こうなのである。知らない人は、どれ程の悲しみを体験するのかと思うと、心境を察するのみである。
さて、私は生きる。死ぬまで生きる。
命の貴さとは、生き抜いて死ぬ時に、現れるものである。
その命の尊さを、私は藤岡宣男に捧げる。
命懸けの祈りが通じないことはない。私は、それを知っている

2006年11月02日

藤岡の敵討ちの意味

藤岡の敵討ちをすると言うと、誰かを想定する。
この私が誰か、人を敵にするものだろうか。そんなことがあるはずがない。
私の敵討ちは、この人生の不合理に、この人生のブラックジョークに、この人生の悪い冗談に、そしてこの人生の無明に、敵討ちをするのである。
文章を読めなくなった時代である。説明過多の小説が支持される時代である。
多くを語らないでおくが、語らないから、語れないと思っては見当違いだ。書き込めば書き込むほどに、真理から遠のくことがある。
しかし語らない、言わぬが花でもない。それは誤魔化しである。日本人は、少ない言葉で、多くを語った。和歌や俳句を見よ。歌に天地万物を宇宙を込める作法を言葉の世界で持つ民族であるる。饒舌は最後に饒舌で終わる。沈黙は、最後に沈黙で終わる。沈黙の重さを深さを知る人は幸いである。沈黙から言葉が溢れる時、歌が誕生する。

2006年11月03日

編集開始

来春から季刊にて発行する「藤岡宣男研究」の編集を開始します。
世界的レベルの音楽家、研究者により、非の打ちどころのない歌唱と称され、いずれ研究の対象になるとのことで、その魁をします。
藤岡宣男の論文を主に掲載し、多くの方から寄稿をいただきます。
架空の権威、偽の権威ある日本の音楽学者等からの寄稿はありません。すべて実践家である音楽家の方からの寄稿をいただきます。勿論、評論家からの寄稿もありません。
音楽学、美学、哲学思想等から藤岡の歌を考察し、またその論文の批判を行い、藤岡の成したことを検証します。
しかし、本人は、いっこうにそのことに関心がないようです。過ぎ去ったことであるとのことで、どうでもいいようですが、私は、まだこの世の次元にいますから、何か藤岡の活動を再確認したいとの思いです。
遥かより遥かへと旅する魂を持つ得心を得た意識は、留まることはありません。
バッハは平気で自作の作曲譜を捨てたといいます。現存している曲より、捨てた曲の方が、多いといいます。つまり、捕らわれがないのです。我がことの内に、終わっている。世に喧伝せずとも良いという意識は、次元の違いを教えます。
要するに、やったことで、すべてを解決しているわけです。
それこそ、人生の達人の域でしょう。いやそれが救いという状態であるということです。やるということは、やるということで、すべてを解決しているのです。

2006年11月04日

文化とは・・・

比較的新しい言葉であり、日本人が文化というイメージと、欧米人が文化というイメージは乖離する。
文化は、カルチャーの訳語で武器を使用せず、人民を支配するという意味である。日本には、文化というより、芸能という感覚が近い。
芸能を文化と置き換えていると思った方が、正しい。
文化的行為とは、日本人が考えるものであり、あちらは支配することを考える。
勿論、言葉は新しく生まれるものだから、否定はしない。
ただやはり、文を化するということで、文は芸能であり、芸能に化するということになる。
芸能という言葉は実に、奥深い言葉であり、芸能界というアホのような世界を言うのではない。至芸になると、カミと言われる存在感を持つ。カミは神である。日本人の神意識は、そういうことである。遥か彼方の存在、あるかないかの存在を神と言わない。神は、存在の延長にあるものである。ここが欧米の神観念と全く違う。
これ以上書くと、長くなるので別の機会に書く。
天地自然の働きを様々に神と呼び、尊敬する人を神として尊称した民族である。
八百万の神というが、実は、千代万の神とも言う。神は無限に発生するのである。
一人ひとりに神が存在するという、唯一絶対の神という観念とは、全く意を事にする。
老人が翁になると、神に近づく者になる。人間と神の仲立ちをする。子供と翁は、神にもっとも近い存在と考えた民族である。その上で、芸能という言葉が、理解できることになる。芸能は人間が神へと至る道になるのである。その上で、文化という言葉を考えることが出来る。

2006年11月06日

ゴールドベルグ変奏曲

野平某の演奏を聴いた。最初の音を聴いて、駄目だと思った。喧しい。
しかし、この人は、バッハの作曲した通りに弾いているという。バッハの意図の通りというが、素人の私には、喧しいのである。野蛮なピアノの音そのままである。
彼は、作曲家だという。それならピアノなど弾かないことだ。
しかし、日本でも海外でも評価されていると言われる。信じられない。日本も世界のクラシック界も、耳と頭がヤラレていると思う。
まあ欧米人は、耳が鈍化しているのが当たり前であるから、通用するだろうが、私には、通用しない。
それなら、誰の演奏がいいのかと言われたら、カタカナに弱い私は、弾きながら、声を出す人と、確か、ソレだか、ツレだかシルだかが良い。つまり適当に弾いている人の演奏がいい。
勿論、本人は、適当に弾いているつもりはないだろうが、私には、そう聴こえる。
解釈は良いが、演奏は別物である。それに解釈は、妄想や想像であるから、本当かどうか解らない。それにしても、野平某氏は、自信過剰である。バッハを知っていると思い込んでいる。

2006年11月07日

心を作る秋の初風

西行の歌に、ものを思わぬ人にさえ心をつくる秋の初風という歌があります。
藤岡は、そういう話を私から聞くのが好きでした。
大学時代、日本文学等は、あまり学ばなかったといいます。受験勉強のために最低の知識を得たといい、私から、そういう話を聞くのを好みました。
私は藤岡と全く逆で、学校のお勉強が嫌いで、勝手に本を読破していました。アウトローなんてものではなく、異端児も異端児でした。化学のテストが嫌で、解答用紙の裏に、夏目漱石に関しての記述をして、最低の30点を貰った記憶があります。
とにかく、自分の興味を優先しましたので、宗教に関することは、実によく学びました。そして得た結論が、すべては妄想であるということでした。自分でも、仰天しました。
今、宗教曲を歌うために、藤岡にヨハネの福音を講義したことを思い出します。その内容を書いてもいいのですが、皆々、驚くので、いつかの機会にします。

2006年11月08日

何故歌うのか

そう尋ねられて、今歌わなければ死ぬと言うと納得された。
そこまで言わなければ収まらないだろうと思った。
歌は誰もが歌う。一例を上げる。演歌歌手の若手で一番人気のHがいる。彼を批判すると、相当なバッシングを受けるだろう。しかし言う。あれは歌ではない。威勢に任せる、叫びに近い。
生まれ持った資質で歌う。才能がある。だが、歌は、つまり声にして歌う歌は、威勢ではない。年齢の問題ではない。若手でも、良い歌手はいる。
演歌歌手では藤岡が巧いと言ったのは韓国出身のキムなんとかである。
演歌歌手では浪曲系から出た歌手が巧い。今は、ほとんど死に絶えた。
何を言いたいかというと日本語である。日本語の語感である。声楽家による日本の歌で、語感を感じる者は、皆無に近い。母国語の語感がなくて、フランス歌曲、イタリア歌曲を聴いても信じられない。それぞれの国には、それぞれの語感がある。
日本語の語感は「もののあわれ」である。哀調ではない。これを話すと長くなるので、止める。
歌は世につれだから、今流行の歌を聴けば、世の中が解る。
Hの軽さはただ事ではない。情緒を廃してしまった。薄っぺらな顔を皆、好むようである。
これ以上言うと、僻みに受け取られるようなので言わない。
何故歌うのか。放置して置けないからである。霊能者のような歌手Mがいる。音程も何もない。しかし、語感がある。森繁という役者の大御所がいる。音程などない。しかし語感がある。
歌えば歌うほど難しくなる。誰もが歌えるが、人に聞かせる歌を歌うのは至難の業だ。
母が子供に聞かせる歌に、歌の原点があると言う。誰に聞かせるのか明確である。子供の心に聞かせてる。耳に聴かせるのではない。心に聴かせるのである。心は、胸の辺り、水落の辺りにある。そこに響くのである。実は、歌い手も、そこで歌う。
ベルカントで日本語を歌うと、何語で歌っているのか解らない。早く気づくべきだと思うが、頭がやられているようで、悦に入っている。

2006年11月09日

祈り

流れのほとりに佇む私
疲れた心を流れに浸す
苦しんだり悲しんだ思いは流れに任せよう

この流れは母なる海に帰るから「繰り返し」

流れのほとりに佇む私
歩き続けた心を浸す
忘れなられない辛い思い出も流れに任せよう
「繰り返し」

流れのほとりに佇む私
愛し続けた心を浸す
与えて受けた思い出も流れに任せよう
「繰り返し」
「繰り返し」

祈りとは、い、の、り、です。
のる、とは宣ること、言葉を差し上げることです。
い、とは、受け入れるという言霊です。宣るのに、受け入れるとは、不思議ですが、のべる相手を受け入れるとこから、のべることが出来ます。
宣べるの基本は、祝詞です。祝いの言葉、それはつまり相手の幸福を祈る、相手のいや栄えを願う言葉を宣べることです。
言葉は実現するという、日本民族の言葉に対する根本の思想があります。
古代、自分の名を名乗ることでさえ、大変な決心を要しました。名を名乗るとは、相手に心を許すことだったのです。いかに言葉にすることが大変なことだったか。
ここが欧米の饒舌な言葉の世界と違うことです。多くを語らない、つまりこと挙げせずという礼儀作法があったのです。言葉にすることは、実現するからです。言霊というくらいに、言葉を大切にしていました。言葉は、神だったのです。日本語は、一音に意味があります。単語ではありません。一音に意味があるのです。

2006年11月10日

一年を過ぎて

藤岡の死去から一年を過ぎて、明らかに見えるものがある。まず、噂である。これが消えた。そして、人の本当の心である。誰が本物かを観ることが出来た。そして私は、藤岡の死についてまた、冷静に書くことが出来る。
人は、人の死によって、人が確定するものだということを知らな過ぎる。
生きている人間は確定しないが、死によって人が確定する。
さて、いよいよこれからが本題である。憶測、想像から脱却して、藤岡の死によって観えたものが、私にも確定した。
多くの人が去った。藤岡も、お見通しであろう。自分にとって本当だった人が、見えたはずである。風にたなびく葦のように人の心は移ろう。
自分をも信じられない者が、何を成すことが出来るだろうか。
私は、一年間、一月三回から四回と藤岡の追悼コンサートを開催した。人は成したことによってしか、確定しない。口では、何とでも言える。私は、その人が成したことしか信じない。
人は行為によってしか、確定しない。作家を目指すものは、書くことで、それに向かうことが可能である。単に、口で成りたいものを言っても詮無いこと。
その人の行為を観て、その人が解る。それ以外のものを信じても駄目である。
さて言う。これから私は、藤岡の死について、書く、そして話す。それだけの権利があることが私の行為によって裏付けられたのである。
今、日本の音楽家で、その亡き後、一年間を追悼されるだろうか。藤岡は、追悼された。
私によってである。藤岡は死によって、私は、藤岡の追悼コンサートによって、確定した。よって、私は、これから藤岡の死について書き、そして話す。
私を批判する者は、その言葉によって自分を批判しているということである。それが解れば幸いである。
アホ馬鹿間抜けが多い世の中だから、私は言う。私に敵う者がいるか。逃げることは上手だが、真に自分と対座することが出来ない者が、何をか言う。

2006年11月11日

柔軟な思考

思考が凝り固まった人がいる。曰く、木村は否定から始まる。世の中に挑戦している。等々。
私は、何一つ否定せず、挑戦もしていないのであるが・・・
クラシック音楽の人々を批判すると、否定すると考える思考が理解できない。もし、私がクラシックを否定するなら、コンサートを開催することなどしないと、どうして解らないのか。
私は、一度たりともクラシック音楽を否定したことはない。
簡単に言う。意識しないものに関して、人間は無いものとして扱う。それに意識するということは、それを受け入れているということである。
花が目の前に飾られても、見ない人がいる。花が彼の心の内に無いからである。目の前にあっても、心に無いものは見えないのである。
何を意識するかで、自分の興味が解る。いや、ほとんどのことが解る。
簡単に言う。要するに、私の存在が目障りなのである。
人は、聞くものより見たものに九割支配される。私を見ると、その存在感に圧倒される。受付にいても、誰のコンサートなのか解らないと言われたこともある。ピアノの蓋を開け閉めするために舞台に出ても、人は、私の存在感に圧倒される。要するに、目障りなのである。
さて、目障りなものを排除する思想は、差別の意識である。
つまり憎まれっ子世にはばかるとは、私のことであろう。
さて言う。私は、この世に欲しい物は、一つもない。そして私は、側にいる人に、何が出来るのかだけを考えて生きている。私の目的は、死ぬことである。生きることは死ぬまでの暇つぶしである。私は、それを知っている。だから私は、せめて、この世の移ろうものを楽しんで眺めている。この世のものに、何一つ捕らわれることがない。

2006年11月12日

辻あやかピアノリサイタル

ベートーヴェン、ピアノソナタ第28番イ長調Op.101
1楽章では、三度ほど私は躓きそうになった。私は楽譜を知らない。しかし、その後は、波のうねりの様に音が引いては押し寄せて楽しんだ。ベートーヴェンに対する喧しいと思うイメージが変わった。後期の作品は、喧しくないと聞いていたので、納得した。
リストには、驚いた。「詩的で宗教的な調べ」より第三曲孤独の中の神の祝福。
私は、湖に深く沈みこむ感覚を覚えた。そして何と、私は、演奏中に沈黙、深い沈黙に沈んで行くのだった。また驚きは、深い静寂を感じた。ただ今、演奏をしていて音が出ているのだが、私は、静寂を感じていたのだ。
素晴らしい。リストは、なんて素晴らしい曲を書いたのかという思い。そして改めて、辻あやかが弾いているという事実に、気づいた。
演奏後、辻あやかは私に間違いがあったと言ったが、私には、それすら感じなかったのだ。つまり、間違ったという波動を出すことなく、弾き続けたということである。間違ったという波動を出せば、私は即座にそれを感じて、今、間違ったと気づく。つまり間違いも曲に変容させた。見事である。
リストは、アメリカ留学から帰った者の演奏を聴いたことがある。ガチャガチャ、バタバタ聴こえた。喧しい。リストとは、こんな曲なんだと思っていたが、全く違った。
一年後に、再び、同じプログラムで開催する。
さて次は、ショパンのプレリュード、エチュード全曲である。
私一人のために、弾いてもらうゆえ、小さなホールで開催する。素人のプロデューサーを満足させえないで、リサイタルもなにもない。プロに聴かせても詮無いこと。彼らの耳は破壊されている。私に聴かせよ。私を満足させよ。それでよし。
音は、波動である。音を音のみとして聴くのは、アホなプロである。
音は、色に支えられてある。それが宇宙の法則である。色が音に変容するのが、宇宙の法則である。音楽に素人の私は、霊学にプロである。

2006年11月13日

姿勢について

歌を歌う姿勢がある。ピアノを弾く姿勢がある。私が藤岡の指導を見て感じたことである。
つまり姿勢を正すと、正しく歌え、ピアノの音も良くなる。
北海道の斜里町で、発声の講師として出掛けた時、ピアノ指導の場で、藤岡が姿勢を正すと、ピアノの音が変わった。それを見て、皆、大きく納得していた。
歌を歌うのに、歌う体になることが重要であることを藤岡は指導していた。しかし、そんな体操が嫌で、止めた者もいる。つまり、声だけ、兎に角、声だけ出せばいいというアホである。
ピアノ弾きも、その姿勢を見れば、どんな音を出すのか解る。
フジコなんとかというピアノ弾きのおばさんがいる。その姿勢は、大根を刻んでいるように弾く。だから、その音も大根を刻んでいるような音になる。それを人は知らない。演奏については好き好きなので言わない。ただあるがままを言う。
私も歌う時、門前の小僧習わぬ教を読むという通り、藤岡の練習を毎日聞いていたので、そのように歌う。高い音の時には、上半身が脱力してゆるゆるになる。力を入れない。
猫や犬は、いつも脱力しているゆえに、ここぞと言う時、瞬時に動く。動物の基本である。
合唱の練習で、アホのように、アーアーを繰り返して声を出すが、一向に良くならない。馬鹿の一つ覚えで、アーアーとやっている。趣味であるから、何も言わない。ただアホだと思うのみ。
一時間練習するとすれば、50分は体操である。残りの10で歌えば、それで良し。
私は、歌の練習などしない。銭湯に行き、歌詞を覚えるために歌うのみ。後は、音取りで二三度歌う。練習すれば、いいというものではない。死ぬ程練習しても、成らないものは成らない。
もし言うならば、24時間歌を歌っているとでも言う。つまり、顔を洗う、ご飯を食べる、すべての所作が歌なのである。それを知らない人は、歌など歌えない。ピアノも然り。ピアノの前に座っていることが、練習ではない。ピアノを弾く姿勢を24時間保っていることが、真実である。これを理解する者は、幸いである。

2006年11月14日

藤岡宣男の死因

大きな嫉妬、やっかみ、その優雅な佇まいに対する怒りに似た羨望の想念の塊。そして私との仲を裂き、藤岡を我が物にしようとする魔界系人間の想念体が、塊になって、襲っていた。
この次元では、転落死、事故死となった。
しかし、目に見えない世界では、上記のような状態であった。藤岡の手帳に、そんなものに負けないと書かれてある。
人は、人の思い、念いに殺される。いかにそれらを受けずに生きるかということが、大変なことである。芸能人は、鈍感が一番である所以である。
感受性が強ければ、それらを、もろに受ける。
藤岡のみならず、それらは私にも影響を与えて、私も疲労困憊していたのである。
人の悪心を受けるということは、それも因縁であろう。否定しない。
芸術家は、自分との戦いの他に、これらの悪想念との戦いがある。
油断はしていなかった。しかし、私も藤岡も疲れていた。
だが、藤岡は、事故後、二時間で息を引き取った。その間、幽体でいた。息を引き取ると同時に、幽体を離れて肉体から開放された。悪想念を受けた体を捨てて、自由に、楽になった。
藤岡が霊体、つまり光になったとは、翌日、すぐに証明された。弟子の最も若い者に、光となって現れた。それを見たのが、その兄弟である。本人にではなく、第三者に、それを示して、冷静に判断させた。そして、もう一つは、同じく、ホームページの管理人と、その友人に光を見せた。そこでも、第三者を入れている。何と、友人の部屋に、美しい青い光を放した。
そんなことを信じない者に、冷静に判断させるというのは、藤岡が、やりそうなことである。
私は、息を引き取った顔を見て、その穏やかさに、安堵した。しかし、人の子である。泣き崩れた。私は、多次元の世界と、この世の次元の差に愕然としつつ、人として、泣いた。
感受性と、霊的感性が藤岡に災いした。しかし、多次元から見れば、その意味は違うだろう。この次元の価値観で考えればそうであるが、あちらから見れば、開放されたとみる。
馬場どもが、様々なことを言ったが、私は沈黙していた。
知らないことは、無いことだからである。この世の悲劇は、知らないことである。そして知らないことを知らないという、悲劇の上塗りをする。
知らずとも、在るものは在ることを知らない。それを、迷いとか、無明という。
多く人は、妄想の中にいる。それを裏付ける言葉の羅列がある。嘘八百の小説などが、それを象徴する。あたかもあるが如くに話を創作する。人も、人生を創作する。しかし、本当は、実態が無い。嘘の話を読んで感動するという、おめでたさである。
人生が何に支えられてあるか。それは、見えないものによってである。自分が決めているように思えることも、決めさせられていることを知らない。兎に角、意識とは、全意識の薄い膜である。感情も、実は、薄い膜である。人は、それをすべてだと思い込む。それを知る者は、幸いである。
人知で計り知れないことがある。しかし、それに挑む時、人は謙虚になる。
自分の知りえることが、風の前の塵に感じる者は、幸いである。
私は、この人生の迷いと、無明に戦いを挑んでいる。それが藤岡のあだ討ちなのである。お解りか、私は多次元を相手にしている。考えているレベルが違う。私の言葉に迷うな。私は、この世のものを相手にしていないのである。生身の人間は、私の相手にならない。
古神道の奥義は、ただ風が吹くということである。すべてが終わった後に風が吹く。この風の在り処こそ、テーマなのである。知る者は、知るがいい。

2006年11月15日

孤独

木村天山作詞・作曲
ひしひしと 独りの思いひしひしと
ここにあるなり
そこにあるなり

ひたひたと 独りの思いひたひたと
行きてあるなり
戻りてあるなり

しみじみと 独りの思いしみじみと
座してあるなり
伏してあるなり

2006年11月16日

いのちについて

恐れ多くも畏くも勿体無いことであるが、いのちについて、古神道、霊学の立場から講義する。
命の大切さを云々というが、誰も「いのち」について知らないようである。
皆が言うのは、寿命のことを言う。いじめで自殺する子がいるが、いのちを粗末にしているのではない。いのちは、寸分も損なわれていない。
この世に生まれたという意識を損なっているのである。
いのちとは、息の霊と書くと解り易い。そのまま、いのちと読む。
息は天のもの、霊は地のもの、天地の交わりによるものが、いのちである。漢字で命と書くと、意味が違う。
天の霊と、地の霊が交わる。霊「ち」は地であり、血である。一人の人間が生きるということは、天地の奇跡である。
霊は、自然に存在するエネルギー体である。息の霊の、の、は交わりであり、のはのオという言霊であり音霊である。オは送る、贈るという意味である。お送りすると言う方がいい。
天の霊が地の霊に送る、交わりが、いのちである。
いのちの、言霊は、いイのオちイである。イという受け入れるという言霊と、オという送る言霊と音霊の意味がある。
つまり、いのちは、受け入れて送り、また受け入れるというとである。一人の人間の中で、天地の交わりが行われているのである。
イーオーイーの音霊の共鳴が、いのちである。
それは永遠である。いのちが永遠のものであるということ。一人の人間の内で、壮大な天地の交わりを行っている。
それが肉体を持って成すのが、この世の命、寿命である。生まれたくて生まれた。それを突然停止するのも自由である。しかし、自由に責任が伴う。自己責任である。主体は、すべて我である。一旦、停止させると、のオの音霊を阻害する。交わりの言霊である。それを回復するには、人それぞれの反省が必要になる。
この世の些細な物事に、いのちは、なんら損傷を受けない。幾億年の時を経て、いのちは在る。たったひとコマの、この人生をすべてだと思うことなかれ。生と死は、状態である。生が、この世で、死が、あの世であれば、死は、あの世に生まれる戻ることである。生は、あの世から見れば、旅立ちである。
もう一つ、奥義である。のオ、という音霊は、魂、たアまア、を言う。天地の霊は、タマによって交わるのである。魂とは、アの音霊のまま、ただただ開く、拓く、啓くを言う。アは歓喜の音霊であり、神を表す。神は、姿無く、沈黙である。宇宙に充満するエネルギーである。そのエネルギーは、歓喜なのである。すでに神の体内に生死を繰り返している存在がすべての生き物である。人が歓喜に生きる時、神と共感し、共鳴しているのである。
宗教的所作は、一切必要ではない。人知れず咲く花のように、ただ生きて咲いていればいいのだ。

子供たちよ、死ぬな。生きていればこその人生である。必ず、意味が解る日がくる。
死のうと思う、環境から離れよ。

2006年11月18日

断章

歌い手の救いは歌である。ピアノ弾きの救いはピアノである。
荷の重いものが救いに成るのである。
勿論、楽しい時は感じないが、気の重く感じられる時期もある。
そして芸人の救いは舞台である。練習を千回しても練習である。一回の舞台に敵わない。
舞台の無い芸人は無い。また舞台の無い芸人を芸人と言わない。
舞台があるということが、どんなに重大なことか。それを、失って始めて解る。アマが買ってでも舞台に出るのは、そういうことである。
それではプロは。
どんなに厳しい道だろうか。
芸人は舞台を用意してくれる人を待つ。それが救いである。
今、私は来年の舞台を今年の二倍にするべく動いている。何のためにか。藤岡宣男に報いるためである。彼に感謝する思いを行動している。ありがとうと言うことは誰でも言える。しかしそれを行うことは、至難の業である。
私の舞台で目覚める芸人の出現こそ、藤岡への恩返しであると思う。
無常迅速を超えてゆく。藤岡への道を真っ直ぐに進む。
死へと、いのちの限り向かってゆく。その時、いのちの尊さが現れればいい。生き抜いて死ぬから、いのちが尊いのである。

2006年11月19日

生きていれば

木村天山作詞 篠原吉明作曲

生きていればこその人生さ
あなたの笑顔があなたの武器さ
転んで泣いてつまずいて
それでもいいよ生きている

生きていればこその人生さ
あなたの人柄あなたの武器さ
逃げずに止まり動かずに
それでもいいよ生きている

生きていればこその人生さ
あなた自身があなたの武器さ
笑って泣いて沈黙し
それでもいいよ生きている

転んで泣いてつまずいて
それでもいいよ生きている

2006年11月20日

雑感

書きたいことが山ほどある時は、書かずに、曲のついた作詞を載せている。
ただ今、17の作詞に曲がついている。100程の詩がある。藤岡のオリジナル曲になるものであるった。来年には、25曲程度になると思う。
三人の作曲家に、それぞれの詩を渡している。
藤岡が歌うであろう曲を、私も歌っている。実は、童謡も60程度の詩があり、藤岡に歌ってもらおうと思っていた。今は、それも私が歌う。
今頃は、藤岡にアカペラで民謡を歌ってもらうはずだった。
そのための準備もしていた。
藤岡にやってもらいたかったことを、今、私は自分がやろうと思っている。
そしてこう思う。私一人のために、日が昇り月が照ると。すると浅はかな者は、この人は、地球が自分中心に回っていると思う、傲慢な者であると。だがそれは違う。私は、人の意識になれないということを言うのである。私の意識以外の意識を知らないということを言う。
今は、ここまで説明しないと解らない者が多い。
どこかのアホが、木村は、自分以外の方法のみで、他のものを否定すると言った。私は、360度の方法があることを知っている。文脈から、それを読み取れない者である。そういう者を、今は相手に出来ない程、私は忙しい。

2006年11月21日

居場所

この世に居場所を感じない人が、続々と死を選んでいる。優しい人、感じやすい人は居場所がないようである。いつも、心に壁を作り、住まいにまでも高い壁を作る人は生きる。
社会に飼いならされた人は生きられる。
感動する道筋が作られたものを見て感動するというお粗末さに気づかない。
開かれたコンサートより、排他的なコンサートに少数の人が集い、感動する。
自分の心をあぶり出されるような場所には近づかない。
本当の自分と現実の自分の乖離が激しいことに気づかない。
格差社会は、心の格差のことであろう。無関心という病に陥って久しい。
隣の芝生は美しい時代が去って、隣の芝生には関心が無い時代である。
情報過多であるのに情報が救いにならない。
兎に角、居場所が無いという状態を憂う。
居場所は空間のことではない。心的状態のことである。心に居場所を持つことを教える先生がいない。まだまだ続く・・・

2006年11月22日

千葉真康のギター

名曲は何度聴いてもいい。千葉のギターも何度聴いてもいい。
リサイタルを終えて、再度、千葉のギターに確信した。音に対する信頼感である。
人が作る音は、声か、道具を使う。ギターは弦である。ほとんど人の作り出す音は、不自然であり、不穏である。自然の出す音は、すべて人間の体に宿る音である。
感動する演奏などというものは、無い。あるわけが無い。音楽とは、数学の駆け引きで作られる。西洋音楽の、芸術音楽とは、そういうことである。
ギターの音は、許容範囲が広いことが救いになる。一音に無限を感じる時、音楽の姿が現れる。厳密な音という幻想に捕らわれるピアノが野蛮である所以である。
千葉のギター伴奏で歌う時、ズレる。それを楽しむ。いやズラすのである。
微妙なズレを楽しむ。しかし一音に広がりがあるゆえ、それが豊かになる。音の豊かさである。勿論、ソロ演奏も良い。
厳密な音を追求する時に現れる音の姿こそ、思いが託される音になる。思いは、想いであり、念いである。
藤岡宣男が千葉のギターの音に、声を練っていったのが、よく解る。厳密ではなく、曖昧、たゆたう音の響きをである。
音楽評論の限界は、音を言葉に出来ない限界である。音は言葉に出来ない。聞き手の感覚のみが頼りである。そのほとんどが先入観に支えられてある。音を聴く前に、先入観が勝つ。
音楽評論の手本のようなものを読むと、そうなるのである。それは安っぽい人生論のように勝つのである。
素人の私は、それらに左右されることなく、実に自然に聴くことが出来る。知識が耳を汚さないのである。

2006年11月23日

観念まみれ

藤岡が枕元に立つというアホな女も、一年を過ぎると、そんなことは言わない。自分が特別、藤岡に思いをかけられたという気持ちは、解らないでもないが、私は幽霊の専門家である。幽体を藤岡は、二時間ほどで捨てた。よって幽霊として立つことはない。
事故死であるから、変死と云うアホも、今は言わない。事故死が不幸なことでもない。布団の上で死ぬのが一番であるなどとは、観念である。人は、野垂れ死にするのが理想である。
肉体に捕らわれると、死後は、とんでもないことになる。それを説明する気力はない。
経験は観念を生む。経験が多ければ観念まみれになる。それでいい。経験の少ない人の、限られた観念には辟易する。
私の言いたいことが理解できれば幸いである。
目に見えないものは無いと考える人は、自分が見てないものは無いと考える。愚かである。
見えていないものは山ほどある。しかしそれを説得しない。死後の世界も、説得しない。死ねば解ることだ。
勿論、死んでも死んだことに気づかない者もいる。それが幽霊になって立つ。交通事故の多い場所に幽霊が立つはずである。その幽霊に引かれて事故を起こす者もいる。
観念まみれになることは良いことだと云った。それは観念は、いつか突き崩されるからだ。突き崩される観念を多く持つ者は幸いである。
死によって潜在意識が開かれて、見回す世界が広がるとよく解る。
観念の少ない人は、死後も、その観念を捨てないことが多い。そして幽霊となる。
アホは死んでもアホである。
死んだことを説得することほど、疲れることはない。
そこで私の観念である。死者を粗末にすることなかれ。死者は生者より自由である。太陽のニュートリノと同じで、岩をも突き通す。神出鬼没である。
陰陽師が流行ったが、あれは死者というより、レベルの低い霊もどきを使用して、何事かを成したもので、今も陰陽師などという者は、時代錯誤も甚だしい。
藤岡は、死後奇跡を、目に見える奇跡を起こさない。目に見えない奇跡を起こす。高い次元にあることが解る。勿論、私の観念である。
哲学者で観念という言葉を使う者に、観念の真実は解らないはずである。次元の違う世界から見て、観念の所在が解るというものである。
解らないことは何かと問う姿勢が、人生の救いになる。それが解れば幸いである。

2006年11月24日

明日は

藤岡宣男「神上がり」425日祭である。
去る者は日々に疎し、と言われる。噂も話題も遠のき、何事もなかったのかのように、その存在が忘れ去られる。それでいい。
古神道の奥義は「ただ風か吹くのみ」である。
人が死んで50年も経つと、忘れ去られる。誰も知る者はいない。
さて言う。人生は虚仮であると看破するものの見方がある。虚仮とは、虚である。
「夢と起き夢と消えぬる人の世や浪花のことは夢のまた夢」秀吉の時世の句である。
無意識下で、人は、この世が虚、つまり現象の世であることを知っている。実相の世界ではないと。脳の2パーセント程度を使用し、三割程度の顕在意識で生きる。それをすべてであると勘違いする人。知りえることが虚仮であると知らない。
生きるとは、暗い夜道を歩いているようなものである。
死者は確実である。此の世にあった欲望等々から開放されて、自由を得る。そして360度という全方位を見渡せる。
生前行ったすべてのことに因果の跡を観る。
藤岡の思念を受けて指導されている者が、どこの文献のどのあたりに、それが書かれてあると教えられて調べて、驚いたと言う。その通りであったと。不思議であろうか。
何の不思議は無い。宗教の開祖は、霊界の情報を得て教えを宣べる。その霊界のレベルにより、その教えも多く不完全であることが多いが・・・
さて、死後の世界を信じない者も、墓石に拘るという愚かしさを眺めつつ、私は、藤岡の425日を思う。425日は、私の問題である。
その間、一日、一枚の原稿を書いても、425枚を書けるのである。
問題はそれである。それは10200時間である。私が何を成したか。問題は、それである。
時間も虚仮であることを知って、私は仇討ちをしている。虚仮に対する仇討ちである。
生身の人間は、私の相手にならない。私は、この世の虚仮に立ち向かう。それでよし。

2006年11月25日

言霊について

私は言霊研究をしている。しかし言霊の本を書くつもりはない。研究をすると本にすると勘違いする人がいる。研究して、それを実践するから研究が生きるとは思わない。本にすると、偉いともう。馬鹿な学者がするようなことはしない。
藤岡宣男の日本語の歌が美しかった訳を、今、考えている。しかし藤岡も最初は、舞台用の発声、発音を練習していた。
ある時、初恋の歌詞の、思いいずる日という歌詞の、ヒという発音が、ヒを強く、母音のイが
弱くて、シという音に交じることに気づいたので、それを言った。藤岡は、即座に正して、練習した。ヒは弱く、母音のイを強くすることによって、最後のヒが、見事に美しくなった。
それでは、シはシをやや強く、母音のイを弱くすると、美しい。
日本語は、母音に返って美しくなる。それは母音に深い意味があるからだ。
ただ奈良時代には母音は、七つあった。それが五つになった訳がある。それは省略する。
言霊は、母音の解釈に帰結する。それは音霊、おとたまと呼ばれる。それも省略する。
声楽家で日本語の美しい者は、藤岡以外を知らない。他は、日本語もどきである。
驚いたことは、佐賀県の人、そして沖縄の歌い手に、見事な日本語の名手がいることである。
佐賀県は日本語の発祥の地てあろうか。そして沖縄は・・・
さて、これは結論を避ける。
もう一つの面目は、日本語の心的模様である。「もののあわれ」を言うことにする。藤岡は、それも兼ね備えた。
言葉は記号と考える野蛮な欧米人の言う声楽と、言葉の一音に神が宿ると考える古の日本人では、格が違う。言霊である。欧米の声楽家の真似をして日本語を歌うと、それは醜いを超える。酷いのは、日本語に聴こえない。
日本語を叫んで、どうするのだと思う。しかし、日本語のプロがいない。指導者にである。
言霊など知らない者が、日本歌曲などを教えるという仰天である。これ以上は詮索しない。
初恋をテノールに歌わせて、その風情の無さに愕然としたことがある。アホ馬鹿間抜けを超えた。ソプラノも然り。
ファルセットのカウンターテナーであったから、あの風情と「もののあわれ」を表現できたのかと思いつつ、私は、藤岡宣男を歌うことにした。これで止めて置きたいが言う。
説明不足であろう。藤岡を歌うとは、藤岡の心を歌うということである。それは藤岡の「もののあわれ」を突き抜けて行かなければならないということである。
そうすると忙しくて、死ぬ暇がなくなるのである。ああ無情・・・
本日は、藤岡宣男「神上がり」425日祭である。
さきはえたまえ まもりたまえ

2006年11月26日

12月は、藤岡誕生42年である。私の暦に、それが加わった。
来年は西暦2007年である。そして紀元2667年である。紀元とは日本暦、天皇暦である。紀元前660年とは、先史時代、石器時代、そして縄文文化時代と言われる。
世界には、無数の暦がある。ヨーロッパがまだ農民だった頃、イスラムの世界では、相当に進んだ文化を成していた。イスラム暦は、西暦の言われる前から、見事な暦を持っていた。ギリシャ思想も、イスラム圏を通して、ヨーロッパに入っている。
実に、イスラム文化は、ヨーロッパ文化の先駆けをした。複数才能がある天才も、当然に多数いた。レオナルド・ダ・ビンチが多数いたと思えばよい。
バリ島なども独自の暦を持っている。暦といっても、その価値観に相当の開きがある。
暦を考える時の一つに、自分の年もある。自分史である。
多くの価値観を知る時、様々な考え方があることを知る。昭和と平成と区切りをつけて考察できることも多い。元号により、実は何も意味が無いが、一つの区切りをつけられる。
私の中に、藤岡暦が出来て、それも私の時間軸の一つになった。藤岡暦で藤岡と共に生きているのである。
平成が始まった時、誰も平成19年のことを考えられなかったであろう。しかし、着実に平成19年がおとずれる。実は、一年先のことも、おぼつかないのである。明日をも、おぼつかない。予定を立てても実行されるとは限らない。予定が未定と言われるゆえんである。
何の面白くも無い人生を、暦を作って、予定を入れて、何とか人生に彩りを添えようとした先人たちの思いを、かみ締めるのである。要所要所にハレの日を入れて、かろうじて死ぬまでの暇つぶしをするという人間というものの哀れさを可愛いものと思うのである。

2006年11月27日

音楽は心にやさしいコンサート

参加型のコンサートです。推薦、オーディション等によって出演できます。
来年の開催予定は、札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、京都、福岡、大分、長崎、唐津です。
東京から福岡までの出演者を募集します。お問い合わせください。
神奈川県、山梨県では小規模コンサートを多数開催します。お問い合わせください。
クラシック中心ですがジャンルを問いません。
なお横浜では毎月、様々な企画のコンサートを開催しています。出演のチャンスを求める方は、お問い合わせください。

2006年11月28日

人生は思い出

豊かな思い出は、豊かな人生である。
愛しい人を亡くした人は、それを実感として知る。
生きるとは、思い出を作り続ける行為であると言う。それは虚である人生にあっても、色あせない。思い出は、心象風景だからだ。
すべては思い出に尽きる。
それは旅をしたとか、何か大事を言うのではない。日々の生活の中にこそある。
私は、藤岡との何でもない会話、藤岡の行動を思い出す。それが宝物になる。それは失われることなく、色あせることなくある。
長く生きれば思い出が多く豊かであるということもない。
質的充実感である。
豪華外国旅行をしても、何ら思い出にならない人もいる。
そして重大なことを言う。どんなに楽しい思い出も、痛みを伴うということである。この意味が解る人は、幸いである。
二度と繰り返せない人生を生きているということ自体に痛みがある。別の言葉で言えば、苦である。仏陀が言う。私は、痛みと言う。日本の伝統では「あわれ」と言う。
月をこそ眺めなれしか星の世の深きあわれを今宵知りぬる
建礼門院右京太夫の歌である。
いつもは月を眺めて歌にしていたが、今宵の星空は、一体なんであろ。この星空に、深いあわれを思うのである。
愛しい人を亡くした人がたどり着いた、境地である。
あわれは、哀れであり、憐れであり、慈悲である。優しさと、悲しさを通り越した心象風景。
確実なもの、それは心にある。
こオこオろオ、すべてオという母音に行き着く。オとは、送る、贈る、御送りする、お贈りするのである。神の降臨を願い、そしてお帰りいただく時に、オーとしてお送りした。
縄文期から列島の民族は、一音を、そうして扱っていた。言霊である。
これ以上の説明を避ける。
生きる痛みの知らない人には、決して理解できないことである。
私は、遥かに、はろばろと思い出を持って生きる。はろばろの意味は、音霊を知れば、すぐに解る。日本語には擬態語が多いというが、意味があるから多いのであり、語呂の問題ではない。知らないことを無いことと考える人には、解らないことである。

2006年11月29日

知床の歌

木村天山作詞 田原奈津代作曲

銀に輝く知床の山並み
流氷は揺れて旅の果てにあり
厳しい寒さの冬の朝には
光溢れる ああオホーツク

しばれる夜にはペチカの暖あり
語る人は今宵旅行く人かな
情けに交わす酒の甘さに
海鳴り遠く ああオホーツク

春を夢見て緑を待てば
すずらんはまなすの葉は揺れる春風
長く辛い冬も過ぎ去れば
潮路は拓く ああオホーツク

藤岡と知床斜里に出掛けた時、藤岡が講師を務めている間に、知床の歌三部作を作った。いずれ藤岡に歌ってもらうはずだった。
あと二曲に、今曲がつけられている。来年から、歌い始める。

2006年11月30日

藤岡宣男に捧げて

「君の歌声」
木村天山作詞 田原奈津代作曲

君がいた日のぬくもりは
春の朝日の清らかさ
君が歌った歌声は
秋の愛しき空のごと

天上高く立ち上る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ

君がいた日の嬉しさは
夏の浜辺のさざ波のよう
君が歌った歌声は
冬の強さの凛々と

天上高く立ち上る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ

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