歌い手の救いは歌である。ピアノ弾きの救いはピアノである。
荷の重いものが救いに成るのである。
勿論、楽しい時は感じないが、気の重く感じられる時期もある。
そして芸人の救いは舞台である。練習を千回しても練習である。一回の舞台に敵わない。
舞台の無い芸人は無い。また舞台の無い芸人を芸人と言わない。
舞台があるということが、どんなに重大なことか。それを、失って始めて解る。アマが買ってでも舞台に出るのは、そういうことである。
それではプロは。
どんなに厳しい道だろうか。
芸人は舞台を用意してくれる人を待つ。それが救いである。
今、私は来年の舞台を今年の二倍にするべく動いている。何のためにか。藤岡宣男に報いるためである。彼に感謝する思いを行動している。ありがとうと言うことは誰でも言える。しかしそれを行うことは、至難の業である。
私の舞台で目覚める芸人の出現こそ、藤岡への恩返しであると思う。
無常迅速を超えてゆく。藤岡への道を真っ直ぐに進む。
死へと、いのちの限り向かってゆく。その時、いのちの尊さが現れればいい。生き抜いて死ぬから、いのちが尊いのである。