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12月は、藤岡誕生42年である。私の暦に、それが加わった。
来年は西暦2007年である。そして紀元2667年である。紀元とは日本暦、天皇暦である。紀元前660年とは、先史時代、石器時代、そして縄文文化時代と言われる。
世界には、無数の暦がある。ヨーロッパがまだ農民だった頃、イスラムの世界では、相当に進んだ文化を成していた。イスラム暦は、西暦の言われる前から、見事な暦を持っていた。ギリシャ思想も、イスラム圏を通して、ヨーロッパに入っている。
実に、イスラム文化は、ヨーロッパ文化の先駆けをした。複数才能がある天才も、当然に多数いた。レオナルド・ダ・ビンチが多数いたと思えばよい。
バリ島なども独自の暦を持っている。暦といっても、その価値観に相当の開きがある。
暦を考える時の一つに、自分の年もある。自分史である。
多くの価値観を知る時、様々な考え方があることを知る。昭和と平成と区切りをつけて考察できることも多い。元号により、実は何も意味が無いが、一つの区切りをつけられる。
私の中に、藤岡暦が出来て、それも私の時間軸の一つになった。藤岡暦で藤岡と共に生きているのである。
平成が始まった時、誰も平成19年のことを考えられなかったであろう。しかし、着実に平成19年がおとずれる。実は、一年先のことも、おぼつかないのである。明日をも、おぼつかない。予定を立てても実行されるとは限らない。予定が未定と言われるゆえんである。
何の面白くも無い人生を、暦を作って、予定を入れて、何とか人生に彩りを添えようとした先人たちの思いを、かみ締めるのである。要所要所にハレの日を入れて、かろうじて死ぬまでの暇つぶしをするという人間というものの哀れさを可愛いものと思うのである。

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2006年11月26日 14:29に投稿されたエントリーのページです。

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