来春から季刊にて発行する「藤岡宣男研究」の編集を開始します。
世界的レベルの音楽家、研究者により、非の打ちどころのない歌唱と称され、いずれ研究の対象になるとのことで、その魁をします。
藤岡宣男の論文を主に掲載し、多くの方から寄稿をいただきます。
架空の権威、偽の権威ある日本の音楽学者等からの寄稿はありません。すべて実践家である音楽家の方からの寄稿をいただきます。勿論、評論家からの寄稿もありません。
音楽学、美学、哲学思想等から藤岡の歌を考察し、またその論文の批判を行い、藤岡の成したことを検証します。
しかし、本人は、いっこうにそのことに関心がないようです。過ぎ去ったことであるとのことで、どうでもいいようですが、私は、まだこの世の次元にいますから、何か藤岡の活動を再確認したいとの思いです。
遥かより遥かへと旅する魂を持つ得心を得た意識は、留まることはありません。
バッハは平気で自作の作曲譜を捨てたといいます。現存している曲より、捨てた曲の方が、多いといいます。つまり、捕らわれがないのです。我がことの内に、終わっている。世に喧伝せずとも良いという意識は、次元の違いを教えます。
要するに、やったことで、すべてを解決しているわけです。
それこそ、人生の達人の域でしょう。いやそれが救いという状態であるということです。やるということは、やるということで、すべてを解決しているのです。