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もののあわれについて その10

私は、ここで、君が代について書かなければならないという気持ちに、駆り立てられた。
それは、実に重大である思うからだ。
つまり、君が代を正しく伝えなければならないとい思う。
国歌として歌われている君が代の君が、天皇であるという説を、正す。
勿論、それは天皇であっても問題ない。要するに、前回言う、大和言葉による、君と吾の関係をここで明確にする。

君が代の出典とされる、古今集の、読み人知らずである。
わが君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
わが君とは、あなたという意味である。そのあなたは、私にとってかけがえのない存在である。その、あなたが健康で長生きをすることを願う。小さな石が成長して、岩になるまでにかかる、永遠のような時間を、千年、八千年と言う。そして、さらにその岩に苔がはえるまでである。

長寿を祝う歌から、徳川家では、正月元旦の朝に、大奥にて、将軍の正妻である御台所が縁起物である、ユズリハ、ウラジロなどを入れた盥の前に正座して、中年寄りが「君が代は、千代に八千代に、さざれ石の」と唱えると、対座する御台所が「いわをとなりて苔のむすまで」と唱和するのである。すると、脇から中老が、御台所の手に若水を注いで清める、という儀式である。将軍の長寿を願って。
その後で、御台所は、大奥から将軍に相対座するのである。
これを大奥では、おさざれ石の歌と呼んでいた。

明治2年である。
太政官政府が発足する以前に、英国から貴賓が来日することになった。
浜離宮で歓迎行事をするため、英語のできる人材を集めて、接伴係にした。
横浜駐屯の英国軍楽隊長、ウイリアム・フェントンが、打ち合わせに来て言う。「日英国歌を演奏したい。日本の国歌を教えて欲しい」というものだ。
日本に国歌は無い。その時まで、国歌の意識が無かった。
接判係の薩摩藩士、原田宗助が上司である川村純義(後の海軍卿)に相談するが、川村は
怒り「おはん方を接判係にしたのは、今度来朝あらせられる英国貴賓饗応について万事不都合なかんごつ取りはからってもらうためじゃ。そげんことをいちいち聞き合せに来る必要はない」というものである。
川村は、その国歌が後に、大問題になるとは、勿論知らない。その程度の認識である。

原田は仲間に相談する。
その中で、一人、思いついたのは、静岡藩士、乙骨太郎乙である。それが、おさざれ石の歌である。
君が代の君を天皇と解釈すればいいと。
次に、旋律である。原田が、それならば、薩摩琵琶の曲の、蓬莱山に同じ歌詞があることに気づき、俺が歌うと、それを歌う。
歌うこと、数回、フェントンに採譜させて、出来上がったのが、国歌、君が代である。

実は、わが君はの古今の歌は、和漢朗詠集では、君が代は、になっている。
さて言う。
君がいることは、吾がいるのである。
吾が存在しない君はいない。しかし、和歌の世界では、吾を省略する。君に、吾を託すのである。これ、伝統である。
あなたを君と呼び歌うのは、圧倒的に、恋歌が多い。
そして、思い出して欲しい。我が日本国民は、恋の情により、多く人間の情緒を学んだ民族である。その最もたるものが、もののあわれである。

古今の、「わが君は」は、わがと言い、我を表明している。
それでは、君が代は、と読む時、君と吾が代はと読めるのである。
これを、片歌を繰り返す、旋頭歌にしてみる。

恋の道
君と吾が代は
千代に八千代と
さざれ石
いわをとなりて
苔のむすまで

和歌にする。

恋の道
君とわが代は
さざれ石
千代に八千代に
いわをとなりて

参考までに、私が創作した戯れ歌である。
もう一言言う。天皇を君とは言わない。明治期、太平洋戦争時に、君を天皇と解釈したとしても、天皇は、大君(おおきみ)であり、君ではない。君は、一般民の、あなたへの呼びかけである。
そしてさらに言う。天皇を君と呼ぶとは、何事か。天皇は、我々国民の国体である。国民と天皇は、一緒である。同体である。歌の道を見れば、一目瞭然であろう。
歌の道、言葉の道、つまり、前回のミコト、御言の総体である。
一時期、天皇を現人神と呼んだが、それも誤りである。天皇は、現人御神であり、現人神は、我々日本国民のことである。
天皇家の伝統を敬して、御という尊称をつけるのである。
天皇の歌は、御製である。
しかし、その天皇の歌と、国民の歌が、共に並ぶという歌の道、歌道が、大和言葉の真骨頂である。
歌の前には、平等なのである。

歌道の常識から、君が代は恋歌であり、それでなければ、大切な人の長寿を願う歌である。
はっきり言うが、君が代という国歌を好き、嫌いだというのは、個人の勝手である。自由である。しかし、公的立場や、公的な場所であれば、当然、敬意を払うものであることを言う。それが個人の心情や良心の自由を奪うとする考え方は、実に愚かしい。
言論の自由である。が、大和言葉の歌道を学ぶべきである。
そして、歌の道が平等であることを、最も願った家系が天皇家である。
であるから、私は天皇家に称号を与えたい。
天皇家、それは御歌の宗家である。

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2007年02月14日 05:30に投稿されたエントリーのページです。

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