万葉人たちの死生観について言う。
死は、別れであった。しかし、ただ今の時代の、死に対する絶望感や、悲惨な慟哭はない。死をもって、無常を感じるというものも、仏教の影響であり、元は、そのような感情は無かった。
清らかに美しく歌い上げたのが、万葉の人々である。
そして別の世界への移行である。それが端的に「隠れる」という表現になった。
人は、肉体を超えたものであることを、彼らは、見抜いていたのである。
そして、もっとも驚くことは、個人が個人ではない。個人は全体であった。それは、他者のみではない、天地自然の全体であった。全体の存在感を有していたといえる。
個が全体から分離することを持って、死という感覚があった。
これを理解するためには、万葉集を音読してゆくことである。自ずと、それを感じる。
聖徳太子の御製
家にあらば 妹が手まかむ 旅に臥せる 草枕 この旅人あはれ
万葉集に載る聖徳太子の唯一の歌である。
ここが旅先ではなく家であったなら、妻の元で看護されて、息を引き取るのも、その手のうちでなせたものを、介抱してくれる者もなく、淋しく死んでいった旅人は、憐れである。日本書紀、推古天皇二十一年の条に、このことが書かれている。
皇太子、飲食を与ひ、衣裳を脱ぎて飢えたる者に覆ひて、安らかに臥せと言りたまひてき。とある。
この歌の調べにあるものは、死に対する陰惨な絶望感はない。今、死に瀕しても、その眼差しは、優しく、草木が枯れてゆく如くに見据えている。
ここでの、あはれ、という言葉は、単なる無常の哀れではない。存在すべてを抱きとめる心を、あはれと言う。
目に曇りなく、その状態を見て、それをそのままに受け入れる、受け取る、あはれである。
人間把握の発想の次元が違うと言う。
これが他人の死に無関心であったならば、あはれという言葉は出ない。死に至る人の存在は、単なる物ではない。
この万葉人の、あはれを、実践した人が、インドのマザーテレサである。
清らかな、温かさのある、死に赴く人への眼差しである。
個は個ではなく、全体であるという意味を知れば、そのような行為になる。
個が全体であるというのは、日本の神の道、唯神、かんながら、へと続く。全体は、唯神へと続くのである。その神という言葉の意味は、上でもある。上昇するのである。
神という観念を取り払い、大和の人の神という言葉にあるところのものを、感じ取るべきである。
人は神である。ミコト、命である。人も御言の存在なのである。
だから、人が亡くなることを、神上がりと言う。崩御とは、天皇の死に言うが、この崩れるという字を、神上がりと、私は読むのである。というより、万葉では、そう読む。
神上がりは、別次元に移行したという意味である。隠れたと、それを言う。
これについて多くを語りたいが、言さえぐ、ことのないように言う。
歌の意味について、様々な方法がある。一々上げないが、それぞれの立場によっても違う。
私は、日本人の持つ感性をもって、ひたすらに読めば、自ずと、その歌の意味するものを感じ取ると思う。
何度も繰り返して、読み込むと、自ずと、言葉にすることは出来ないが、通ずるものがある。それが、日本の和歌の和歌たる所以である。日本人ならば、解るのである。
解説文の饒舌な書き込みを読まなくてもいい。自ずと解ることで、善し。それが、日を経て、また深くなってゆく。それが言霊の働きである。
勿論、それを深めるために、文法等々の学びをしても善し、その歌の背景の歴史を観ることも善し。それぞれが、それぞれに、歌を読めば善し。
人麻呂の歌
山の際(ま)ゆ 出雲の子らは 霧なれや 吉野の山の 嶺にたなびく
依羅娘子(よさみのおとめ)の歌
直の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲ばむ
人の存在を肉体を超えたところのものとして、認識していた。それが、このような歌を読ませる。
雲がたなびくを見て、亡き人を偲ぶのである。霧を見て、亡き人を偲ぶのである。
雨降れば雨に、風吹けば風に、亡き人を観るのである。
個は全体であると言った。その全体から隠れた存在が、人の死、つまり人の思いなのである。
この死生観は、大和人の骨頂である。
季節外れの虫が飛ぶのを見て、これは、亡き母ではと思う心、それが、大和心である。そういう経験を多く聞く。
私は、霊という言葉に、拒否反応を示す人がいるであろうと、人の思いと書いている。
人の死は、人の思いである。実に、霊とは、人の思いなのである。それは、失せることはない。故に、人は、死んでも消滅していない。思いは、永遠である。
万葉の歌からも、多くそれが伺われる。