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もののあわれについて その2

宣長が賀茂真淵に師事したものは、35歳の年、真淵は68歳である。
しかし、宣長の学問の性格は、それ以前に出来上がっていた。それが「もののあはれ」論である。そこに向かって、ただ進むのみであった。
もののあわれを言う前に、宣長は、情、人情、実情、本情などの言葉を使用していた。
その姿勢は、実に謙虚なものであった。
70のころに書かれた、玉かつま、七の巻には「おのれは、道の事も歌の事も、あがたいのうしの数のおもむきによりて、ただ古の書共を、かむがへさとれるのみこそあれ、其家の伝えごととては、うけつたへたること、さらになければ、家々のひめごとなどいふかぎりは、いかなる物にか一ツだにしれるこしもなし、されば又、人にとりわきて、殊に伝ふべきふしもなし、すべてよき事は、いかにもいかにも、世にひろくせまほしく思へば、いにしえの書共を、考へてさとりえたりと思ふかぎりは、みな書にかきあらはして、露ものこしこめたることはなきぞかし、おのづからも、おのれにしたがひて、物まなばむと思はむ人あらば、ただ、あらはせるふみどもを、よく見てありぬべし、そをはなちて外には、さらにをしふべきふしはなきぞとよ」
古の文を味読して、あるがままの古意を得ようと努めること、それ以外にない。新しい思想を作り出すことなど、私には無い。学問は、虚心胆管にして、ただ、古の書が明かすであろうところの意味を理解することであると。
つまり、学者が古い書を持って、持論をぶちまけても詮無いことであるという。
「かんがえさとれることのみあれ」
自分の中に無いものは、見えない、無いのである。自ずと、そこに自分の姿が見えるのである。古い書が示すものを、知りえるというのは、自分の中にあったものを、再確認するものである。
すると、彼の中には「もののあはれ」というものがあった。すでに学問をする以前に、もののあはわれという心象風景が広がっていた。そこへ知の旅をするまでである。
京都留学時代に書かれた「あしわけ小舟」という問答体の歌論に「歌の道は、善悪の議論を捨てて、もののあはれと云う事を知るべし、源氏物語の一部の趣向、この所をもって貫得するべし、他に仔細なし」(私が読みやすく原文を書き改めた)
歌とは何かと問うことから発した、もののあわれに至る道である。
歌の本質、その風体、その起源、歴史、神道、儒仏との関係等々、そして詠歌のありようである。今で言えば、歌を歌うことである。
和歌の道にある、本質的な問題の先に、もののあわれを観たと、私は言う。
みやびと書くと、誤解されるので、風雅と書く。風雅は、もののあわれの一端を負う。
情も人情も、実情も本情もである。
最後に行き着く、もののあわれの本質が、如何なるものか・・・
日本人の知性として、また日本人としては、是非とも知っておくべきことである。それは、言葉の世界の精神を突き抜け、心に至り、魂に至る道である。
死に至る病があるならば、もののあわれは、生に至る健やかさである。
私が伝統とは、万葉集であるという所以も、これにより解明できるのである。
最初、言葉は、詩であり、歌であった。それを日本人は、一定の型を定めたという奇跡的な歌の道である。和歌、歌とは、世界広しといえども、日本にしかない、日本でしか発生しなかった言葉の伝統である。
それは、一音に意味があるという、音霊の故であり、他の国の扱う記号としての文字とは、全く意を異にするという驚きがある。英語は単語にしなければ意味を成さない。しかし、日本語は、一音に意味がある。いずれ、言霊にも触れることになる。
しばし、面倒な宣長の言い分を紹介する。

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2007年02月01日 12:27に投稿されたエントリーのページです。

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