« もののあわれについて その3 | メイン | もののあわれについて その5 »

もののあわれについて その4

本居宣長が、源氏物語から、もののあはれを観るならば、私は、万葉集から観る。
万葉以後、古今の絶唱といわれる、舒明天皇の御歌一首
夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今夜は鳴かず 寝宿(いね)にけらしも
日暮れても、小倉の鹿の鳴き声がしない。もうすでに寝てしまったのであろうか。
単なる一情景を歌うものである。
舒明天皇は、中大兄皇子、つまり天智天皇の父親である。大化の改新の立役者となった息子の父親である。
蘇我氏との連立政権を立てていた天皇家であるが、蘇我氏が優勢になりつつあり、蘇我入鹿の、つまり蘇我馬子の孫が、今まさに、氏族政権をもって大和の国を支配しようとしていた時、中大兄皇子が立ち上がる。これでは、大和の国体が危ういと。
その様を、静かに見つめていた舒明天皇の御心は、いかばかりであったろう。静粛に、事の成り行きを見つめて、佇んでいた。その孤独の形相は、いかばかりか。
その孤独の様を、この歌は、極めている。
孤独を極めた御歌である。
あはれの本質に、絶対孤独があると、私は観る。
舒明天皇は、上宮、つまり後に聖徳太子と崇められた子の、山背大兄王の家族の悲劇を目の当たりにして見た。蘇我入鹿によって皆殺しにされた一家族の悲劇である。
推古天皇の後、舒明天皇の即位まで9ヶ月も経ていたのは、対立候補であった、山背大兄王の存在であった。それにより、豪族たちの対立の様を見ていたのである。
田村皇子として、その悲劇を見つつ、ついに即位して天皇になる。その複雑な心境は、察して余りある。
その御歌は、古今の絶唱と言われる名歌を生む。
いねにけらしも
もう寝てしまったのであろうか、という、この静寂を観る心を、斉藤茂吉は、古今無上の結句という。
沈黙を続けて、事の成り行きを見つめ、国のあり方を考え続けて、絶対孤独の皇子の心境が、この歌に結実する。
あはれの、一つの姿が、ここにある。
ある研究家は言う。その響きの流れにこもる古雅で高貴な気品、豊かで、しかも純度の高いその詩情と。
私は、この御歌の言霊の響きと、音霊の在り様を云う。
ひらがなにて書くと、よく解る。
ゆうされば おくらのやまに なくしかは こよいはなかず いねにけらしも
情景が単なる情景ではなく、音の響きによる音霊の響きになるのである。
母音を明確に発音することによって、これは祈りの言葉になるものである。つまり、祝詞である。
ゆウさアれエばア おオくウらアのオやアまアにイ なアくウしイかアはア こオよオいイはアなアかアずウ いイねエにイけエらアしイもオ
ウという母音から始まる。つまり、うーとは、お呼びする音霊である。そして最後は、おーと終わる。これ神呼びの音霊である。
うーとお呼びして、そして祝詞を献上して、おーとお送りする。
神事の基本である。
言霊、音霊を知らない学者や詩人が、いくら議論しても、始まらないのは、それを知らないからである。
一人勝手な解釈をして、悦に入る様は、滑稽である。
正しく祝詞を献上できない者が、単に文献研究で、何をか言うのである。
奈良時代まで、母音が八つあったというが、万葉集を読み込めば、結局、母音は、五つに集約される。その意味が解るのか。分析をよくする学者には、決して解らないものである。つまり、祈りを知らないのである。
あはれの、一つの姿は、絶対孤独にあると言う。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://countertenor-nobuo.com/sys-tenzanblog/mt-tb.cgi/68

コメントを投稿

About

2007年02月04日 12:18に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「もののあわれについて その3 」です。

次の投稿は「もののあわれについて その5 」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。