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2007年03月 アーカイブ

2007年03月02日

もののあわれについて その19

万葉集は、舒明天皇、そして斉明天皇により幕を開ける。
万葉の原点が、最初にある。
舒明天皇の、お隠れ遊ばされた後、皇后であられた宝皇女が皇極天皇となられ、大化の改新の発足により、皇位を孝徳天皇に譲れた。孝徳天皇が崩御すると、再び、斉明天皇として、皇位に就く。
天武天皇、天智天皇の母親である。
このお二人から、歌道が開始される。
ここで重大なことは、このお二人が、奇跡的に完成された、歌を読んだということではない。すでに、在った言葉の世界を受け継いでいるということである。
それ以前の、書き物になっていない、いや、厳密に言うと、書き物が残されていない、それはあったが、消滅させられたという、それ以前の歌の道、言葉の世界を有していたということである。

蘇我入鹿が中大兄皇子によって、殺害された後、その父、蘇我蝦夷は、屋敷に火を放ち、蔵書を焼いている。これが問題である。
現代も、歴史を正しく見ず、日本の歴史を闇に封じ込めようとする者どもがいるが、蘇我家と同じである。蘇我家は、蘇我天皇を目指したのである。あの時、中大兄皇子が立たなければ、今の日本は無い。
魔界関与の国になっていた。
蘇我馬子の父親、蘇我稲目が持ってきた仏教を立てて、蘇我王国を造る算段だった。それに聖徳太子が、どのように関わっていたのか、私には、不明である。その太子の家族は、蘇我入鹿によって、皆殺しに遭う。
聖徳太子の苦悩は、計り知れない。蘇我家との連立政権を持って、当たっていたが、時が至らずに、お隠れになった。どんな心境かを察するのは、不敬に当たる。よって、これは、以下省略する。

兎も角も、仏教思想、偽物の仏教である、それをもって、国造りを成そうとしたのは、蘇我家の存在がある。
和を持って貴し、などの言葉は、大和言葉であり、何も仏教からのものではない。聖徳太子は、蘇我家との関係を良好にするために、仏教を進んで取り入れたのである。
当時、日本に入ってきた仏教は、大乗仏教であり、それは、仏教ではなく、大乗教と言われる新興宗教である。

大乗仏教について、簡単に言う。それ以前は、己一人が悟ることを目指す上座仏教、仏陀当時の仏教に、新たに起こった運動である。つまり、一般人のための仏教にということで、大きな船に乗り、皆を彼岸に送るというものである。一人が救われなければ、我も救われないという菩薩と言われる存在を立てて、教義を作った。
実に、耳障りの良い言葉である。すべての人を救うために、私は、願を立てて、如来にならず菩薩行をするというのである。
仏教の、仏陀の根本の教えを知れば、それはウソであることが解る。
因果応報、自業自得に尽きるのである。
誰も人を救えない。人を救うのは、その人自身である。それに、救いなど、いらないという人もいる。救いなどいらないという人がいるということを、教義に立てたのは、あの、玄奘三蔵法師である。必ず救われない人がいると。

私が大乗仏教のウソに気づいたのは、古神道に引き呼ばれたからである。
仏陀の遺言は、真理の法を拠り所とし、己自身を頼めということである。
私の中に、私の救いがある。私の中に、私に必要なものがある。私の外になど、真理がある訳がないのである。
大乗仏教の教義は、すべて、言さえぐ、ものであり、喧しいのである。
日本は大乗仏教の国であるという、つまり、偽の仏教の国であり、今では、仏教で言うところの僧など、一人もいない。僧とは、すべてを捨てて仏に向かって修行する者であり、寺を持ち、財を持つ、日本の僧が、僧である訳がない。
大乗仏教がウソであり、なおかつ、僧にもならないでいる日本仏教の僧とは、ウソの上塗りをしている。

そしてもう一つ言う。
聖徳太子という人物は、厩戸皇子のことであり、それは後に、尊称として贈られた名前である。それ程、立派なお方だったのである。
何が立派かとえば、魔界関与の蘇我家との対立を避けて、平和裏に政を行おうとしたことである。そして自然裏に、解決を目指した。
自分の家系を主にするという豪族の蘇我氏から、民を主にするという天皇家を確実なものにするために、辛苦をなめたのである。この苦悩が、大化の改新に結実する。そのために、自分の家族全員を捧げたといえる。血が絶やされたのであるから。
ここでも解る通りに、大和魂、大和心とは、平和的解決を求める心なのである。それは、高祖皇宗の天照大神が、和の神であるからだ。太陽は、すべての人のものである。その太陽を神の化身として崇めるという教えを説き、何事にあっても平和的解決を説いた実在の人物であるからだ。

この、天皇家の御心を知って、歌の道が理解できる。
舒明天皇、斉明天皇が、何故、あのような完成された歌を読まれたかと言えば、すでに、言葉の世界が成っていたからである。
それを無きものにして、何を新しくしたかったのか。
蘇我蝦夷が焼き払った書物が、今残ってれば、歴史の記述が変わっていたはずである。
息子が殺されても兵を上げずに、屋敷に火を放って、自害するほど、蘇我氏の支配欲は強かったのである。もっとも大切な国の歴史の証拠を焼き捨てるなどとは、浅はかな者がする、腹いせである。
それを蘇我氏に預けていた厩戸皇子の心境は、察するにあまりある。

天武天皇が古事記の編纂を急いだのは、その焼け跡から、一部を持ち出して届けた者がいるからである。
兎に角、知る者がいるうちに、書き残さなければならないと古事記編纂に取り組むのである。
もののあわれが、歴史にも観えるのである。

2007年03月03日

もののあわれについて その20

わたつみの 豊旗雲(とよはたくも)に 入日さし 今夜の月夜(こよいのつくよ) あきらけくこそ  天智天皇御製

海上遥かな大空に、大きな豊かな雲が旗のようにたなびている。その雲に、赤々と夕日が射している。今夜は、きっと月が美しいことであろう。
わたつみ、とは、わだのはら、と同じで、海のことである。海神と今は、書く。海の神とは、海に神が在るという意識だ。つ、とは、遠つ御祖(みおや)というのように、畏敬の、つ、である。み、は御で、神の、みである。わたつみ、とは、大海原といってよい。
豊、とは、豊かであるということ。豊葦原、とよあしはらの、と、である。旗をなびかせているような雲を美称する。ただし、美称といっても、単なる美称ではない。自然に対する尊称でもある。霊妙な自然の働きを神と観る。これが、列島の民族の自然観であった。

月夜は、夜に添えた言葉、月夜を意味する以上に、煌々と照りわたる月の光を言う。
あきらけくこそ、とは、明らかに輝く、である。
すみあかくこそ、さやけしとこそ、さやけくもこそ、きよらけくこそ、さやけかりこそ、等の言葉かある。
最も、日本人が好む言葉であろう。
こそ、とは、そうであれ、そうであろう、という。
あきらけく、実に、人の心の有様を言う。心は、明らかに輝いていなければならない。
清く、明き、直き心とは、古神道の奥義である。
きよらけく、あきらけく、なおけく、とは、心の在り様である。

次の、御歌は、長歌の反歌である。
大和三山を歌われた反歌である。

中大兄 近江宮御宇天皇 三山歌 なかちおひね あふみのみやに あめのしたしらしめし すめらみこと みつのやまのうた
香具山は 畝傍雄々しと 耳梨と 相諍ひき(あいあらそいき) 神代より かくなるらし 古へも 然かなれこそ 現身も(うつせみも) 嬬(つま)を 争ふらしき

香具山が畝傍山が勇ましく悠々としていると、耳成山と相争ったという。神代の頃から、このような争いがあったことである。昔からそうであれば、今の世の人も争うのであろう。
嬬とは、配偶者を言う。妻の場合も夫の場合もある。
詩人や学者の解説を私は取らない。これは、天智天皇と、天武天皇との、額田王の関係を云々するが、それは浅はかであり、物知らぬ者が言う。
私は、大化の改新を断行した、中大兄皇子の人柄、性格を観る。これは、省略する。

反歌の方を、読む。
万葉の歌は、何事もない自然を読むものが多い。実に大らかである。しかし、その大らかさにある、自然畏敬と、自然共感は、言葉に絶するものがある。
ある研究家は、この歌を、万葉集第一の歌、最高傑作だという。
人と自然との心的交流は、確かに絶大なものがある。このようにして、自然を捉えていた。また、自然も、ありのままにあった。自然がありのままとは、自然破壊がないということである。
人の生命感と自然の生命感との響きを感じる。対立はない。互いに融合して、結び合うのである。これこそ、縄文期以前から培われてきた列島の民族の、感受性であり、感性であろう。
すべてを、自然から学んだのである。そして、その自然に畏敬の念を持って、神と尊称して臨んだのである。
自然崇拝、これこそ、自然であり、それと同体になることが理想だったのである。つまり、自然と同化することが、神への道であった。唯神、かんながらの道とは、自然との合一である。
万葉集における心は、それに尽きる。

人の死も、自然に同化してゆく、ゆえに、隠れる存在になったのである。また、人の死は、自然に抱かれることなのであり、無くなったことではない。この延長に、祖先崇拝がある。祖先と自然は、同体であり、生きている人間も、自然と同体になるのであるから、死者とも、共にあるということになる。
日本人の死生観は、ここに尽きる。
もののあわれを語る時、この基本を忘れてはならない。
存在するもの、すべては自然の内にあり、何物も、自然の外にはない。それが、もののあわれの、もの、である。あわれは、人間の心的状態を言う。
この、あわれを観るべく、万葉集を進む。

万葉集巻七、作者不明の歌。
大海の 島もあらなくに 海原の たゆたう波に 立てる白雲
大海の 水底とよみ 立つ浪の 寄らんと思へる 磯の清けさ
海原の 道遠みかも 月読の 明すくなき 夜はくだちつつ

どうであろうか、この天真さを。自然の生命感と一体になり、何の揺るぎも無い。
精霊信仰などという、小賢しい考え方などない。
渾然一体の自然との共感である。
あわれの姿、ここにあり。

夜は、くだちつつ、とある。
この意味が知りたければ、調べるとよい。
読書家という者どもは、すべて解説されるのを、求める。
実に、見苦しい。
本を読めば、すべが理解できると思う、根性が、私は、気に入らない。
本を読めと言うが、考えろとは言わない。
本を読むだけでは、詮無いことである。本だけを読む者は、行為しない。それで、何事かを解ったつもりになる。愚かである。哀れである。もののあわれの哀れと違う。
文献主義の学者の様を見れば解る。何も、知らないと、一緒である。
知らないことを、本を読んで知るという。それも誤りである。知るとは、霊感を持って望むことである。霊感の無い学問は、無学問と言う。
霊感の無い学問、学者は、無用である。

私の霊感は、いつも戦っている。妄想とである。
これが理解出来れば、幸いである。

捏造問題

捏造問題に言う。
関西テレビの社員の給与は、若手でも年収1000万を超える。
孫下請けの製作会社の若手の給与は、月20万程度、年収にすると、240万程度である。
格差どころの話ではない。
何もせず、製作を丸投げしてやらせている。自分たちは、のうのとして大枚な給与を得ている。問題は、これである。
そして、今の日本は、この形で進んでいる。
大企業は、大枚に儲けて、その元では、中小企業が犠牲になるという図である。

納豆だけではなく、味噌汁、フルーツでも捏造があったと報告された。
何故、関西テレビの社長が切腹しないのか。
死をもってお詫びしないから、また、これが続く。要するに、死なないからである。
死ね。

「意識の緩み」「チェック機能の不備」と言う。
違う。選民意識である。自分たちは、違うと思う意識である。
下請けの、また下請けである。信じられないのである。
あのNHKも、そうである。問題が起きたとき、下請けの製作会社が謝る。しかし、褒美は、NHKが頂く。
本当に、おかしい、変である。

テレビに対する不信感ではない。テレビ局に対する不信感である。
要するに、言論の自由を金儲けにしていると、言えばよい。その方が、すっきりする。

私は、納豆番組から、一ヶ月ほど、納豆が食べたくても、食べられなかった。手に入らないからである。
昔から納豆を食べていた。
それなのに、テレビで痩せると言われただけで、納豆に殺到した、アホ馬鹿、間抜け、糞ったれの、視聴者である。
テレビ局と、同類なのである。
是非も無し。自害して果てた方が幸せである。

反省し、謝罪しますと言われて、ああそうですかと、言えるか。
私は、言えない。
死んでもらう。
事の重大さを知らない。それが社長であるという認識を、私は疑う。
日本を覆う問題を象徴している。
作る者も、アホであれば、見る者も、アホであるということ。
この問題の根本は、伝統教育の退廃から生まれた。
そう、伝統教育を放棄して、何やら、社会、共産主義もどきに迷わされた、日教組に代表される者どもたちの、問題である。彼らは、それに気づかない。
戦後、60年以上を、そのような教育に明け暮れていた。
万事休す。

2007年03月04日

君が代伴奏合憲

君が代伴奏命令合憲という判決がなされた。
当然である。
私は、法的云々ではなく、感情論として言う。
教師側の主張は「君が代は、過去の日本のアジア侵略と密接に結びついており、公然と伴奏は出来ない。君が代の役割を教えずに、児童に歌わせることも出来ない」と言う。

国旗、国歌を巡る同種の訴訟は、現在全国で、13件あり、約950名の教職員がいる。
東京地裁は、昨年の四月、都立学校の教員401名が起こした訴訟で「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう義務づけた都教委の通達は違法」とする判決をした。

彼らが、全くの間違いを起こしていることを知らない。
児童は、過去の体験を持たない。国歌は、国歌として認識するのみ。そこに、大人が、自分の思想、信条を持ち込むことがおかしい。児童の混乱が目に見えるのである。
それこそ、児童に対する、思想、自由、良心の侵害だとは、考えない。実に、身勝手な行為である。それに気づいていない。

君が代が、過去の日本のアジア侵略と密接に結びついているというのは、個人の考え方であり、それを誰も否定しない。それで、よろしい。
しかし、それを持って公の場で、礼儀作法を無視してもいいとは、許されない。

ある人が、君が代は、現在の日本の繁栄と密接に結びついているから、素晴らしいと考えてもいい。言論の自由であるから、何を言ってもいい。
彼らは、個人と、公、公人としての意識が希薄過ぎるのである。

海外に出掛けて、観光する。ある場所では、履物、素肌を出すことを禁じられている場所がある。また、どんな国に出掛けても、もし、その国の、国旗に人々が敬意を払っている場面では、外国人であっても、敬意を払う。
これ、礼儀作法である。
昔、ある宗教団体に公演に呼ばれたことがある。私は、その教義を信じる者ではないが、彼らが敬意を払う仏像に、敬意を払う。公演の前に、その仏像に、私は敬意を称して、額ずいた。これ、礼儀であろう。

公立学校の教師であるということを忘れて、我が身の思想、信条を盾にとり、それを言論の自由だと思っているならば、即座に改めるべきである。
または、私立学校に転職するべきである。

それにしても、私が腑に落ちないのは、君が代が、過去のアジア侵略に密接に結びついていると考えることである。
あれは、歌である。
歌を聴いて、様々な感情を持つのは、個人的、極めて個人的な感情である。
彼らは、他人が、自分の嫌いな歌を歌うと、止めろと言う、傲慢を言うのである。ちまたに溢れている、騒音に対しては、鈍感で、君が代だけに、異常に拘るというのは、まず強迫神経症である。

そして、最も罪深いのは、この行為によって、子供たちを混乱させているということである。自分の感情を、良心であると言い、正当化しているが、それによって、子供たちを混乱させる。それが、罪深い。
国歌斉唱、国旗掲揚、共に公である。
公とは、おおやけ、であり、おオほオやアけエである。
オとアとエである。
送る、開ける、留める。
つまり、おおやけとは、人に送り、心を開き、それを留める。国家幻想のあり方である。
彼らの行為は、国家幻想を破壊せよと言う。つまり、自分の居場所まで破壊するということを知らない。実に、愚かであり、哀れである。

どうして、このようになったかは歴然としている。左翼主義のアホどもが、国家転覆を狙って成したことである。天皇制廃止とか、愚にもつかないことを考えた末のこと。
ロシア、中国共産党、北朝鮮を見れば、彼らの末路が解るというものである。

ここで、はっきりと言うが、日本上空に開ける霊界は、またの名を、高天原神界という。
世界で、一つしかない、正神界である。これは、いくらでも証明することが出来る。
正神の霊界を有する国は、日本のみである。何も、民族の云々を言うのではない。現実を言うのである。
魔界の無い国である。
よくよく歴史を見回して欲しい。ユダヤ魔界、インド魔界、準じて、イスラム魔界によって、世界は支配された。何故、日本が、このようにあるのかをとくと考えてみれば、解るはずであるが、勿論、霊的感応力の無い者が、千人集っても解らない。

高祖皇宗によって、守られている日本であり、その個人的自由を許している。
その個人的行為は、因果応報、自業自得して、自分に返ってくる。

日本には、専制君主制は無い。天皇の住まいを見渡せば解る。歴代天皇のお住まいは、城壁で囲まれたものは、一つも無い。
いつでも、滅ぼすことが出来た。しかし、武力政権を取った者も、誰一人、あの信長でさえ、天皇家を攻撃することはなかった。何故か、天皇家は、一般国民に支持されていたからである。我らの本家であるという意識は、神であるというより、身内である。

君が代から、私がここまで書くのは、飛躍し過ぎである。それを解って書いている。
君が代は、歌である。歌が、ここまで威力のあるものであることを知る。
日本は歌道の国である。
この問題は、日本人の歌に対する感覚が、いかに優れているのかを教えるものである。
単なる歌に、これほどの議論が必要なほどに、日本人は、歌に支配されるのである。
私の、もののあわれを、是非読むべきである。
学者どもが書けない、もののあわれを、お見せしている。
勿論、私の霊感という妄想であることは、必然である。

2007年03月05日

脱北者

タイ、チェンマイにでかけた時、北朝鮮からの脱出した、脱北者を支援している団体があることを知った。
3月1日の読売新聞に、そのことが載った。
タイは、脱北者の第三国出国を認めているため、昨年は、前年比5倍以上の900名近い脱北者が流入してい。今年も、すでに180名以上がいるという。
今や最大の脱北ルートになっているという。そのルートは、中国雲南省からラオスを経由するものだ。
取材した二人の女性の談話が載っていた。
北朝鮮の状況だ。
盗品販売や中国からの密輸入をする人だけが生き延びる。市民は飢え死にするだけ」と言う。三年近い逃避行を経て、タイに辿りついたのは、支援するNGOの支援もある。

現状では脱北者は、中国に滞留するしかない。強制送還や死を覚悟しなければならない。脱北者の多くは、ブローカーに頼み、多額の資金を調達するために、売春などをするという。一人の女性は、人身売買を五回もされたという。
バンコクには、入国管理局に収容されている350名の他に、150名が潜伏するといわれている。

これで、北朝鮮が、まともに暮らせる国ではないことが理解できる。
さて、国際社会である。こんなことは、知っている。しかし、これに腰を上げることなく、現体制を維持させるために、何とかかんとか、やっている状況である。
いくら食料支援をしても、一般国民には、行き渡らないのである。

同じ日の新聞に、南北閣僚会談が行われて、北は、特にコメ、肥料の支援を求めているという。支援実施を強く求めている。それに応えると、益々、北は、苦しむ人を出すということになるのである。
アメリカは、香港の金融凍結も解除しようとしている。
結局、北に丸めこまれているのである。
核兵器開発は、単なる脅しのテクニックであり、蝦で鯛を釣る行為を平然とやってのける。そして、一番苦しむのは、北の国民である。

あれ程の悪事をしても、国際社会が裁かないとは、一体、どういうことなのかと、本当に考え込むのである。
2005年の秋には、体制が崩壊しているのである。国であって、国の体を成していない。つまり、独裁者のための国である。
ほんの一部の人のために、多くの国民が塗炭の苦しみを負う。
日本が半島を統治していた時期は、こんなことはなかった。
これは、歴史を顧みれば解るが、問題は、ロシアとアメリカにある。南北に分断して、代理戦争をした果てのことである。それを、今の今まで、解決出来ず、多くの人を苦しみに置いている。
まだ、この体制を温存させているとしたなら、両国共に、魔物の国だと言うことである。

祖国を逃げなければならない人の悲しみを想像すれば、絶望である。
一刻も早く、国連主導で、北の国民のために、統治すべきである。

2007年03月06日

もののあわれについて その21

こうして、もののあわれについて書こうとして、ただ今、万葉の旅をしている。
ここで、少し休憩して言う。
日本とは、日本人とは、誰か、何かということである。
多くの学者、識者等々が語る、日本について、日本人についての、大方が誤っている。
それは、平安期以降からの日本を日本人を観るからである。

今年は、神武天皇建国から、2667年に当たる。世界で、最も古く伝統ある歴史を有する国であることを、どれほどの日本人が知っているか。
私が尊敬する、タイのプミポン王は、ラーマ王朝の末裔である。それさえも、1782年に王位に就いた。ただ今は、九世である。
天皇家として、2667年も続くというのは、どう考えても、凄いことである。というより、奇跡的と言ってよい。日本は島国ゆえだということでの話ではない。
いくらでも、王朝が変わってもよかったのである。
天皇家が滅びて、蘇我王朝になっていても、おかしくない。
また、平家王朝、源氏王朝、北条王朝、足利王朝、豊臣王朝、徳川王朝である。しかし、武力で成ったものは、結局滅びた。何故、天皇家が残ったのか、それが重大なテーマである。そして、今に至るまで、天皇家は、存続している。
そこを、よくよく考えてみる価値は、大いにある。好き、嫌い、観念等々を抜きにして、今、考えるべき時である。

世界に禅を広めた、鈴木大拙という学者がいる。彼でさえ、日本の精神が生まれたのは、鎌倉時代からであるという。つまり、日本語の漢字かな混じり文が完成したということなのであろう。
確かに、鎌倉時代は、文芸の全盛期だった。しかし、精神が生まれたというのは、実に、傲慢である。仏教が、日本流になったということも言うのであろうが、基本的に、日本の歴史を知らないといえる。
飛鳥、奈良時代を検証しなければ、日本の歴史は解らない。そして、兎に角、大化の改新を理解できなければ、歴史は、日本は、日本人というものは、観えないのである。

仏教の言葉の世界が、純粋日本人の精神を狂わせ、心を曇らせたことは、否めない。
今に至るまで、和歌が、大和言葉で書かれ、それを誰もが読むことが出来るということは、世界に日本でしかみられないのである。
古文とは、他国にもある。古英文などは、特別の人でしか理解し得ない。しかし、和歌は、誰もが理解できる。少しの手引きがあれば、万葉集は、小学生から理解できる。こんな言葉の世界は、日本にしかない。
古事記、日本書紀ともども、和歌の段になると、漢語にならず、大和言葉になる。不思議である。つまり、和歌は、漢語にも翻訳できないものだった。
大和言葉は、それのみでなければ理解できないのである。
そして、それを理解できる者は、日本人なのである。それも、差別なく、老若男女問わずである。こういう文化的平等こそ、平等であるということが出来る。
和歌の前には、貴賎の差は無い。

大化の改新が重要なのは、豪族の手に、大和が支配されるという、恐ろしい支配の魔の手が始まるのを、防いだということである。もし、万が一、豪族が大和を支配するようになれば、日本は、このような歴史にならず、大陸のような、いつも、支配者が変わる動乱を生きなければならなかった。
あの戦国時代といわれる時さえ、人々は、戦に翻弄され、疲労し切ったのである。
大化の改新と、明治維新を見て、太平洋戦争の前後を眺めて、天皇家が存在したことが、日本と、日本人にとって、どれ程幸いしたかである。
勿論、左翼の思考のみしか持たない者は、全くそれを理解できないでいる。いつも、戦いや、騒動を好むのであり、国民の幸せ、安定などを考える者達ではない。
社会主義や、共産主義を見れば、よく解る。ナチスのユダヤ人虐殺を言うが、共産主義の大量虐殺を誰も言わない。今でさえ、北朝鮮は、その思想により、多くの民の命を物のように扱う。共産主義の極みである。ベトナム、カンボジアの話を持ち出すまでもない。

追伸。
天皇家とは、日本人の本家である。
日本列島上空に広がる、タカアマハラ霊界を有し、世界で唯一、高い神霊の有する国である。何も私は、差別を言うのではない。事実を言うのである。
ちなみに、ギリシャ神話の神々を見ると、化け物のオンパレードである。あれは、地球外から来た者が、どのような姿になろうかと、迷っていることを言う。
一々、例を上げないでおく。
西洋人は、アメーバーから進化したという如く、そうなのであろう。
しかし、日本人は、天孫降臨した民族の末裔である。
いずれ証明されるので、ここで止める。
日本の祖先、高祖皇宗は、天照大神と言われる。天皇家、日本人の祖先である。
日本で神と呼ぶ場合は、尊称であり、欧米の言う、神という観念は無い。それと一緒くたにして考えた、宗教学なる馬鹿な学者の罪は思い。
日本には、唯一絶対、超越したような神は、いない。
日本の神々は、皆、実在した方々が、霊界に上昇されたのである。
日本人が神という場合は、祖先のことである。
仏教が入ってきて、先祖崇拝が始まったと思っては困る。仏教には、元から先祖崇拝などない。仏教という団体は、役立たずの集団である。今も、そうであろう。
日本人が一番嫌う、「言挙げ」を好み、理屈を言わせれば天下一品である。大乗仏教になると、支離滅裂である。妄想も、あすこまで行くと、お手上げである。
インドという土地が、魔界支配であることは、明々白日である。
仏陀は、タカアマハラ霊界から、インドにて、あわれの思想、慈悲の思想を伝えるべく、転生したが、結局、根絶やしにされて、今では、皆々、バラモンから出たヒンドゥーに、そして仏教が伝来された土地は、イスラムに叩きのめされたのである。
魔物の力、恐れるべしである。

ちなみに、私がタイを好むのは、国教として仏教があるからだ。勿論、すべてを容認する訳ではない。

2007年03月07日

もののあわれについて その22

天皇崩御後倭大后御作歌
すめらみこと みまかりたまいしのち やまとのおきさき つくりませる みうた
倭姫皇后の歌である。天智天皇の皇后様である。
崩御を、みまかりたまい と言う。
みまかる、とは大和言葉の亡くなるという意味である。以前に、お隠れとも言うと書いた。
身、まかるであり、身が隠れるである。
青旗の 小旗の上を 通ふとは 目に見えれども 直(ただ)に逢はぬかも

青旗とは、青々と樹が茂ったという意味。枕詞である。木旗は地名。通うとは、天智天皇の御霊である。直に、とは、そのままの姿、在りし日の姿である。
青々とした
小旗山の上を、あなた様の御霊が、天がける姿が、ありありと見えます。しかし、今はもう直接お会いすることは出来ません。

ここで生命感覚ということについて言う。
生きているという実感である。
通うとは、目に見えるというのである。万葉の人々は、見たのである。亡くなった後も、その霊を見るのである。
今日の感覚では理解出来ない。
当然である。生命感覚を喪失しているからである。
生きるという核を見失えば、見えるものも見えない。また、観るという行為にまでも至らない。
そうして、妄想の霊能力なるものに翻弄される。
清清しい命、瑞々しい命の感覚と感性をと取り戻して、万葉の歌を読む。

もう一首
人はよし 思ひやむとも 玉かづら 影に見えつつ 忘らえぬかも

例えば、人が、あなのたことを忘れても、私には、あなたのお姿が絶え間なく思い浮かんで、とうてい忘れることはできません。
思ひやむとも、とは、思わなくなっても、思うことをやめても、という意味である。
思い、止める、ということになる。
玉は、美称である。影の枕詞である。つる草である、かづらで編んだ髪飾りである。
前の歌とは違い、女性らしい情感がある。
前の歌は、皇后として、後の歌は、一人の女性としてである。


天智天皇については、多くを人は語るが、その皇后である倭姫皇后については、語れることがない。また、歴史書も記述がない。
天皇亡き後の、壬申の乱も見ていたであろう。

ここで再度、日本の精神と、日本の心について言う。
日本の精神は、飛鳥、奈良時代にあり、心は、万葉集にある。
神武天皇の建国から、約600年を経て、いよいよ国造りが始まったのである。それが、飛鳥奈良時代である。
その大きな事件は、大化の改新である。
その主役は、天武天皇、中大兄皇子である。
大化の改新の前進は、厩戸皇子、後に尊称して聖徳太子と言われる推古天皇の摂政であった皇子である。その一族、ことごとく蘇我入鹿によって、殺されている。
壬申の乱に至るまで、蘇我氏は、政権を狙うが、事切れる。
大小豪族を廃して、公地公民を目指したのが、天智天皇である。
大小豪族には、氏姓を与えて、その存在を認め、官位を与えて、治めたのである。それにより、民も安心して暮らせた。その証拠が万葉集である。ただし、大小豪族を治めるために、一時期、公地公民は後退した。それを実現したのが、天武天皇である。

戦後、多く左翼の学者が幅を利かせて、歴史を弄んだ事実がある。すべて、史観と、主義によるものである。それを、歴意とは言わない。歴史は、歴史学ではない。国民の歴史は、心の歴史である。我が内に、歴史がある。
何事か作意のある歴史は、歴史学、史観であり、それは、歴史とは言わない。
世界の王朝を見回して、天皇家のような王朝があるか、今一度考えるべきである。
武力政権の豊臣秀吉でさえ、民百姓は、我が子であると言う。
天智九年最初の戸籍である、庚牛年籍が製作されている。
一君万民法治国家体制である。それが平和裏に行われた。
絶対君主制とは、日本国民の誰もが思わない天皇家である。それを言うのは、歴史学や史観、主義により、解釈する者である。
振り返って、日本の歴史を見る時、天皇が絶対君子であったことは無い。国民の心を支えとしてあったのである。君主であるが、その権力は無い。無形の権威があったのである。それを一時期、利用した者がいる。それが太平洋戦争であるが、その戦争でさえ、理屈が合っている。今は、それを語らない。

万葉集は、伝統である。私の言い分である。そして、何より、すべての証拠が万葉集にある。
大君と民が、一緒の世界、つまり歌の世界で一緒であるという事実である。
この伝統は、世界に日本以外に無い。

2007年03月08日

もののあわれについて その23

言霊の力を感じる歌を紹介する。
天智天皇の皇后、倭姫の歌である。
天皇窮不予之時大后奉御歌一首
すめらみこと おほみみやくさ みたまいしとき おおきみの たてまつれる みうたいっしゅ
天の原 ふりさき見れば 大君の 御命(みいのち)は長く 天足らしたり
あまのはら ふりさけみれば おおきみの みいのちながく あまたらしたり

天の原とは、天空である。学者は瑣末な文献をもって、色々と議論するが、天の原といえば、天空に決まっている。
ふりさき見ればの、ふりは、振り切る、振り捨てるというように、動詞に冠し、意味を強める接頭語である。
さけは、放つである。
御命長くは、永遠を言う。
天足らしたりとは、満ちるという意味である。
天空を遥かに仰げば、大君の命は、窮することなく、永遠に満ちている。そういう意味になる。
これは、天智天皇が病床に臥されてからの歌である。
初期万葉の命に対する思いが、ここではっきりと言われる。
人の命は、永遠である。今、この肉体が衰えても、その命は、永遠であるという確固たる信念である。
命を漢字で書くから、限定されるが、いのち、と書くと違う。
いイのオちイなのである。受けて送って受けるという、母音の一音の意味から、いのちは、息と同じように、繰り返されるということである。
私は、瑣末な文献により、万葉集を読まない。祈りつつ、万葉集を読む。
天に満ちる、いのちなのである。
いのちは、いのちの大本から流れている。それを、頂いて人のいのちがある。その、いのちにつながる、皆々、つまり、祖先、御親、みおやという、連綿として続くいのちの輪に在るということだ。
縄文から続く弥生の精神である。縄文の思いが、弥生に理念として、花開くのである。国生みも、弥生から始まるが、その原点には、縄文が息づいている。その息づく、連綿とした祖先とのつながり、そこに、いのちが在る。

天の原に、天足らしたり 天に満ち満ちるいのちの充実である。
これを現代は、失った。
再び、この、いのちの充実感を取り戻すことである。
万葉に、振り返ることである。
この歌は、単なる病気平癒の歌ではない。いのちの、永遠性を歌うものである。
生命感覚と言う。いきる、いのちを かんじることの おぼえ である。
御命、みいのちと言い、いのちを、一つの人格のように扱う作法に、感嘆する。
私の内に、御命が宿っているという感覚である。
いのちは、いのちというものに、帰結する。一人のいのちは、一人のものではない、皆に平等に充満して与えられている、大いなる、いのちなのである。

古代の人々の、いのちの感覚を見出して、日本の伝統の神道というものが解る。
いのちは、かみなのである。
その、かみへの道を、神道という。唯神の道と言う。
御とは、神と同義であるから、日本人は、神という言葉を尊称して扱う。
神は、人間を超越したものでも、何でもない。人間の延長にあり、いのちを生きるものを、神と尊称して呼ぶ。これを理解しなければ、万葉の時代、それ以前の時代を理解できない。
何とか、日本の神観念を、取り戻したのと思う。欧米の思想にある神という概念でも、観念でもないということを、繰り返し言う。

もののあわれの、ものとは、いのちのことである。
いのちが、あわれなのである。
あわれが、慈しみの感情に、情緒にあるということは、以前に書いたが、繰り返し言う。
慈しみも、あわれの、一つの場面なのである。

2007年03月09日

もののあわれについて その24

万葉集の表記は、漢字でなされた。文字は、言葉があって始めて成り立つ。その逆は、あり得ない。
音を漢字の文字に当てはめて書き残したのである。
そこで、一つ言うが、あくまでも、漢字は、借り物だったということである。
後に、歴史家といわれる者たちが、漢字の解釈によって、歴史を解釈したことは、実に愚かなことであり、実際は、何も知らなかったと言える。
漢字の解釈の前に、大和言葉の解釈を持ってしなければ、事の真相は、解らないのである。
例えば、いつも言うが、大和心をだいわしんと読めば、漢語になり、意味が解らない。大和魂についても、やまとだましいと読めば、漢語である。大和言葉で、おおいなる、やわらぎの、こころ。おおいなる、やわらぎのたまと読めば、意味がよく解るのである。

また、人の死に関しても、死と言う言葉は、漢語であり、死の意味も、それによって、確定された意味になった。
極端な言い方をすれば、死という意識はなかったと言う。
漢語の死という文字の意味を、大和人は、持たなかったと言う。
死は、隠れるという意識だった。それが、言さえぐ、仏教思想により、死という断絶した意識を持つようになったと言う。
私にしてみれば、余計なお世話だったのだ。
それにより、死に対する感覚が、実に悲しい切ない、そして余計な思想である無常などというものに、支配されるようになる。
この無常観は、いずれ、無常感覚になり、無常哀れ感になり、最後に無常美感を作ることになるのである。情緒の遊びといってしまうことが出来る。ただし、それにより、文芸などに高めたことは、日本人らしい。

仮名を大和言葉として、漢字を真名と呼んだところなど、時の為政者、厩戸皇子に象徴される者は、何を考えていたのか、不思議である。聖徳太子と言われる者のことである。
律令政治を起こしたかったことは、理解できるが、何故、漢字を取り入れて日本の文字としようとしたのか、不明である。
しかし、万葉集からは、万葉仮名が生まれ、片仮名が生まれ、そして平仮名が生まれる。というより、元からあったものが復活するのである。

私は、母音に大和言葉の骨頂があるという。だが、母音があるということは、父音があるということであり、そこから、子音が生まれるということである。
学者は、母音のみに捕らわれて、父音のあることを知らず、そこから子音が生まれたことを知らない。
読者は、初めて、父音という言葉を聞くであろう。
このことについては、いずれ書く。

実は、心という言葉も漢語である。
漢語の心は、心臓のことである。ちなみに、西洋ならば、頭脳のことを言うのであろう。
それでは、大和言葉としては、心は、何か。
私は、霊学から、心の在り処は、胸の辺りにあると言う。体から離れて在るものである。頭脳の意識とは別にする意識である。
大和言葉の心とは、何か。

手の平のことである。手の平を、たなこごろと言う。心は、手の平に在るのである。
日本の伝統文化は、手の置き所を実に大切にする。それは、心が現れるところだからだ。
舞踊、茶の湯、等々、所作は、手のあり処によって成る。
掌とは、たなこごろ、と読む。大和言葉である。
心には、たな、が、つくのである。
たアなアである。矢張り、ア音がさきにくる。
たな掌、つまり、たなごころ、つまり、手の有り様が、心の在り処である。
軍隊の気お付けは、思考停止の状態を言う。それは、手の置き所によって成る。
心は、気の置き所なのである。
最初、人は、手に心の、気の、置き所を作る。
手は、人の気を現すのである。

大和言葉を考えるというのは、そういうことである。
漢字の解釈によって成る解釈は、全く検討違いのことがあるということを知るべきである。
これについては、追々と書いてゆくことにする。
漢字は、あくまでも外来語である。
勿論、現代は、中国よりも、漢字の文化を取り入れ、咀嚼して、中国よりも漢字を有効に使用していることは、疑いない真実である。中国は、自国の漢字の文化までも放棄している。哀れである。

心というものは、息遣いであると、以前書いた。
加えて、心の様は、手のありように有ると言う。
心の教育は、そういうことである。
漠然と心を言う人々に私は言う。知らないことを、知っているように言うなと。
心も精神も、魂も、一緒くたにして考える人は、何も知らないといえる。
一音に意味がある大和言葉を知ること、急務である。

心を芸に高めた世阿弥がいる。
花伝書に
「花は心、種は技なるべし」と言う。
心を花として舞台に乗せる。その種は、技であると言う。
心という花を咲かせるためには、業が必要であるという。これ、心の教育を言う。
つまり、能という所作は、種である技を身に付けなければ、成らないということである。
簡単に言う。
心を込めた料理でも、不味いものは、不味い。心を込めるのであれば、旨い料理を作る訓練をしなければならないということである。
心を込めるということは、念力のようなものではない。しっかりとした訓練があって成り立つ。つまり、そういう訓練を教育という。そしてそれは、別名、強制である。
強制という言葉に抵抗を感じるのは、押し付けられるという感覚を持つのであろうが、違う。自ら、それを求めて、つまり、強制される場を求める、それが、習うということである。
学問を、大和言葉で言えば、ものならう、という。ガクモンと漢語で読んで解釈するから、解らない。ものならう、といえば、よく解るのである。
習うということは、従うということである。
型を教わり、自分の形を作ってゆく、それが学問である。

2007年03月10日

もののあわれについて その25

天武天皇御製
天皇御製歌 すめらみことの おほみうた
み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける その雪の 時なきが如 その雨の 間なきが如 隈もおちず 念いつつぞ来る その山道を

吉野の耳我の嶺に雪が降りついでいる。絶え間なく雨が降り続いている。その雪が降り続いているように、その雨が降りついでいるように、ただ一途に想い続けながら、山道を歩く。ひたすら想いながら、山道を来たのである。

ある学者連中は恋であると言い、ある学者連中は、天武天皇との確執であると言い、ある者は、文学的に云々と言う。
いずれも、無し。
その時の、天武天皇は、まだ大海人皇子である。面倒なので、歴史的背景は省略する。
天智天皇が病にある時期である。壬申の乱の前夜である。
これを素直に読む。霊感によって、読む。

この念いは、国への想いである。国造りへの想いである。
大化の改新を成した、兄である天智天皇への想いでもある。
速やかに進まない、改革の進展を思い悩む弟である。

人は、成した行為によってしか、真実を表さない。歴史は、完結している。過ぎた歴史は、完結するのである。天武天皇の行為を見れば、この歌の意味が理解できる。つまり、天武天皇は、天智天皇の後を継いで、改新を成したのである。
それを見れば、この歌の意味が解る。
人は、その人のレベルに即して、物事を解釈する。学者等々が、そうである。そのレベルに合わせて、解釈する。
恋にする者は、それに、確執にする者は、それに、文学とする者は、それにである。
私は、違う。
兄の病に、謹慎蟄居している様が見える。
願いは、その父舒明天皇からであり、その願いは、厩戸皇子、つまり聖徳太子からの願いである。
人は、生まれ持った宿命がある。それを、歴史学者等々は知らない。だから、この歌を正しく解釈できない。
恋を歌を、このように読むか。兄に対する対立をこのように読むか。
大伴家持が、この歌を万葉集に取り入れたのは、その気概である。万葉の気概を観たのである。
国の主となる者の気概である。単なる、利己のものではない。利己的な心情ならば、取り入れることはなかった。
天皇の御歌である。
国を想う歌だから、取り入れる価値があった。
単純素朴な歌に、万葉の骨頂がある。
実に、単純な歌である。雪が降る。雨が降る。そして、その中の山道を行くのである。想いを抱いて。
恋でも、対立でもないであろう。大いなる志の想いである。
みくにを、たいらけく、やすらけくするための、想いである。
御国である。国は、我が物ではない。祖先の続きにある、貴きものである。その国を、いかに作り上げるのか。
国の首相が、我が身のために行為するのは、全体主義、絶対君主主義であろう。何ゆえに、民のために行為するのか。それは、高祖皇宗の想いである。それを知るからこその、行為である。天皇家が滅ぶことが無かったのは、そういうことである。

よくよく振り返って、日本の歴史を観る時、天皇という存在は、国民を無視することがなかった。いつも、国民と共にあった。だから、国民は、天皇家を本家として崇めた。
結局、大化の改新も、明治維新も、終戦も、天皇の詔によって、国民は是としたのである。
無形の信頼である。
これを書けば、私は、右翼と言われるであろう。
私は、右翼でも左翼でもない。
私は、中道である。
天皇家が無くなれば、それでよし。日本の歴史は、それで変わる。天皇の歴史が、日本の歴史であり、そして国民の歴史であった。それを無き物にせよ、私は構わない。
天皇家が無くなれば、日本が無くなる。それでいいではないか。
好き勝手な国名をつければいい。

最もらしく天皇制反対を唱える人がいる。多くの国民が、そう思えば天皇家は、退くであろう。天皇家とは、そういうものである。国民の支持が得られなければ、存続出来ないようになっている。専制君主制ではないからだ。国民の総意によって、成り立つのである。

私は言う。
権威というものは、権威によって成る。現実的に権威というものを挙げよと言われれば、私には、天皇としか言い得ない。
一国民、民の一人としては、天皇を拝すのである。み親の象徴としてである。
2667年という家系の伝統を持つということは、私も2667年の伝統があるということである。
私の祖父母は、天皇陛下を天子様と言って、拝していた。その伝統に、私も背くこと無し。

2007年03月11日

少子化について

少子化問題である。
政治の問題であると言う。それも、然り。
フランスでは、三人の子供がいれば、税金は全額免除されるという。二人では、公共施設料金が云々という。だから、日本もと言う。
皆々、子供を生まない、生めない政治家が言う。
ウソである。
あの貧しい時代、一つの家族の子供は、10人前後である。これを、何という。

私は言う。
問題は、子供を生まない世代の親にあると。
彼らが育てた子供が、子供を生まないのである。いかに、とんでもない教育をしたかということである。子供など、いらないと思わせたのは、その親であろう。
自分も出来ない理想を子供に夢見て、子供を飼い殺ししたのである。
見よ、その子供の子供が、引き籠り、ニート、フリーターである。

時代の問題だというのは簡単である。
問題は、伝統教育を成さなかったからである。
子供に迎合して、子供を支配して、子供を犠牲にして、この体たらくである。
その年代の者の言い分は、いつまでも青春であるから、笑う。
日本の伝統は、老成の思想であり、年老いても青春であるとは、欧米のアホどもの思想である。
いつまで、色気づいているのか、アホ。

心が、若いということは、馬鹿だということである。
心は、成長して、大人になり、老成するから、いい。
こうして、欧米型の思想を取り入れて、このやとまの国の伝統を無きものにした、アホ馬鹿間抜けである。
いつまでも、若いというのは、化け物だと知らない。
その程度の成長しかしなかった者の子供が、子供を生みたいと思うか。

東西に分断されていた頃の、東ドイツの男女関係は、凄まじかった。やり放題、生み放題である。国が、子供の面倒をみるからである。
勿論、共産国というストレスであろうが、セックスしか発散することが出来なかった。
東ドイツに留学していた、知り合いは、寮で毎晩行われる上下左右の部屋からの、喘ぎ声に驚かされたという。
そのセックスは、日本人の様ではない。阿鼻叫喚の快楽の叫びである。
さて、言う。
それほど、少子化を恐れるなら、子供を国でみればよい。さすれば、阿鼻叫喚でセックスし、生みまくるだろう。
今、女は、やりたくてしょうがないのである。ただ、男が、それについて行けないだけである。ホテルにも、男が女に連れられて入る時代である。
国が、どんどん生ませるとよい。
結局、そこまで出来ないのである。
しかし、政治家は、声高に叫ぶ。国の問題であると。
男が、女とセックスせず、男同士でしたり、ダッチワイフを共にしたりすることのないように、考える方が、はるかに実がある。

伝統を忘れると、こういうことになる。
すると、伝統の意味さえも解らない者がいる。
何せ、東大の教授でさえ、何をもって伝統というのかと言う時代である。
しまいに、誰が伝統を決めるのだという。終わっている。
伝統の一番は、食事の作法であると言っておく。
以下省略する。

2007年03月12日

昨年の労働調査から

総務省が発表した、昨年の労働力調査結果である。
全体に占める、パート、アルバイト、派遣社員ら非正規社員、職員の割合が、33パーセントであり、過去最高を更新した。
正規が、3411万人、非正規が、1677万人である。
数は、どうでもいい。その収入である。非正規の人の過半数が、199万円以下である。
ワーキングプアという言葉が出て、何だろうと思っていた。働く貧乏である。
パート、アルバイトとは、主婦や学生もいるだろうが、契約社員などは、283万人である。働いても、食べてゆくことが出来ないとなると、大問題である。

大企業では、年収が一千万円を超えるが、中小企業では、精々、300万から400万である。それらは、大企業を支えているというから、頭を捻る。
強いものが勝つのであろう。
冷静な物言いは、専門家に任せる。
私は感情論で言う。
富の分配化がされない社会は、怨念を生む。

青森市、富山市が、政府主導で活性化を図るという。青森市は、すでに始まっている。
夕張市の破綻は、多くの市町村に当てはまる。次々と、破綻することであろう。
これは一体、どういうことか。
世の中が変化したのであることを知らない故の事である。
その変化についてゆけないのだ。
政治の問題であろうが、そうとまでいえないこともある。
意識の問題である。
地方分権と言うが、地方分権で一番困るのも、地方であろう。

地方活性と言っても、もうすぐ死ぬ、爺婆ばかりの土地に、活性も何も無い。
東京から離れれば離れる程、経済状態が悪くなる。
北海道、沖縄の問題は解決の道筋が見えない。
どこから始まったのかと考える。バブルと言われる経済の時期の前からである。
これを話せば長くなるので、一言だけ言う。生命保険会社の金の使い方から始まった。それを解明する本が、続々と出てくるはずである。
その生命保険会社の不払いが一万件あるというから、呆れる。そして、その頃、散々にいい思いをした者どもは、今、豊かな老後を送っている。恥知らずである。
準じて、銀行である。彼らの行為は、非国民と呼んでもよい。

また、公金を横領しても平気でいる政治家、官僚、そして公務員である。まだ50年ほどは、安泰であるといから、驚く。
外務省、そして外交官などは、国民が知らないだけで、相当な暮らしをしている。国の顔であるとしても、内情を知ると、国民は跳ね上がるだろう。
その多くは、東大卒である。要するに、公金横領する者を育てる大学である。

明治期の官僚は、実に素晴らしい働きをして国を建てた。しかし、その土台の上にある、今の者どもは、その上に乗って好き放題三昧であると思えばよい。
そうして、こういう文章を読んで、ニタニタ笑うような人格である。
頭脳明晰なアホ馬鹿であるが、それに気づかない。そして、その子供、次の子供と、続かせる。
革命をするならば、まず、彼らの一族郎党を皆殺しにしてから始まる。

貧乏人や頭の悪い者は、人ではないという考えを持って望んでいるのである。
差別意識は、甚だしい。支配者層ということになる。
人間性という、崇高な精神状態を持っている者は、続かない世界である。皆、人に非ずである。
民主主義も共産主義も、支配者層に入ると、同じ穴の狢になること、必至である。
問題の大本が、これで理解出来れば幸いである。
国民の生活が不安であれば、いずれ、彼らも不安になるということを知らない。
国民あっての、ものだねである。

統一地方選挙がある。
本当に真剣に考えなければならない。
たった一票であるが、この一票が、唯一国政から、地方政治に関与するのである。無駄にすることは出来ない。

2007年03月13日

非国民

非国民である。
水門設備工事を巡る談合で、公正取引委員会が、国土交通省の元技官2人が在職時に、受注企業を決めるなど談合に関与していたと認定。
また、元技監らOB3人の談合への関与も認定したうえ、OB天下り先となっている公益法人などに指導を徹底するよう、文書で異例の要請も行ったとある。
この公益法人というのが、曲者である。公務員のOBのための、つまり天下り先なのである。そのためにあると言っても良い。つまり、死ぬまで、公金横領すべくあるという公益法人である。

福島や和歌山などで、公共工事を巡る談合事件で、福島を中心に「官製談合の温床」としてクローズアップされたのが、地方公務員の天下りである。
これには、驚いた。
公務員が非国民であるという、私の言葉が実証された。
地方自治体の天下りは、野放にされているというから、また驚く。

国家公務員の天下りが法で規制されているのに対して、地方は規制されていないという説明がなされるが、規制されているから、されていないからという問題ではない。
規制がなければ、やるという根性である。

民間企業も、しようがなく、情報を仕入れるために、役立たずの公務員のOBを採用して、大枚な給与を与えている。当然、その見返りで、役所の入札情報を取らせるだろう。
談合では、官側の極秘情報を、どれたけ入手したかが、本命業者を決める条件になる。

福島県では、今年三月までの三年間に、土木部を退職した技術系職員54中40人が、現役時代の業務に関係ある建設会社や外郭団体に再就職した。
最後の最後まで、公金を食い物にしたいのだうろ。
元県幹部は、現役側も将来の天下りを期待して、罪悪感もなく情報を漏洩するというから、驚く。

公務員の先祖たちが、どんな生き方をしていたのか、想像できるというものだ。
その末裔である。
そして、こうして彼らの行状が明らかにされても、のうのうと生きているということである。通常ならば、恥ずかしくて生きていられないだろうと思うが、先祖が先祖である。
彼らも先祖供養して、先祖に守られていると信じているのだろう。
終わっている。
しかし、彼らは、終わっていない。
これは過去の負である。
そろそろ政治家も腹を決めて、やるべき時である。
しかし、今までの政治家に期待は出来ない。とすると、新人である。
次の地方選、なんとしても、公約を見破り、一票を最大限に生かすしかない。
公約違反の時は、辞めさせるという、公約も取り付けておくことである。
政治家を監視しなければならない程、政治家の質が落ちたということである。

ホント、不幸な時代である。

2007年03月14日

もののあわれについて その26

ここで、飛鳥、奈良時代について言う。
文明開化の明治時代は、意識するが、それ以上に激しい外国文化が輸入された、飛鳥、奈良時代を言わない。
漢学や、仏教という思想が雪崩のように入ってきたのである。
それを、咀嚼したから、驚く。
祖先たちが、飛鳥、奈良時代を生き抜いたことで、日本の精神的支柱が成ったといってもよい。心は、十分に充実していたのは、歌を見れば解る。
ここで反省であるが、確かに、漢学、仏教という思想が入ってきたが、それは、後に、日本人の影となる。
清き、明るき、直き心の大和心に、陰りを帯びるのは、仏教の思想からである。
特に、平安期になると、それは貴族の生活を支配したし、それが、主たる考え方になった。あの平安期の貴族の退廃した生き方は、尋常ではない。

万葉時代の、あのおおらかな性が、平安期になると、無常に変化し、それゆえ、人は、快楽的になり、なお、そこに無常をみて、仏の救いを頼むという、何とも、救いがたい、性の退廃を生きるのである。
仏教がアクセサリーと化したのも、平安期からで、今も続いている。
信長の時代も、仏教は退廃していた。そして、江戸幕府三代将軍の家光の時の、キリシタン弾圧のための、檀家制により、確実になった。

仏教は、最初から堕落を教えたのである。
今、般若心経がブームであるという。あれは、三蔵法師玄奘が訳したものである。大般若経の心臓部であるというが、あれを読み込むと、思考が空中分解する。要するに、理屈の極みである。大和言葉で言えば、言挙げする、言さえぐの、最もたるものである。
私も、一時期、五年ほど唱えていた時期があるが、言霊として考えても、迷いを現す。
何事か、解った風に納得させるようだが、実は、無い。
大乗仏教の饒舌の故に出来た、思想、考え方である。
空観という思想は、魔界からのものである。思考の弄びに過ぎない。
最もらしく多くの者が説明するが、誰一人、救われている者は、いない。
糞は空である。空は糞である。糞即空、空即糞、と書けばよく解る。空という妄想にすべてを帰結させて、煙にまいている。言葉遊びの骨頂である。

古神道は、在るものは在ると言う。そして在るものは、それ自体に働きがあり、その働きを尊称して、神と呼ぶのである。
真直ぐにものを見れば、それで良かったのである。
仏教は、日本の思考を複雑化させ、なおかつ堕落させた。言霊の言葉を、堕落させた。延々と語ることが出来るというのが、ウソの証拠である。
多くの仏典の根拠は無い。まして中国からの経典には、偽作したものも多い。あの中国人のやることである。目的のために、手段を選ばない。
半島を通り、大陸中国から輸入されたというのが、悲劇の元である。中国思想に変形した仏教を持って、真実の仏教だと、思い込んだのである。
無常という思想は、仏陀には、無い。仏陀は、今が永遠なのである。
インド魔界の数の遊びを仏教に結びつけた者の罪は重い。

ちなみに言う。
すべての人が救われる仏の教えという考え方は、最澄からのものである。
玄奘三蔵法師の立てた、法相宗には、はっきりと、救われない者もいるという教義がある。最澄は、耳障りの良い仏教を立てたのである。
山川草木皆仏性などという言葉は、創作である。そして、空海の真言密教である。仏教とは、何の関係も無い。あれは、インドバラモン、ヒンドゥーの呪術からのものであり、それを中国の言葉遊びの極みから創作されたもので、とうてい仏教とは、信じられないのである。

それでは、鎌倉仏教とはいえば、すべて新興宗教であり、仏教と言えない。法然教、親鸞教、日蓮教、道元教である。皆々、元を正せば、中国仏教のものであり、その中国仏教は、今は、皆々滅んでいる。
ここで言えることは、すべて人間が作り上げたものであるということである。
それを仏からのものと考えるのは、愚かである。

万が一、仏という超越した存在があるとしても、言葉にして教えを説くことは無い。
超越したものが、人間の言葉で語るというのがウソである。
万葉の歌を読めば、山川草木皆仏性と言わなくても、自然のすべてに神を観ていた。理屈ではなく、自然をそのままに観て、共生し共感していた。あえて、自然は神であるなどと言わない。言う必要がないほど、当然のことだった。
言葉にすると、迷うのである。
即ち、仏教とは、あえて、人を迷わすものである。
仏陀の教えは、仏教にはない。いずれ、詳しく説明する。
三次元と四次元空間にいる人間には、それ以上の次元の世界は見えない、聴こえない。精々、うろうろとしている霊、幽霊を見るのが関の山である。

上記、話があらぬ方向に飛んだが、いずれ、般若心経のウソも書くことにする。
ニィーチェは、神は死んだと高らかに言う。そして面白いのは、神ではなく、怨念が人を、時代を作るという。
私は言う。
宗教は死んだ。
その妄想の、または、根拠なき、教義なるものは、無である。要するに、無い。
この世には、在るものしかない。
確かに、霊界にも、人間の妄想、想念で成る場所がある。
しかし、この世も、あの世も、在るものしかない。
この世の在るものは、自然である。
自然と対する思想に二通りある。
対立と支配であり、欧米の思想である
共生と共感は、日本の思想である。
欄外は、無視する態度である。

大和言葉を有する日本人には、欧米、インド、及び中国の、言挙げする思想、言葉遊びは、いらない。
何故か、大和言葉は、それ自体に意味がある。彼らの言葉は、記号であり、組み合わせである。つまり、多くの言葉により、事を説明しなければ、如何ともし難いのだ。
それを、理解し、身に付けるのは、日本の事、大和言葉を説明するに必要である。それだけである。

大和言葉でなければ、和歌も俳句も成立しないのである。何よりの証拠である。
他国の言葉に翻訳出来ないことが、証拠である。
和歌を翻訳しようとすると、膨大な言葉が必要になる。それでは、意味を成さない。

2007年03月16日

もののあわれについて その27

万葉集を語っているが、忘れていたことがある。
何故、万葉集と名づけたかということである。
まんようの集いである。まんようの言の葉の集まりである。
この万葉とは、万代を言う。万代とは、永遠を意味する。
これ万葉集の中から、見る。

和銅四年歳次辛亥、川邊宮人、姫島の松原に譲子(おとめ)の屍を見て悲しび嘆きて作る歌二首 のうちの一首を上げる。
妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松が末(うれ)に 苔むすまでに
お前の名前は、千代に流れている、だから、永遠と名づけよう。
この、苔むすまでにの表記の、までを、万代と表記している。まで、が、万代なのである。
万代は、万葉に至る。つまり、万代の言の葉を、万葉と言う。故に、万葉集とは、永遠に残される歌集という意味である。
万代、まで、とは、いついつまでも、である。までは、永遠に続く、まで、である。

千代、万代とは、万葉と同じく永遠性を言う。

もう一首の歌を読む。
難波潟 潮干なありそ ね沈みにし 妹が光儀(すがた)を 見まく苦しも
すがたを、光儀と表記する。以前、挽歌の時に言ったが、人の死を万葉の人は、現代の人とは違う、見方をしていた。
魂の抜けた肉体である。気の抜けたものが死体なのである。魂は、別の世界に飛躍したのである。
難波の潟に流れている娘の死体を見るのは、苦しいものだ。
しかし、当時死体は、どこでも見られた。一般人の死体は、その辺に置かれてあったのだ。
インドのガンジス川では、今でも、死体が流れている。それと同じである。

万葉集を語るのに、実は、古事記の世界にも、関わることで、その意味が深まる。
ここに至って、私は、とてつもない世界、もののあわれを語ることになる。
それそこ、終わりの無い、もののあわれ論になるかもしれない。
藤岡宣男の歌にある、もののあわれに行き着くまでに、私の命が亡くなることもありえると感じるようになった。
いずれは、万葉歌人の柿本人麻呂について、そして、その歌の本質を見て、そこから続く、歌の道は、西行までに至り、俳諧の松尾芭蕉にまで至ることになる。さらに、山頭火の歌の世界までも網羅して、もののあわれを語ることになるという予感がする。
それならば、日本の精神史ということにもなる。
とんでもない世界に入り込んだものである。
何も仏教思想の、膨大な数の世界に驚くことはない。

億万、劫という無限の数の世界を言うことなく、無限を千代、万代で表して十分である。人の寿命が100年たらずを思えば、千代、万代と言えば、永遠を表すのである。
この万葉集とは、題名から、永遠を思い、願いを込めて編纂された歌の数々である。これを日本民族が有しているということに、誇りを持つ者である。
世界の古典で、名もない者も参加している書き物は、唯一、万葉集である。
それも、三十一音という、最小の音の組み合わせである。
信じられないことである。それが、今目の前にあるという奇跡である。

2007年03月17日

もののあわれについて その28

額田王 近江の天皇を偲びまつりて作れる歌一首
君待つと わが恋ひ居れば わが宿の 簾うごかし 秋の風吹く
きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれうごかし あきのかぜふく

あなたを恋しく待っていると、簾がかすかに動き、ああ、あなたがやって来たのかと思いきや、秋の風が吹いているだけです。
有名な歌の一つである。
この相手は、天智天皇である。額田は、天智の後宮である。正妻ではない。当時の婚姻の様を考えると、現代の考え方では理解できない関係がある。正妻という言い方も、少し違うのである。側室を持つとは、戦国時代、徳川時代まで続く。
これを野蛮な風習と考えてはならない。一夫多妻は、子孫繁栄、子孫維持のために取られた風習である。当時は、生まれても多く死ぬことがあり、子孫を維持するというのは、今より、もっと大変なことだった。

簾動かし秋の風吹く。
簾が動いた、あなたが来た、しかし、それは秋の風であった。
何と言うことも無い情景である。しかし、ここに、あわれがある。
風情である。恋心にある情の有り様から、もののあわれを観た、大和の民の象徴的な歌である。
恋する心が、寸文の隙もなく、充満している。その充満した気持ちに応えるかのように、秋風が簾を動かし、それに心が動く。この微妙繊細な心情に、あわれがある。
心の細やかさである。

この歌に和したものと思われる、額田の姉である、鏡王女の歌をみる。
風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ

風の訪れさえも、あなたではないかと思う。そう思えるのも、今現代、お相手がいらっしゃる喜び。羨ましいと歌う。
鏡王女の夫は、中臣鎌足である。鎌足を失った後の歌である。
風をだに、とは、風をもあなたの気配と感じる、その恋しい人をという意味である。
つまり、恋ふるはともしである。
風をそのように思えるあなたが、羨ましい。決して来ぬ人を待つのではないから。
来る人を待てるのは、幸せなことである。しかし、私には、そういう人は、今はいないのである。
来むとし待たば 何か嘆かむ、とは、詠嘆であろうが、充実した心情がある。それ、風情である。あわれである。

時代を下り、後に、日本の歌創作に賭けた人々がいる。
新しい日本の歌、民謡を作ろうとした人、童謡を作ろうとした人。
赤い鳥運動などもそうである。
北原白秋や、野口雨情、作曲では山田耕筰等々であるが、皆、原点は、万葉集の心を受け継いでいる。彼らが意識する、しないに関わらず、万葉の風を浴びているのである。
多く日本人の心をとらえた歌は、歌謡曲にせよ、演歌にせよ、日本歌曲といわれる芸術歌曲なるものも、万葉の心を頂いているのである。
その証拠に、皆、大和言葉で作詞されているのである。

詩吟というものがある。漢詩を朗詠するのであるが、知る人には良いが、一般的にならないのは、漢語の語感が知る人にしか解らないからである。
私が朗詠するのは、万葉集である。朗詠という日本の伝統の謡は、大和言葉によるものなのである。
漢詩の詩吟は、やはり一部の人のためのものである。
しかしそれも、大和言葉の響きには叶わないし、また、詩吟も、母音を響かせて聞かせるものであるということで、いかに母音が大切かが解る。
また、実際、漢詩の風景は、参考にはなるが、大陸のものであり、違和感がある。大和言葉を知る者としては、高揚しなければ吟詠出来ないものであると言う。
またこの頃は、詩吟も堕落して、マイクを使用する。あれならば、どうしようもない。響きが、スピーカーを通して、朗詠も何も無い。女子供の遊びである。

さて、万葉の歌に戻る。
今、風の音に心を寄せる風情があるだろうか。それさえも忘れた時代である。
自然の働きに、心を動かされる民族の、大切な感性を失いつつあるのは、絶望的である。
人工の音に掻き消されて、自然の音は、聞こえない。まして、捏造を良しとするテレビの音に慣れ親しんで、感覚麻痺を起こし、飼いならされている様は、祖先に、みおやに、申し訳が無いのである。
日本の心とは、自然の心に沿う心である。
祖先は、すべてを自然から学んだ。そういう謙虚さを身に付けていた。
自然に神を観て、礼拝したのである。その大元が太陽である。天照大神と、八百万の神、千代万の神、神々の世界を日本人は創造したのである。
それが超越した存在ではなく、我らの存在の延長にある世界である。

国家という幻想が、見事に自然と調和した民族である。それは自然を征服して、傲慢に成り上がった国家という幻想を持つ、欧米の思想とは、全く違うのである。
大和言葉を読み、今一度、日本の心に立ち戻る時が来たのである、

2007年03月19日

もののあわれについて その29

日本の歴史を平安期から見ても、駄目である。
兎に角、飛鳥奈良時代から以前を見なければ、この国の建国の精神と、大和魂を知るとこは出来ない。

そこで言う。
厩戸皇子、聖徳太子によって、手がつけられた律令政治の精神が、仏教を云々という者大半であるが、仏教を理解できたということは、すでに、その考え方を受け入れる器があったということであり、また、それを解釈する程、あることを身についていたと考える。
つまり、理解出来ないものは、それを理解する器が無いのである。

鉄砲伝来により、それを真似て鉄砲を作ったということは、そういう技術を有していたということである。
江戸時代も、時計を即座に作っている。つまり、その技術があったのである。
そういうことである。

仏教の大乗の考え方は、すでに、やまとの民族は、有していた。
ただし、大乗仏教という、魔界の関与なしでの、大乗の考え方である。
大乗仏教というが、あれは、仏教にあらず、大乗教である。新興宗教である。
その理屈たるや、延々として終わることがない。
大乗の精神は、皆が救われる、皆を救うという意識である。
救うとか、救われるということ自体に、実は意味がない。
やまとの民は、すでに、それを超えていたという。
ただし、それを言葉、体系づけての言葉の世界を有していなかっただけである。
それを、聖徳太子が成そうとした。
仏教の言葉を使ってである。

要するに、矢張り、対立の考え方なのである。
菩薩は、如来にならず、皆が救われるまで、菩薩行をするという。菩薩という救済者を置くのである。どうしても、すがいたいのかと、私は言う。
万葉の歌を読めば、そんなことは、楽々と超えている。
在るものを在ると見るのみだからだ。
無いものを、あたかも在る如くに意識しない。
しかし、大乗教は、無いものを、あたかも在る如くに、意識する。

何度も言うが、大和民族に、対立という考え方はない。
自然共生、共感のみがあり、救いも何も、皆々、自然に回帰してゆくことを、実感として知っていた。
それ以上のものがあるか。
例えば、霊界の存在は、宇宙外にはない。霊界も、宇宙にあるのである。
宇宙外に、在るといえばウソになる。宇宙の外という世界は無いからである。
無とか、空とか言うが、それは、宇宙外の世界のことであろうが、彼らは知らないらしい。
大乗の教義なるもの、皆々、空言、彼らが言う、無とか、空なのである。

大乗の精神などと、大げさに言う仏教家がいるが、やまと民族の、大乗を超えていることを知らないのである。
清き、明き、直き心。それだけで済んだのである。
清らかで、明るく、そして直き心、素直な心である。
これに適う心の状態は無い。
しかし、大乗は言葉という精神世界として輸入された。それが、聖徳太子の目に触れた。
太子に教えを授けたのは、半島からやってきた、僧である。今は、省略するが、彼に、多くを学んでいる。
それを持って、仏教の言葉の世界を持って、国造りを始めたのである。
近隣諸国と対座するためにも、当時浸透していた仏教の言葉の世界を使用することが、何よりだと思ったのである。

和を持って貴しとなす。などという言葉は、元からあった。書いてみて、初めて在るかのように思われるが、そんなことは、当たり前のことで、