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もののあわれについて その22

天皇崩御後倭大后御作歌
すめらみこと みまかりたまいしのち やまとのおきさき つくりませる みうた
倭姫皇后の歌である。天智天皇の皇后様である。
崩御を、みまかりたまい と言う。
みまかる、とは大和言葉の亡くなるという意味である。以前に、お隠れとも言うと書いた。
身、まかるであり、身が隠れるである。
青旗の 小旗の上を 通ふとは 目に見えれども 直(ただ)に逢はぬかも

青旗とは、青々と樹が茂ったという意味。枕詞である。木旗は地名。通うとは、天智天皇の御霊である。直に、とは、そのままの姿、在りし日の姿である。
青々とした
小旗山の上を、あなた様の御霊が、天がける姿が、ありありと見えます。しかし、今はもう直接お会いすることは出来ません。

ここで生命感覚ということについて言う。
生きているという実感である。
通うとは、目に見えるというのである。万葉の人々は、見たのである。亡くなった後も、その霊を見るのである。
今日の感覚では理解出来ない。
当然である。生命感覚を喪失しているからである。
生きるという核を見失えば、見えるものも見えない。また、観るという行為にまでも至らない。
そうして、妄想の霊能力なるものに翻弄される。
清清しい命、瑞々しい命の感覚と感性をと取り戻して、万葉の歌を読む。

もう一首
人はよし 思ひやむとも 玉かづら 影に見えつつ 忘らえぬかも

例えば、人が、あなのたことを忘れても、私には、あなたのお姿が絶え間なく思い浮かんで、とうてい忘れることはできません。
思ひやむとも、とは、思わなくなっても、思うことをやめても、という意味である。
思い、止める、ということになる。
玉は、美称である。影の枕詞である。つる草である、かづらで編んだ髪飾りである。
前の歌とは違い、女性らしい情感がある。
前の歌は、皇后として、後の歌は、一人の女性としてである。


天智天皇については、多くを人は語るが、その皇后である倭姫皇后については、語れることがない。また、歴史書も記述がない。
天皇亡き後の、壬申の乱も見ていたであろう。

ここで再度、日本の精神と、日本の心について言う。
日本の精神は、飛鳥、奈良時代にあり、心は、万葉集にある。
神武天皇の建国から、約600年を経て、いよいよ国造りが始まったのである。それが、飛鳥奈良時代である。
その大きな事件は、大化の改新である。
その主役は、天武天皇、中大兄皇子である。
大化の改新の前進は、厩戸皇子、後に尊称して聖徳太子と言われる推古天皇の摂政であった皇子である。その一族、ことごとく蘇我入鹿によって、殺されている。
壬申の乱に至るまで、蘇我氏は、政権を狙うが、事切れる。
大小豪族を廃して、公地公民を目指したのが、天智天皇である。
大小豪族には、氏姓を与えて、その存在を認め、官位を与えて、治めたのである。それにより、民も安心して暮らせた。その証拠が万葉集である。ただし、大小豪族を治めるために、一時期、公地公民は後退した。それを実現したのが、天武天皇である。

戦後、多く左翼の学者が幅を利かせて、歴史を弄んだ事実がある。すべて、史観と、主義によるものである。それを、歴意とは言わない。歴史は、歴史学ではない。国民の歴史は、心の歴史である。我が内に、歴史がある。
何事か作意のある歴史は、歴史学、史観であり、それは、歴史とは言わない。
世界の王朝を見回して、天皇家のような王朝があるか、今一度考えるべきである。
武力政権の豊臣秀吉でさえ、民百姓は、我が子であると言う。
天智九年最初の戸籍である、庚牛年籍が製作されている。
一君万民法治国家体制である。それが平和裏に行われた。
絶対君主制とは、日本国民の誰もが思わない天皇家である。それを言うのは、歴史学や史観、主義により、解釈する者である。
振り返って、日本の歴史を見る時、天皇が絶対君子であったことは無い。国民の心を支えとしてあったのである。君主であるが、その権力は無い。無形の権威があったのである。それを一時期、利用した者がいる。それが太平洋戦争であるが、その戦争でさえ、理屈が合っている。今は、それを語らない。

万葉集は、伝統である。私の言い分である。そして、何より、すべての証拠が万葉集にある。
大君と民が、一緒の世界、つまり歌の世界で一緒であるという事実である。
この伝統は、世界に日本以外に無い。

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2007年03月07日 18:39に投稿されたエントリーのページです。

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