欧米で言うところの、罪と罰という観念がなかった、大和人である。
罪と罰とは、絶対神を置く民族に有る。
罪と定める神がいて、それに罰を与えるのである。勿論,それを成すのは、神の名を借りた支配者、時に聖職者といわれる人々である。
大和には、わざはひ、けがれ、があった。
わざはひは、荒ぶる神によるものであり、けがれは、感じる我が身のものである。
従って、大和人には、荒ぶるものも神であり、つまり、自然であり、欧米の言う、悪魔という存在は無い。
神と悪魔との対立するものを置くことを、しない。
脱天使を悪魔と定めるというのも、実に創作的である。
彼らには、どうしても、対立が必要なのである。それを知らず、日本人には、神がいない等々、余計なお世話である。
神不在の云々という言葉を聞く時、余程、欧米の思想に毒されているとしか言いようがない。欧米の思想、すなわち、キリスト教である。あちらは、兎に角、キリスト教の神との対決しかないのである。無いものと戦う程、哀れなことはない。
観念に対決するのであるから、ご苦労様である。
神は死んだというニーチェさえ、神との対決をしたのである。
大和人から、日本人への移行で、罪悪感を植えつけたのは、仏教である。地獄の思想を持って望んだというから、笑う。
地獄へ落ちるなら、まだ救いはあるが、インド魔界は、魔界であり、地獄も無い。
しかし、実に、大和人の死後の世界は、地獄という観念が無い。黄泉の国と言う。そこは、ただ穢れがあるのみであり、裁きなど無い。
世界広しといえども、民族の冥府観に裁きの無いのは、大和民族だけである。要するに、霊界というものを知っていたのである。
死後に裁きに合うことはない。自らが、自らを裁くというか、行くべき世界を決めるのである。これについては、いずれ書く。
仏教の影響が大きくなった、平安、鎌倉という中世では、無常観が支配したが、結果的に、大和人からの、感性が生きていて、罪悪感より、無常観が強く現れて、それが哀感となり、次第に美感になってゆくのは、大和人の思いが残っていたためである。
ちなみに、無常観とは、中国仏教からのもので、しかも、中国では、この無常感覚が、皆無であるという不思議である。
インド魔界から侵食された中国であるから、矢張り弁舌になり、仏教も中国で大きな思想体系を作り上げた。
それ以前に、膨大な思想があったからであろう。孔子、老荘思想等々である。
しかし、それらの思想には、霊界の存在が皆無であり、孔子にしても、鬼人を語らずと言う。つまり、孔子も霊的存在を知らなかったのである。
平面思想であるから、仏教にある霊的存在に、飛びついたのである。
中国思想は、人の生き方の思想であり、それ以外の何物もない。この次元でのあり方のみであり、唯一、天という人の道の先にあるものを、想定しただけである。
中国には、神も仏も無かった。天という、理想の世界を言うのみである。
中国思想をいくら研究しても、その先が無いのである。
三次元の思想のみが中国思想である。
そこに、仏教である。妄想逞しい、仏典という、根拠の無い膨大な書物に翻弄される。
日本の仏教は中国思想である。ウソの上塗りの仏教である。
天台、真言、浄土、禅に至るまで、中国仏教である。
あるが如きの言葉の世界に翻弄されたものである。
大乗仏典で、根拠のあるものは、一つも無い。しまいに、夜に、観音様が現れて教えられたと言われれば、絶句するしかない。しかし、それを後生大事に、仏典として奉ずる様は、仰天というより、哀れである。
仏陀の言葉を伝えているのは、ダンマパダ、一点である。後は、すべて創作、妄想の所産である。そのダンマパダさえ、寝ぼけたような言葉の羅列なのである。
大和人の嫌う、言さえぐ、言葉の数々をもって、何故、迷いの世界に入ったのかは、世界同時、共時性の法則であろう。
人間の精神と心をかく乱させ、混乱させて、益々混迷を深めようとの、魔界の関与である。
言挙げしない、日本にも、魔の手が入り込んだといえる。
仏教を奉じた者は、仏教が言う、迷いの道を今も生き続けている。
お経を読経して、成仏するという観念は、全く、欄外のこと。それならば、桃太郎の御伽噺を読んだ方が、霊界入りするであろう。
読経するということは、仏典を読み上げるということで、大和言葉を発するものと、全く違い、迷いの中に放り込むということである。何せ、死んだ者は、仏典の意味など知らない。それをいくら読んでも、詮無いこと。
供養と言い、読経している様は、哀れを通り越して、悲劇を通り越して、喜劇となる。
参考に、仏典の一部をここに書いてもいいが、面倒なので止める。
例えば、婆さんが滑って転んで起きたら花が咲いていた。というような、どうでもいい内容ばかりである。天上の世界を描いた、浄土三部経典などは、いい加減にしろ、と言いたくなる。
万葉の歌、一首に適わないのである。