万葉集には、作者不明の歌が、三千三百ほどある。
総数は、四千五百首であるから、半数以上を占める。その中には、「人麿歌集所出」の歌が三百七十種ほどもあり、人麿の作もあるが、兎に角、半数の作者不明というのは、一般庶民であるということだ。
ここで、公民、百姓を、大和言葉では、おおみたから、と言う。
民を、おおみたから、と呼ぶ支配者が、世界の、どこにいるだろうか。
たからに、尊称をつれけて、おおみと言う。
大美と書いてもよい。おおみである。万葉人がしたように、私も、漢字を当てはめてみる。たからは、宝であり、大美宝と書くといい。
さて、過半数を占める歌の作者が、何故不明なのか。
それは、名も無き、庶民の歌だからである。
そして、それは、歌の優劣と全く関係ない。
庶民の歌が、記憶に留められていたということは、語り伝えられていたということであり、それが、個人を超えて、共同のものとなっていたということである。
そして、それを、書き取った人がいたということ。
人々の共感をよんだ歌は、生きる共同性であり、根幹で結びついていたということである。そして、それが、こうして万葉集と言う歌集に、収められたということである。
これは、前代未聞の出来事である。
世界史上に類をみない出来事である。
民謡の元も万葉である。民謡の原点、原始の姿である。
ここで一言言っておくが、庶民の歌う多くの歌を卑下する、西洋音楽に関わる者どもの、低レベルの感性を、私は笑う。
庶民の歌こそ、文化であろう。文化的行為であろう。それも、時を超えて歌われる歌は、問答無用に伝統である。
例えば、演歌、歌謡曲などの大衆歌を卑下する理由はない。
何か、芸術歌曲が優れているという、理由は無い。単に、その世界だけでの、慰めあいのようなものであれば、芸術などという言葉も出ないはずである。
時を超えて、歌い継がれる歌こそ、人の心の真実を写す。
声楽家という、クラシック系の歌い手の歌を聴いて、感動することは、実に稀である。
私は、藤岡宣男の歌によって、ようやく歌曲なるものの、良さを知った。芸術と冠しなければならない、お馬鹿の世界の人々の存在を知った。
万葉を見よ。
名の無き人々の歌が、こうして千年の時を経て残され、読まれ、語り継がれている。
また、少なくても、日本の歌、日本歌曲などを歌うとしたならば、万葉の歌、大和言葉の歌道を知るはずである。
日本の歌道を知らずに、何を言うか。
この庶民の歌を、ある研究家は「庶民の生活の中に、綿々と息づいている日本民族の心情が、作者なのである。」と言う。
日本民族の心情が作者であるということは、また、私の言いたい言葉である。
誰がではない。民族の心情が作者であるという理解に、彼らの歌を書き留め、それを後世に残した人の功績は、大神、おおかみ、と尊称してよいほどのものである。
そうせずにはおれなかった、止み難い思いを抱いた人がいたということ、それに、私は感動する。
感動とは、そういうものである。
無償の行為ほど、崇高なものはない。
民族の心情を伝えるためにである。
万葉の神と呼ぶべき存在である。
いずれ、その編纂に関わった、人麿と、家持のことは書く。しかし、それ以外の人の名は無い。名も無い人の歌を集めて、己も名も無く去った。
これ、もののあわれの極致である。
大伴家持は、巻二十の防人の歌を編纂している。そして、巻十四の東歌は、誰が採取したのか、解らないが、家持かもしれない。
いずれにしても、その功績は、神と称えられてよい。
今まで、誰も言わなかったので、私が言う。
万葉の神である。
学者、研究家等々は、滔々として好き勝手に万葉を語るが、祈り無く、霊感無くして、万葉が解るはずもない。
瑣末なことにのみ捕らわれて、肝心要を見ないのであるから、救いようがない。
辞句や言語の考証に喧しく論議しても、もっとも肝心な祈りの心を持っていなければ、学問にもならない。
言葉に対しての、御言を、みこと、として、正しく解釈している者は皆無である。天皇の尊称であると言うのみ。命も、みとこと読む。
みことの、意味を知らず、万葉、大和言葉を知るはずがない。
書かれた物があるということは、書かれなかった物もあるということを知らない。
文献研究の限界である。