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もののあわれについて39

敷城島の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤浪の 思ひまつはり 若草の 
思ひつきにし 君が目に 恋や明さむ 長きこの夜を

磯城島、しきしまとは、大和にかかる枕詞。大和の別名としても使用される。
人さはの、さ、は大勢の意味。
思ひまつわりは、藤の花の長く垂れた花房が浪のようにゆれるので、藤浪であるが、まつはりの、枕詞である。
若草は、思ひつく、にかかる、枕詞。
君が目は、あなたの目にではなく、あなたの姿のこと。

この国には、多くの人がいますが、藤の花がまつわるように思いを絡ませ、若草が臥すように、ぴったりと心を寄せていますあなたに、一日なりとも、お逢いしたいと、この長い夜を、しみじみと恋焦がれて明かすことでしょう。

反歌
磯城島の 大和の国に 人ふたり ありとし思はば 何か嘆かむ
恋い慕う方が、二人といれば、こんなに切ない思いなど、しないでしょう。

女性の歌である。
どうであろうか、この風情を。
長歌も然り、反歌も、見事な歌である。
反歌は、女性の弱さなど微塵もない。当時の女性の気品と、教養が伺われる。
静かに、そして激しく人を恋する心である。
恋の情に、もののあわれを観る、我らの民族心である。

しきしまの やまとのくにに ひとふたり ありとしおもわば なにかなげかむ
しきしま、やまと、と、同じ意味である国の言葉が重なる。実に、国を愛する心である。
今なら、大和の日本と言う言い方になる。
大和なる この日の本の 言の葉の 深きあわれぞ この歌に知る
私の戯れ歌である。

長歌の、思ひまつはり 若草の 思ひつきにしと、思いに、まつはりと、つきにしと、まつわり、つきにしを、思いに当てている様、いかに恋い慕う様か。このように人を思う心に、もののあわれを観るのである。
名残雪などと言う言葉がある。
名残、つまり、残心、ざんしんと読むが、大和言葉で読めば、のこるこころである。
心を残すという所作を、この民族は有していた。
物に、心が着くという考え方をしていた。それが物を大切に扱うという作法、所作になった。物を大切には、物にも心があるという考え方であり、それはまた、人の心と同じであると考える。
信濃なる 千曲の川の さざれ石 君し踏みては 玉とひろわん
石っころでも、あなたが踏んだ石は、玉、宝石のようなものだと考える情である。
名残雪、名残の花、名残の匂い、等々、微かに在るものを、事の他大切にする民族である。

満開の花よりも、散る花に心を動かされるのは、教えられて成るものではない。自然に身についているのである。
これは、他民族に理解してもらうには、大変な労力だ。
例えば、味というものも、日本人には、五つあり、匂いも五つある。他の民族には、三つである。
心の綾も、複雑なのであるから、複雑でない人に理解せよと言っても、詮無いことである。知りえることしか、知ることは出来ないのである。
無いものを知れとは、言えない。

とろろが、現在の日本人の多くが、この情を忘れたのか、退化させている。また、このような情を理解出来ないで、脱日本人化しているのである。
何故か。西洋化である。欧米化である。これを善しとして、在るものの価値を消滅させた。そして、大切な伝統、つまり、伝えるものが無い者に堕落した。
伝える、という行為は生きると、同じである。
伝えているから生きている。
親から伝えられたものを、何の思索、考察も無く捨てた。
それらを、生成発展させて、伝統が伝えられる。伝統に心を乗せるのである。しかし、その方法も捨てた。
私が、日本は崩壊していると言う訳である。

徳を捨てると、人倫が果てる。不倫のみが跋扈する。
徳の道を、道徳という言葉にした。この国では、道を生きると同義に考える。
生きる道である。それを、誰かが、道徳教育は、心や精神の侵害だと言う。勿論、彼らは、心も精神も知らない。
徳を大和言葉では、のりと言う。のりは、法でもあり、秩序でもある。
のりの道とは、法の道であり、それは、集団生活をするための最低の方法である。
法律の道ではないし、仏法の法でもない。
日常生活の法の道である。
挨拶、礼儀作法、所作等々の、普段の生活における、有様である。
それが生き方に関わってくるという、習いである。習いは、学問の学である。学とは、そういうものである。
それを、道徳と言う。道徳も学なのである。最も大切な学を捨てたのである。

更に言う。
藤岡宣男の死に際しての、その知人縁者の作法である。
全く、唖然とするものであった。
それで済ませるのかという大勢の人の様を見て、私はただただ呆然として、佇んだ。
世の中は、ここまでに不倫に至ったのかという思いだった。
妻子ある者が、他人とセックスする不倫ではない。倫理が不在という不倫である。

そして更に、人が死ねば、無くなると思う神経である。
この国には、人が死んで無くなるという考え方は無い。お隠れになるのであり、実際、無くならないのである。
簡単に言う。
怨霊信仰というものがある。
死んで無くなれば、怨霊など無いはずであるが、怨霊信仰は、廃れない。今でも、天満宮は、賑やかである。あれ、怨霊である。平将門の多くの神社も、怨霊である。
いずれ解るから、これ以上は言わないでおく。

私が、藤岡に、祟れと言える者であることを、言っておく。

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2007年04月19日 01:49に投稿されたエントリーのページです。

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