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バリ島にて

「テラの会」の準備のために、バリ島に出掛けた。
10年振りである。
街は、大きく変貌していた。旅行記については、天山通信、テラの会通信に書いたので、ここでは、藤岡に関することを書く。

着いた、翌々日、芸術の村、ウブドゥに行く。
すると、建物建設を行っていた麻生クミが、明日は、サラサワティーのお祭りであると言う。特に、サラサワティーは、芸術の神様であるから、ウブドゥでは大変な祭りであるという。
勿論、バリ島の中でも、三大祭りに入る大きなお祭りである。

サラサワテイーとは、日本では、弁財天と呼ばれる。
何でも、恋愛、商売のご利益があると言われるが、元は、インド、バラモンの神の一人であり、申し訳ないが、魔界に縁する神である。
バリ島の信仰は、バリヒンドゥーと言われる。バリ島の土着の信仰に、ヒンドゥーの教えが乗っかったものである。
バリ島土着の信仰は、日本の古神道と同じである。

要するに、バリ島には、神の名前も必要ない程、充実した信仰形態があった。
古神道と、違うのは、古神道は、太陽を、バリ島の信仰は、水を主にした。しかし、水と火であり、太陽は、その火に当たるから、同じである。

観光旅行では決して味わえないバリ島を味わえた。
それは、私も民家に入り、着物から、バリ島の正装をしたのである。私の正装は、あくまでも、着物であった。しかし、彼らの好意は、私の心を抵抗無く、バリ島の正装に変えた。
麻生クミの叔父さんに当たる、マディさんという方が、スムーズに私に着付けをする。
ものの三分である。
私は、バリ島の人になった。
ウブドゥのクッ地区のお寺を三箇所回る。
雨が降っていたが、そんなことは平気である。
最初の寺では、僧侶がマントラを唱え終わっていた。
しかし、お祈りはそれに関係なく、行う。
私は、バリ島の正式なお祈りの仕方を教えられた。

二つ目の寺では、僧侶のマントラが始まる前である。
私は、僧侶の横に座った。
そして、麻生クミが言う。
「先生たちのことも、お祈りの中に入っているから」と。
つまり、私と、同行のコウタ君と、私の計画の実現を祈るということなのだろう。

僧侶のマントラが始まった。
驚きは、それからである。
僧侶のマントラとは別に、女たち、女だけである。女たちが、僧侶のマントラと、別に歌いだした。
マントラと、歌の唱和である。
僧侶のマントラは、不思議な音色だった。
私の朗詠と同じ息遣いである。低く、一息で長くマントラを唱える。
そこに女たちの歌が入る。

ここで、はっきりしていることは、日本の寺のイメージではない。
天井は空である。壁も無い。アグン山に、つまりバリヒンドゥーの本山に向かって建つ、供物のみが置かれた、塔に向かって祈るのである。
僧侶の服装も、普通のバリ正装である。皆と同じで、日本の僧のように、キンキンキラキラではない。
形式でもなく、大層な嘘で固めた式典でもない。
僧侶は、実に質素である。
説教もしない。

塔の仏壇で言えば、本仏の場には、何も無い。何も置かない。供物のみである。
神に姿は無いということである。
インド、ヒンドゥーとも違い、神々の像を拝まない。
勿論、寺には、時にシバ神の息子の、像の顔を持つガーネシアという神様の像が置かれてあるが、それを特別拝むことはない。拝む人もいるが・・・

古神道も、鏡のみある。何も置かない。鏡は、アマテラスの象徴である。
共に、シンプルである。

マントラが終わると、僧侶が皆を回り、聖水を掛け、それを皆が、三度飲み、また聖水をかけられ、次に、清めた米を一掴みいただく。それを、三粒食べ、残りを辺りに捨てる。後で、小鳥たちが食べる。

祈りの方法は、花びらを両手の中指に取り、頭上に掲げて、祈る。そして、それを頭に挿す。三回繰り返す。バリの人が、頭に花をつけるのは、祈りの証拠なのである。
男も女もである。

三つ目の寺では、僧侶のマントラが始まっていた。
多くの人の中を掻き分けて、座る。
私の横に、三人の少年たちがいた。
正装している彼らは、実に可愛い。少年を好きな私には、たまらない。少年愛ではない。私は、少年が好きである。
前には、少女たちである。
マントラが終わると、先の寺と同じように、祈る。そして、僧侶の聖水を受け、清めた米をいただく。

その時、気づいたことは、正装した私に、皆、何の違和感も抱いていないということだった。着物を着ている時のような、反応は無い。私たちと、同じという意識であり、何の抵抗感も無い。
いつもと違う顔があれば、少しは興味を持つかと思いきや、全く、普通である。
私は、バリ島の人になったと思った。

10年前に、バリ島の本山、アグン山のブザキ寺院に参った時、私は、バリヒンドゥーの信者になっている。
信者でなければ、入ってはいけない、奥の塔の聖域に入り、司祭の祈りを受けた。
一対一である。
通訳が入って、儀式をした。
実は、その日も、雨模様で、曇っていた。
司祭の祈りが終わり、私の祝福が終わると、最高の塔に雲間から、光が差した時は、驚いた。偶然にしては、出来すぎている。
その時、私は傲慢に、神に了承されたと信じた。
しかし今は、違う。
奇跡のような場面を起こすのは、魔のすることである。あれは、私を、魔神が、ちゃかしたものであると思う。
神は、奇跡を起こさない。
私は、魔神に、ちゃかされて、いい気になった。
馬鹿、アホ、間抜けである。

それは、ジョクジャカルタの、プランバナンという、ヒンドゥーの遺跡の時もそうである。
世界遺産になっている。有名な仏教遺跡、ボロブドールの近くにある。
その時、シバ神が、目を開いて私を見た。
同行の者も、それを確認している。
そして、ガーネシアも、知恵の神アガスティアも、シバ神の妻も、私を見つめた。
石造の目が開くとは、奇跡である。
今は、すべて、魔物であることを知っている。
その時は、いい気になった。
アホ、馬鹿、間抜けである。

ただし、私には、原始仏教と、ヒンドゥー教に縁があることが解った。
通りで、誰に教えられた訳ではないが、色々なことが自然に解る。
その時は、古代語で祈った。
口から自然に出てくるのである。
一歩誤ると、私は、アホな新興宗教の教祖になるところであった。しかし、ほんの少し賢かったことにより、救われた。

糞、小便、目くそ、耳糞、鼻くそ、へその糞、そして、人間のすべての欲望を持つ私が、何様のつもりという思いが、ある妄想を停止させた。
今、見ているもの、思うもの、考えること、起こること、諸々、すべては、妄想である。と、看破した。それで救われた。

欲望を否定することも、肯定するために、こじ付けの教義を作ることも無く、無能な人間として生きることが出来たのも、私が少しばかり賢かったからである。

さて、続ける。
藤岡のことである。
祭りの前日、普通は、泊まることが出来ない、一玄さんお断りのホテルに泊まった。
麻生クミの旦那さんのお世話である。
高級ホテルを貸切である。

その日、私は、そうそうにベッドに着いた。
同行の者が、夢をみた。
その内容は、こうである。
私と、藤岡が話していた。彼は、藤岡の夢をみたが、藤岡が話をするのは、初めてだという。
「明日、僕も一緒に、いっていいの、木村さん」
「いいよ」
「でも、僕の生まれが・・・」
「そんなことは関係ないよ。そんなことを気にする人ではない」
この、人、というのは、神という意味である。
「うん、じゃあ、行く」
藤岡が言った。

朝、私がプールで泳いで戻ると、同行の者が、その夢の話をした。
藤岡宣男が一緒に来ている。私は、喜んだ。
それを私自身が確認したのは、クタのホテルに戻り、うとうとと、昼寝をしていた時である。ベッドの端に誰かが、座った。
始め、同行の者が帰って来たのかと思ったが、あれっ、宣男君と思った瞬間、同行の者が、部屋に入った来た。
藤岡が、私に気づかせないように、少しばかり、接触したのだ。

サラサワティーのお祭りに藤岡が、一緒に参加していたのである。

先にも、サラサワティーは芸術の神の祭りだと言った。
それは、芸術に生きた人々の集合体の霊体の集まりである。
サラサワテイーとは、便宜上の呼び名である。

つまり、藤岡は、何と、その芸術の霊団に縁したということである。
神と仰がれる霊団に合流したのである。
それは、霊域を超えてである。
霊界の次元のレベルとは別に、霊界の、それぞれの分野の集いがある。
神と呼ばれる霊たちの、霊団に入った。

私は、奇跡は魔から出ると、藤岡にいつも言っていたから、藤岡は、決して、奇跡のように私に接触することは無い。
本当は、私は藤岡と生きている時のように、話したい欲求があるが、藤岡は、決して、そのようなことはしない。
魔界と縁すれば、それは、いとも簡単に行えるが、藤岡も、それを知る故に、私に直接的コンタクトはしない。
だが、いつも一緒にいる感覚はある。

私は、今一緒にいる、霊能のある彼が、藤岡から伝えられるメッセージを受け、そこから間接的に受け取るように、腹を決めた。
藤岡と直にコンタクトはしない。
直接的に話すことである。しかし、イメージにて、話すことはある。思念である。
言葉で話すというと、それは非常に危険であり、いや、魔物になるから、しない。

簡単に言う。
霊界とは、宇宙である。
宇宙の大きさがある。つまり、広大無辺である。
目に見えている世界は、三次元である。宇宙物理学も三次元である。
それでも、広大である。
では、四次元と言っても、三次元以上の広大さである。
霊界と言って、書き表されているものは、四次元の霊界である。
本人が、最高次元と言おうが、四次元を超えられない。
それは、霊界を知る者の常識である。
仏陀と話す、イエスキリストと話す等、すべて、四次元の仏陀であり、キリストである。
アマテラスと話すなどは、論外である。
次元も質も違う。
身の程を知らない霊能者は、皆々、魔界からのものである。勿論、彼らは、それを知らない。無いものは、知らないから、魔界を霊界だと信じる。

私の横に、最高次元の世界がある。それが霊界のあり様である。
私が、最高次元のレベルにあれば、即、最高次元の霊界とつながる。
そしてそれは、奇跡という事態を起こさない。何となれば、今、生きていることが奇跡であるから、その他の奇跡を必要とする者を、神と言われる霊域の神霊は、関知しない。

私が、あらゆる宗教の形態を否定するのは、もうそろそろ、本来の霊界の有様を提示しても良いと思うからだ。
四次元の入り口で、霊界だと思い込む多くの霊のよる、メッセージなど、物の数ではない。
神罹る、かみかかる、のは、病に罹るのと同じである。
霊能者とは、病にある。

ちなみに言うが、私は、霊能者でも、神に組する者でも無い。
私は、迷い続けて、転生を繰り返している者である。
そして、それを善しとしている。
迷いを楽しんでいる。

霊界を知る者が憧れる、太陽霊界、八次元の霊界である、高天原霊界、タカアマハラ霊界である。日本上空に開ける霊界である。
そこを憧れて、遠くから見つめつつ、迷って生きる。

九次元の霊界に関して言う者は、論外である。
もし、それを言うならば、何故生まれてきたのかと問う。
この世に生まれて来て、九次元の霊界も何もない。肉体を得ているというだけで、迷っている者が、九次元など、言うのは、本当に、知らない者の現れである。
アホ、馬鹿、間抜けの他に、糞ったれが着く。

であるから、藤岡は、いつも私と一緒である。
2005年、9月25日の、あの日の、あの時間、私と藤岡は、この世の別れをした。
木村さんは、僕といつも一緒だと言っていた藤岡が、木村と別れて、行動すると多くの人に電話を掛けていた。つまり、この世と、さよならするのだということを、伝えていた。それを知る人は、私のみである。

悲しい。
知ることを誰も知らないのである。

アシジのフランシスコが泣いた。
「神の愛を知らない人が多い」と。
知ることを知らないことを悲しむのである。

在っても見えないということは、悲劇である。そして、人生とは、この悲劇に裏打ちされている。
仏陀も泣いた。
この世のもの、すべて仮の姿である。それを人は知らないと。
キリストイエスも泣いた。
信仰薄い人々よと。

皆々、この世では泣く。
私の涙も涸れることは無い。

書けば、きりが無いので、以下省略する。

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2007年04月30日 22:52に投稿されたエントリーのページです。

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