出所不明の庶民の相聞歌を読む。
相聞とは、恋の歌である。万葉集は、この相聞歌が圧倒的に多い。恋に掛けて、人生を観たのである。
恋という人間の自然な心情を最も大切にした民族である。
君が代が、恋歌であると言っても、矢張り、過言ではない。
恋なくして、大和の民を語ることは出来ない。
恋の心情が民族の情だということは、実に誇りである。
もののあわれについての、最初に戻って欲しい。源氏物語における、もののあわれ、そして、歌道についての記述である。
歌の道こそ、床しけれと、多くの歌謡は歌う。
床しいという心的状態は、静中の動である。
日本の伝統芸能が、皆々、この静中の動を目指している。つまり、間合いの美である。
歌謡も舞踊も、皆、この間合いの中に美がある。
墨絵の空白に思いがあるということを、日本人は見抜いたのである。
この感性は、他民族には無い。
たらちねの 母に障らば いたづらに 汝も吾も 事成るべしや
たらちねの ははにさわらば いたづらに いましもわれも ことなるべしや
母に障らばとは、母に誤解されたらばという意味。
お前と私の関係を、いつまでも内緒にしていて、それがお母さんに知られたら、それでお母さんの感情をそこねたら、すべては無駄、駄目になってしまう。結婚することに支障がある。だから、早く、知らせねば。
男が娘に、母に言えと、促しているのだ。
当時は、通い婚である。男が女の元に通う形の結婚であり、子供も、女の家で育てる。つまり、母親の理解が大切なのである。
この結婚制度は、戦国時代まで続く。戦国時代になると、現在の形に近くなる。
江戸時代までは、殿様は、側室を持つことが当たり前であった。子孫繁栄のためである。
世継ぎを生むことは、女の使命であった。
三年間、子供が出来ない場合は、女を離縁しても良かったのである。
家族と、一緒に住むことをしたのは、聖徳太子が最初である。豪族たちは、子供は、別に育てたのである。万が一、攻撃された場合に、子供を守るためでもある。
一夫一婦制というものは、実は、歴史が浅い。
また、それにより、支配しやすいとの、為政者の思いもあり、一夫一婦制を法で定めたのである。
しかし、人間、そううまくは行かない。結婚してからの恋愛盛りである。
江戸時代までは、恋は遊郭、プロの女とするものであった。結婚は、家が決める。恋と、結婚は別であった。
そして、もう一つ忘れてならないことは、恋は、異性同士だけではなかったのである。同性同士の恋もあった。
それを、欧米の同性愛という言葉で、判断しては誤る。いずれ書くことにする。
立ちて思ひ 居てもぞ思ふ 紅の 赤裳裾引き 去にし姿を
たちておもい いてもおもう くれないの あかもすそひき いにしすがたを
赤裳裾とは、上代の女性の服装で、腰から下をスカートのようにして衣を巻きつけたもの。
立っていても、座っていても、居てもたってもいられないほど、赤い裳を着た彼女の姿を忘れられない。
男の元に訪れた娘を見送った後で、男が思い出して、歌う。
これは当時の都の人の歌であろう。
万葉集の時代は長い。後期になると、次第に、個人的感情に陥ってくる。つまり、歌が進化するのである。
古今に近くなるのである。
健康的で大らかであった心情が、繊細優美となり、個人的感情が濃度を増す。庶民の歌にも、そのような影響が出てくる。
赤い裳裾引くという表現に、官能を感じる。これは、ある一定レベルの階級の庶民の歌である。
しかし、恋心は、変わらない。
相見ては 面隠さるる ものからに 継ぎて見まくの 欲しき君かな
あいみては おもかくさるる ものからに つぎてみまくの ほしききみかな
継ぎて見まくとは、次々と続けて、絶えずという意味。
お会いすると、恥ずかしさが先に立って、顔を上げられません。そのくせ、絶えずお会いしたいと思うのです。
新婚間もない若妻の歌である。
この清純な思いは、当時の一般的な心情だった。羞恥心である。純である。
後に、純が進化して、粋という心情を生む。純の心から、粋が生まれる。
粋は、正に間合いである。知り尽くしてこそ、間合いの時が解る。これを粋という。
粋の逆は、野暮である。知らぬことを知っていると思う、また、知ったふりをするということである。
江戸時代に、粋の文化が成熟する。
清純とは何かを、今の時代は考えられない。定義のしようもない。
何も知らないということが清純であるということでもない。情報過多といわれる時代である。知らなくてもいいことまでも、耳に入る。その年、その年で知ることが必要であるが、今は、年に関係なく、情報が得られる。
如何ともし難い。
奥山の 真木の板戸を 音速み 妹があたりの 霜の上に宿ぬ
おくやまの まきのいたどを おとはやみ いもがあたりの しものえにねぬ
奥山から切り出したヒノキで造られた板戸が、大きな音を立ててきしむので、せっかく来たけれど、家人に気づかれると思うと、入ることが出来ずに、家の近くの霜の上で一夜を過ごしてしまった。
農民の若者である。愛しい娘に会いに来たが、扉を開けると、大きな音がするので、躊躇われて、しかたなく、近くの野草の上で、一夜を明かす。
音速みとは、鋭く烈しいという意味である。速いというのは、烈しく鋭いという意味であり、早いという意味ではない。
なんとも純情である。飾ることのない歌の言葉。これに余計な解釈をすることは、野暮であろう。
ただ゛、もののあわれに、広がりが出た。
恋心をあわれの原型と考えると、そこには、純情、純という心情が出てくる。
無垢であればこそ、恋に迷う。その迷いに人生の秘密がある。ゆえに、もののあわれは、人生の秘密を言う、観るのである。
迷いこそ、人生である。
それで善し。
だれであろか、迷うなとの言葉は。
仏教は、重大な誤り、過ちを犯した。大和言葉の意味を、虚無にし、漢語による、余計な思惑を持って、大和言葉を覆い隠した。実に、罪深い。
経典を漢語訳したものを持って、その漢語の意味から、経典の意味を探ろうとした。全く、勘違いの行為を行った。そして、後々まで、漢字の意味で、物事を考えるという、愚行を成した。
仏典こそ、まやかしである。妄想以外の何物でもない。
大和言葉の真実を覆い隠して、今に至る。
恋を、煩悩であるとして、平然としていられる神経は、病である。
欲望を煩悩として、人間を裁くとは、何事であるか。
欲望は、恵みである。
大和民族は、欲望の一つとして、罪とは、言わない。迷うを善しとして、人生を謳歌する。
迷うために生まれて生きるのである。
それこそ、生まれた甲斐があるというものである。
また、大和言葉の、つみという意味は、わだつみ、やまつみというように、恵みを言う。
罪を罪という文字に当てたことが、誤りである。
恵と書いて、つみと読ませるべきだった。
要するに、当てはめた漢字の意味で、真相を解釈するから、誤るのである。
これについては、追々と書くことにする。