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605日祭

5月25日は、藤岡宣男崩、神上がり605日祭である。

まだまだ私の喪中は終わらない。
一人で藤岡の歌を未だに聴けないでいる。
かろうじて、ホールで流す時に聴くことが出来るが、それとて、駄目な時もある。

605日の悲しみを語ることなし。

私は、ただ今、嘘のような壮大な計画を実行している。
「テラの会」である。
アジアと世界と日本のために、そして千年の日本のためにと、活動を開始している。
それはまた、藤岡の歌声を広げるためのものでもある。

最終目的は、日本人高齢者の介護が出来るゲストハウスである。
その準備に、日本セミナーを開催し、日本語のセミナーを始め、日本の伝統を伝えるセミナーを開催する。
アジアの若者に、日本を理解してもらい、そして、日本語をマスターすることによって、仕事を得ることが出来るようにしたい。それが、一つ介護である。

いずれ、日本では、高齢者の介護が限界に達する。いや、すでに限界である。

コンサート活動をアジアに広げる。日本の歌である。
日本の歌を聴いてもらうということは、日本の情緒を伝えるということである。
コンサート活動も、重要な一つのテーマである。
その時である。藤岡の歌声を披露する。
藤岡の日本の歌、それはそのまま、日本である。
美しい日本語の調べは、藤岡の歌以外に無い。

来年、四月にバリ島の「テラハウス」がオープンすれば、すべてが動き出す。
タイ・チェンマイもそうである。
そして、ベトナム、カンボジア。
オーストラリアとニュージーランドにも、支部を置く。
コンサートとしては、台北も視野に入れている。
ミャンマーが民主化すれば、即座に乗り込みたいと思っている。

コンサートは、民族音楽の交流も考えている。
日本に招聘するのである。

一年後の、六月の藤岡崩1000日祭を目途に、それを考えている。
すべて藤岡のことが私の中には在る。
暦が藤岡の崩祭である。

今年の九月で、二年祭を迎える。
藤岡宣男を不動のものにするべく、私は、この人生を賭けている。

誰も認めなかったファーブルの昆虫記を、世に知らしめたのは、その弟子の一人だった。命懸けで、昆虫記を世に問うた。そして、今は、不朽の名作として知られる。
一人の男が命を賭ければ、その程度のことが出来るのである。

私は、私を捨てた。
私は、藤岡の名を残し、千年の日本のために、活動する。
そうして大義を持って生きなければ、藤岡の死に、申し訳が立たないのである。

あの生き方を超える程の生き方を持って、藤岡に対座する覚悟である。

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2007年05月21日 13:28に投稿されたエントリーのページです。

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