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2007年06月 アーカイブ

2007年06月01日

もののあわれについて53

道の辺の 草深百合の 花咲みに 咲まししからに 妻といふべしや
みちのべの くさふかゆりの はなえみに えまししからに つまというべしや

草深百合のとは、草の深く茂った中に咲く百合の花という意味。
実に、詩情に溢れた造語である。
花咲みにとは、蕾がほころびはじめたという意味。
咲まししからとは、からに、だからといって、という意味。
妻といふべしや、やは、反語である。
道のほとりの深い草の百合の花が、ほころぶように、私に、にっこりと笑ったからといって、すぐに妻と呼べるでしょうか。そんなことは出来ないでしょう。

男の歌である。慎み深い。
草深百合の 花咲み
何という美感、美意識だろう。

ここで、笑みを、咲くという文字を当てたことである。
原文は、花咲となっている。
しかし、笑むを咲くという文字を使用したことである。
古事記にも、八百万の神共咲ひき、とある。

大和言葉の骨頂である。
大和言葉の笑む、笑うを、咲を持って表現したのである。
花が咲くように開くを、笑うと同義としたのである。咲くの語源は、ここにある。
咲くは、笑む、笑うと同義であった。

万葉では、咲くを、開く、さくと読ませている例が、96例ある。
咲くは、開くと同義である。
平安末期までも、咲をわらふ、と訓読みしていた。咲、咲くに限って読むのは、鎌倉時代以降からである。

日本人の美意識は、このような、ところにある。繊細微妙にして、崇高である。
日本の美意識を、侘びや寂びとして捉えたのは、室町期である。その根底には、万葉がある。
千利休は、茶の湯の心として、
見渡せば 花も紅葉もなかりけり 裏の苫屋の 秋の夕暮れ
と共に、
雪間の草の春をみせばや
と、まだ、雪の下にある、芽吹き始めた頃の風情を言う。
万葉が根底にある。

咲くを笑うとして観た感性を持って、大和言葉の神妙をみれば、よりよく大和言葉を理解できるのである。
侘びや寂びの前に、明るい、清かな、直き心がある。
あかるい、さやかな、なおき、心である。

その心に、一体、どんな理屈が必要であるのか。
西洋のロゴス、インド、中国の、記号である言葉の世界は、入り込めない。
日本には思想が無いと言われた。思想など必要ない。
私は、鎌倉仏教を鎌倉哲学という。思想は、十二分にある。それを、認識出来なかっただけである。西洋の思想が思想だと思い込むあたりは、救いようがない。
まして、神不在の云々とは、全く、意味を成さない。
唯一絶対の神の思想や、観念など、日本の感性の前には、飛ぶのである。吹っ飛ぶのである。

何故、日本の感性を知ることがないのかは、教育にある。
教えられないからである。
教職にある者の怠慢であり、彼らも知る努力をせずに、のうのうとして、教師なるものを続けている。生活、生計のためであり、何の目的、希望も無い。使命感も無い。無い無いづくしである。

この私の、もののあわれを読んでも、何も感じないというならば、日本人を辞めるべきである。今ならば、どこの国にも住める。
万葉集が難しいというなら、演歌の歌詞を読めという。まだ救いがある。
西条八十は、1000曲ほどの俗曲の作詞をした。実は、早稲田大学のドイツ文学教授である。立派な詩人でもある。その人が、大衆の歌う歌を書くことに、十二分の意義を見出している。
今も、この歌を超えられないヒット曲、王将という歌がある。
吹けば飛ぶような将棋の駒に
賭けた命を笑わば笑え
生まれ浪花の八百やばし
月も知ってるおいらの意気地

月も知っているという歌詞に、万葉を偲ぶ。
これ、本当の歌謡曲である。俗曲である。そんな中にも、万葉がある。
将棋に賭けた、男を歌った歌である。それだけである。

共感心情というものがある。民族共感心情である。
それは、また、共感情緒ともいう。そして、心が造られる。民族心である。
この心の蓄積されたものを、民族の潜在意識という。
ユングが言う集合意識である。
大和魂という時、この集合意識のことを言う。
それが、清き、明るき、直き心である。
魂は、共同の意識を持つ。心は、個人が持つ。そして、精神という言葉の世界がある。

日本人が、精神を鍛えるというのは、大和言葉に対座するということである。
修行という邪心が入ってきたのは、仏教による。行を修める。どこまで行っても、漢語の意味である。
日本人に行は必要ない。
勘違いも甚だしいのである。

2007年06月02日

毒物中国

中国で食品や医薬品を監督していた行政の前トップが新薬承認などを巡り多額の賄賂を受け取ったとして、死刑を言い渡された。
官僚の汚職による裁判では、死刑判決が出ても執行猶予付きが多かったが、今回は、半月の審理で極刑が言い渡された。
医療品、食品の安全を守る責任者でありながら、ニセ薬製造に手を貸す悪質さに加えて、民衆に対して、巨額の損害を与えたという。

巨額の損害ではない。彼は、殺人者である。

03年、偽粉ミルクでは、13人が死亡。04年、偽酒で、数十人が中毒死、失明する。昨年は、注射液で、少なくても11人が死亡、また別の企業の注射液でも、10人が死亡である。

有害な化学物質が含まれた中国産原料を使ったペットフードや、練り歯磨きによる健康被害が米国を中心に世界に広まる。
中国では、ニセ薬、無認可食品の輸出が後を絶たない。
信用回復には、程遠い中国政府の対応である。

人道とか、人倫とか、道徳とかを、見つけるのが難しい国である、中国は。
しかし、転じて、日本を見る。同じようなことをしている者どももいる。
中国人と一緒である。
ある酒メーカーが、カナダに輸出したワインに、覚せい剤を入れた。口当たりが良いと売れたという。
三年前は、塩である。国産と嘘をついて、輸入した塩を使っていた。
いつから、日本人が、中国人化したのか。ただし、救いは、毒物ではないということ。

私は聞いた。
どうせ、日本人が食べるのだからと・・・
毒でも何でも関係ないのである。
農薬撒き放題である。立派な野菜が日本に入る。毒野菜である。
安いと買う。哀れな日本人である。
江沢民の反日教育が大いに生かされて、日本人殺しである。
その中国に、日本は膨大な金を、貢いだ。哀れである。

NHKをはじめとして、日本のマスコミは、中国の味方のようであるから、あまり報道はしない。政府が報道に口出すと、騒ぐが、自らやることは、平気である。
きっと、中国から、金でも貰っているのだろうと思う。思うのであり、そうだというのではない。そう、思わせる。

何を言いたいかといえば、感動させた者勝ちであるという社会だという人がいる。
有名になれば、何でも許される社会だと言う。
最低最悪の、千の風という歌も、有名になり、感動させれば、良しという。
問題は、すべて、一に帰す。

売れれば良い物なのだ。
例え、それを食って死んでも。
中国四千年とか、三千年とかの言葉は嘘である。

今の中国共産党は、何年になるのか。たかだか、60年程度である。
それ以前の歴史をすべて、抹消したではないか。
中国四千年の痩せ薬を飲んで死ぬ。哀れである。
肝臓障害は、甚だしい。

どんなことをしているのか。
トウモロコシのしんの粉末に、赤インクで着色した、何と、偽唐辛子粉である。
キノコ類のつやを良くするために、二酸化硫黄塗付である。
養殖魚からの、発がん性物質等々、まだまだある。

私は、必ず生産地を見てから買う。
実に、中国の物が多い。
美味しそうなキノコのたまり漬を見て、裏を返す。中国産である。
たくわんを買おうとして、裏を返す。中国産である。
好きな生姜を買う。産地が書いていないので、聞くと、中国産と言われる。

命についてということでの、実に愚かな本が出ている。
理屈である。
命の尊さを言うが、嘘である。

命は、食べ物である。
命を言う前に、食べ物を言え。

人はパンのみに生きるにあらず、神の言葉による。主イエスは言う。
ならば、キリスト教徒は、食わないか。
命は、食って命であろう。
愚かな、言葉の世界に迷うものではない。
人はパンのみでは生きられない。心の世界も必要である。
パンのみとは、パンも必要であるという意味である。

人が生きるのは、パンと神の言葉による。と、言えばよい。

命の尊さが、食べ物の尊さであること、誰も言わない。
食べるために、人は生き続けているのである。
生きるためには、食べないのである。
食べるために生きることは、許されるが、生きるために食べるという傲慢は許されない。
誰も生きてくださいとは言わない。
私一人が死んでも、世の中、どうなることもない。平穏無事である。

キリストの絶唱9

「汚れた霊につかれた人が墓場から出てきて、イエスを迎えた。」

聖書には、よく汚れた霊につかれた、または、悪霊とか、悪魔、サタンにつかれた人が登場する。
それをイエスが祓うという奇跡だ。

汚れた霊とは、仏教では、不成仏霊ということであろうか。
要するに、成仏せずに、この世に留まっている霊ということだ。幽霊とか、お化けになるのか。
汚れた霊を悪霊というのが、聖書の特徴である。

ここで、霊というものの存在が確かだということである。
目に見えない霊を、明確にしている。イエスに反対する者も、霊の存在は、否定しないのである。

霊、というものも、観念である。
ただ今は、スピリチュアルという言葉が流行っているが、明確に出来ないでいる。単に、目に見えないもの、それを霊としているのみ。まして、死者と話すということを、平気でする。死者と、話すということは、死者と同じレベルであるということである。送信と受信は、同じレベルで行われる。レベルが違えば、合わない。ということは、話をする死者は、生きている者と、違わないレベルにいるということである。つまり、不成仏霊に近いのである。もし、死者が、遥かなレベルに存在するならば、受信は、出来ないのである。

もはや、目に見えないものは、無いということが出来ない時代にある。目に見えないものが沢山あることが、科学で解ったからである。見えないから無いとは、言えない。
ただし科学的に霊の存在を云々するというのは、いただけない。科学は、その次元までに至らないからである。

実に、霊能者には注意が必要である。
その人にしか、解らない事を言うのである。

さて、イエスが汚れた霊を取り除くことの意味は、何であるのか。

「かれは墓に住んでいたが、もはやだれもかれを縛っておくことはできなかった。鎖をもってしてもだめであった。かれはたびたび足かせや鎖で縛られたが、そのつど鎖を引きちぎり、また足かせを打ち砕いたからである。それで、だれもかれを取り押さえることができなかった。かれは夜となく、昼となく、墓や山で叫びたて、自分のからだを石で傷つけていた。かれはイエスを遠方から見つけると、走りきてひれふし、「いと高き神の子イエスよ、わたしをどうしようというのですか、神かけてお願いです。どうかわたしを苦しめないでください。」と大声で叫んだ。それは、イエスが「汚れた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。またイエスが「おまえの名は何か」とお尋ねになると、かれは、「わたしの名はレギオンです。わたしたちは大勢いますから」と答え、そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、懇願した。」

今ならば、精神疾患である。
これを読む限り、精神疾患の人は、霊に憑かれているといえる。
二千年前のことである。
医学の知識も無かった。今のようにである。
当時、このような人を治すことができなかったということが解る。
ところが、主イエスは、悪霊を祓い、治すのである。
当時のユダヤ教にも、大司祭や、律法学者等々がいたのである。しかし、誰も、霊につかれた人を治すことが出来なかったということである。
これが問題だ。

「おびただしい豚の群れがそこの山のふもとで草を食べていた。そこで、汚れた霊どもは、「わたしたちが豚に乗り移れるように、そのほうに行かせてください」と願った。イエスがそれをお許しになると、汚れた霊どもはその人から出て行き、豚の中にはいった。すると、およそ二千頭の豚の群れが、がけから湖へなだれ落ち、おぼれて死んでしまった。」

実に、おかしい話である。
霊は、死んでいるから霊であろう。
豚に入り、もう一度死んでも霊であろう。
これで消滅したのだろうか。そんなはずはない。

その後で、人々が来て、その話を聞き、恐れをなしたという。
芝居じみている。

こういう霊の集団がいるということである。
今もそうであろう。
ただ、それが別の形に変わった。
生きている人間より、死んだ人間の方が多い。実際、霊の方が圧倒に多いはずである。
と、これは、質より量の話であるが、単純に言うとそうである。
さて、このイエスの行動には、どんな意味があるのか。
悪霊が、神かけてのお願いですというのも、おかしい。悪霊というより、仏教で言う不成仏霊という方が、当たっているようである。

この箇所が、霊的能力のある者にも疑問を持たせる。
何故、豚に入れたのか。そして豚を死なせたのかである。
イエスほどの力のある者が、何ゆえに、こんな程度の低い扱いをするのだろうか。
一つだけ言えることは、この地方の人は、異邦人といわれる人が暮らしている土地であるということだ。ユダヤ人からは、異邦人である。
別の信仰を持つ者。仲間ではない者。
聖書研究では、政治的な存在としてイエスを見ないからだという。政治的に利用されないからだということ。
イエスは、この後で、霊につかれた男に、自分の身の上に起こったことを話せと言うのである。大変な宣伝である。

この記述から解ることは、ユダヤ人とは、実に偏狭で、差別意識が強いかということである。新約聖書の中には、多く、このような記述がある。
これで、一神教のユダヤ教というものが見える。排他的であり、非寛容である。
そして、選民意識を持つ。

イエスも、ユダヤ人である。そのユダヤ人に、何を説くのであろうか。聞く耳のある者は、聞くがいいという説教だが、ユダヤ人が聞くはずもないことを、一番知っていたはずである。規則と作法に、雁字搦めにされている者である。それを信仰として、成す者である。

イエスの宣教は、実に空しい。

そして、奇跡である。それゆえにも、恐れられ、批判される。そして、結果は、磔である。
何を、イエスは、成したかったのか。

当時も、こうであるならば、今なら、もっと理解されないはずである。

エクソシストという、悪魔祓いといわれる行為は、今でもある。
しかし、一向に成果を挙げていないはずである。
悪霊として対座するからである。
何度も言うが、同じレベルでなければ、送信、受信は適わないのである。
この世の次元で成す霊は、この世の次元以下でも、以上でもない。ゆえに、この世の人のように扱うのである。
つまり肉体というものが無い状態の、想念体である。
霊とは、想念体のことである。特有の気を発する。
それが浮遊している場合もあり、自縛している場合もある。そして、怨念を持ち、怨霊と言われる場合もある。
祟り霊といわれる場合もある。

イエスの霊祓いは、いつも、その力で、追い払う形である。どうも理解できないのである。ここでも、対立の思想なのが不思議だ。
何故、悪と善という形の対立をさせるのか。
神と魔の対立である。
キリスト教徒の対立概念は、イエスから始まっているのか。いや、その根底には、ユダヤ教の対立概念がある。
イエスも、ユダヤ人であることから、免れていないといえる。

しかし、霊的に解釈すれば、主イエスの行動は、当時の人に明確に、神と魔とを対立させて教えを伝えたのであることが解る。
誰もが解るようにしたのである。

ところ変われば、その方法も変わる。
古神道では、対立させることはない。
説き伏せて、奉るのである。鎮まることを願うのである。また、次元を移動させる。霊的空間に、戻すのである。戻らない場合は、この世に、別空間を作り、奉る。
そして自然移行を願う。
霊は、荒ぶる霊でも、時を経て、本来の場に戻る。気づく。それを促すのである。
力づくでの行動は、取らない。
だから、イエスのような、超人的な存在はいない。
古神道には、教祖がいない訳である。

しかし、祟り霊という観念も、仏教伝来以降からのものである。それ以前は、そんな観念は無い。日本人の信仰形態が、恐れから始まるという学者もいるが、全く見当違いである。それは、平安期以降の話であり、それ以前は、恐れからの信仰などない。

すべての事柄が、讃歌であった。万葉集を読めば、そこに証拠がある。
生老病死に苦を観ることもなかった。
苦ではなく、それは、悲であった。
以下、省略する。

2007年06月03日

キリストの絶唱10

マルコによる福音書は、奇跡のオンパレードである。

十二年間、出血症をわずらっている女がいた。多くの医者に大変苦しめられた。持っているものを、すべて使い果たしても、治らない。イエスの噂を聞いて、群衆に交じって、イエスの服を触る。
「私の服を触れたのは誰か」とイエスが言う。弟子は、こんなに大勢の人がいますので、誰かは解りませんという。
女は、身の上に起こったことを知り、イエスの前に出る。
「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行け。病気が治り、元気でいるように」とイエスは言う。

「あなたの信仰があなたを救った」
この言葉を書くために、マルコは、これを書いたとしか思えない。

あなたの信仰であり、イエスの恵みではない。
しかし、別の箇所では「あなたが私を選んだのではない。私があなたを選んだ」と言う。
賜りたる信仰である。

聖書解釈は、いかようにでも出来る証拠である。
兎も角、奇跡によってしか、イエスを判断出来なかった当時の人の様が見える。

現在も、奇跡を行う者を信じる。
空間から、物を取り出す、インドのサイババという人も、そうである。
その奇跡を見て、人は、驚嘆し、信じる者と成る。
しかし、イエスは「見ないで信じる人は、幸いである」とも言う。

ここで、私は、きっぱりと言う。
奇跡は、魔界から出る。
霊界の常識である。
それでは、イエスは、魔界の者か。
違う。
どうしても、奇跡を見せなければならなかったのである。その悲しみは、いかばかりか。
いかに当時のユダヤ教が、堕落していたかである。
それは、今に至る。そして、イエスを神として戴くキリスト教も、然り。
主イエスの名において奇跡を成しても、教会は認めないだろう。
だが、マザーテレサのように、世界的に有名になると、死後、速やかに、福者とし、いずれ聖人として認定する。
マザーテレサは、カトリックの広告塔になったといえる。

病にある者は、病の癒えることを願うが、病の意味を問うことは少ない。
病は、何故病なのかを問うことが必要であるし、そのための病である。

仏陀は、生老病死を苦と観た。病も苦とみた。それは、人間の生涯なのである。
人間の生涯は、苦であるという。それも、一つのものの見方である。

奇跡を見せることほど、悲しいことは無い。
奇跡は、悪魔の最も好むものである。
それで、すぐに結果が出るからである。
そんな安易なことならば、生まれる必要も無い。
何故、この世に生まれたのか。それは、生老病死を体験するためであり、その意味を知るためである。

イエスは、最も悪魔に近づいたといえる。

人は必ず死ぬ。出来れば、楽に安らかに死にたい。自然死、老衰が一番良いが、そう簡単なものではない。様々なことを経験して生きるために、生まれたのであるから、病も必要である。

生長の家という新興宗教がある。ある霊能者は、開祖の何がしが、高い霊界に上がったというが、私は、それを知らない。
その開祖は、病は、影だと言う。本来は無いものであると。実相世界は、病など無いと。しかし、では、何故生まれたのか。
肉体を持つ人間として生まれた。生老病死が、当たり前であろう。

よしんば、奇跡によって病が癒されても、人は死ぬのである。
人は神の子であるから、云々という。その通りである。しかし、だからこそ、生老病死を経験するために生まれたのであろう。
病になれば病を生きる。それでよし。
病を癒して、10年長く生きても、何であろうか。
実相世界が主であれば、死ぬことが一番であろう。
長く生きることはない。

生きるというこが、何であるかを、開祖たちは知らないのである。
それで、教祖として、のうのうと生きたのである。
運が良いとしか、言いようが無い。

教祖として成功したのである。良かった良かったである。

教えもどきに、信仰して、救われた人は多い。しかし、また転生するであろう。
何度も繰り返して、同じことを繰り返す。
仏陀は、そのからくりから、逃れることが本当の道だと教えた。
要するに、二度と転生しないことである。

しかし私は言う。
永遠に転生してもいい。迷いを迷っていればいい。
繰り返しをして楽しめばよい。
愚かなままで、いい。そして、精根尽きて、もういいと思った時、消滅を願う。

全くの消滅である。

宇宙の外でいいのである。
宇宙の外は、無である。
神も仏の世界もいい。消滅を願う。
それが、最大唯一の救いであろう。

すべては、観念に尽きる。

キリストの絶唱 番外編

創世記の話を続けるつもりだったが、書き込みに、キリストの奇跡は、創作だった、史実ではなかったという。
聖書研究家、研究者たちの間でも、多く、奇跡は、史実ではないという者あり。
嘘である。
奇跡はあった。

奇跡は、史実ではないという者、奇跡はあったという者、いずれもその証拠を提出できない。奇跡だからだ。

超自然現象は無いと断定できる、何物も無い。
そして、多くは、自分の頭で理解できるものしか、理解できないのである。
奇跡を知らない人は、奇跡を無いという。
知らないものは、無いものだからだ。

日本人好みのイエス像を描いた、遠藤周作という作家も、イエスは、ただ弱い男だったと書く。何も出来ず、泣く人と共に泣いたという。そんな嘘を平気で書く。それこそ、創作である。小説家の創作を、信じて、真実のイエスを知らないのである。

新約聖書を、じっくりと読むと、あることが解る。
イエスの言葉である。
あれ程の言葉を吐くには、それだけの証拠が無ければならない。
一粒の信仰があれば、山をも動かすという。それを、自らが示して、始めて、言葉が成る。

イエスは、湖の上を歩いたという。奇跡である。
しかし、琵琶湖を歩いた人もいる。
ある程度の、能力さえあれば、そんなことは、簡単に出来る。
ただし、私は、そんなことを勧めない。

役の行者は、空を飛んだ。
魔界と接触すれば、軽いことである。
イエス程度の奇跡ならば、信じられる。普通である。

日蓮は、佐渡島に流された時、満潮の海に棒で縛られて置かれた。しかし、海水は、日蓮を守った。その時の、祈りの言葉が凄い。
悪霊、邪霊、あらゆる霊よ、日蓮がために働け。さすれば、お前たちも、救われる等々。
また、雨乞いの祈りも、成就させている。他の僧では駄目で、日蓮が成功させた。
ある新興宗教の教祖も、空間から、物質を出していた。
そんなことは、当たり前に出来る世界がある。
それを、科学で証明出来ないだけである。

私は、心霊手術を受けたことがある。
実際、自分の体で確認した。
指で、体を切る。血が出る。そして、病の物質化したものを、取り出す。当たり前である。
何も、不思議は無い。

聖書の記述を簡単に、創作だとなど言わない方が、身のためである。
少なくとも、書いた者は、2000年を経ている。つまり、相当な霊体になっている場合あり。もし、悪霊の方になっていた場合は、簡単に言えば、祟られる。

ある法華経信奉者が、空海の批判をした。堂々とである。
単に、単純な信仰者である。空海を批判出来るようなことをしていない。
たちまち、原因不明の体の痛みに、のた打ち回った。

長く歴史に残る教祖、開祖は、実に霊力がある。
こちらが、相当な力が無い場合は、批判は禁物である。
特に、公の場では注意である。
私は、それを知って、日本仏教を批判している。
しかし、開祖たちを、批判することは無い。それを別な形で、認めている。

さて、聖書の奇跡は、事実ではないという。それで話が終われば、目出度しであるが、そうは問屋が卸さない。
新約聖書を読み込まない者が、半端な知識で物を言う。
注意せよ。注意せよ。

ある奇跡の時に、イエスは、弟子たちに言う。
このようなことは、祈りと断食が必要であると。
悪魔祓いの奇跡である。
これ以上説明すると、オカルトになるので省略する。

2007年06月04日

藤岡宣男について

自分が舞台に立って歌うことで、藤岡宣男を追憶する。

日本歌曲を歌う。
しかし、声楽家のようには、歌わない。その間合いも、雰囲気も違う。違って当然である。私は、演歌師であり、歌師であるから、別物になる。
楽譜の通りには、決して歌わないし、歌えない。
何となれば、大和言葉で歌うからである。当然、楽譜を大和言葉に変更して歌う。また、その時々によっても違う。それが、再現芸術の最もたるものである。

藤岡も、様々なジャンル、それはクラシックの中でも行った。
歌曲は、日本、イタリア、フランス、ドイツである。凄いことである。
そして、歌いきれた。

私は、改めて、この行為によって、童謡という歌に目覚めた。改心した。回心もした。
ドウヨウとは、漢語である。大和言葉だと、わらべのうたということになる。
わらべうた、であるから、誰もが歌う。ドウヨウだと、子供の歌う歌となる。

わらべうたは、和歌の世界と同じである。
大和言葉で、とくに、言葉が優しい。簡単明瞭である。しかし、その奥は、深い。どこまでも行く。考えれば考える程、深く行く。

こうして私自身が歌うことで、何が正しいことかということが、解った。
正しいという歌唱法は無いということである。
もし、そういうことを言う人がいたならば、嘘であるということだ。

そしてもう一つ、民族音楽のことである。
音楽とは、民族音楽のことである。勿論、西洋音楽のクラシックも、民族音楽の一つである。それをもってして、音楽全般ではない。それを知るか否かで、その人の音楽の教養が解る。

藤岡宣男が、ポップスに向かっていた気持ちが、解る。
限定されないもの。誰もが、聴けるもの。
歌い手ならば、当然である。
限られた人に聞かせのではない。多くの人に聴いてもらう歌を歌いたいと思う。

クラシックの声楽の世界は、あまりに狭いのである。その狭さを、格式があると思い込む、声楽家のアホも多い。高級だと信じている。信仰に似る。
だから、賢い人は、決して近づかない。遠めで見るのである。

舞台は、漁師が命懸けで、漁をすることと、一緒である。
命懸けの行為である。
そして、漁と同じで、その結果が大漁になるか、駄目になるかも、同じである。ただし、行為自体は、どちらにしても、同じく、命懸けということである。

死にたいと思っていた人が、歌を聴いて、明日も生きると、勇気を持った時、大漁といえる。一人でも、である。

リハーサルも、本番も汗だくになる。
藤岡は、実に、計算して賢くやっていたことを知る。
私は、頭が悪いゆえに、その程度が解らない。ゆえに、歌い終わると、死ぬほどになる。
だが、私は、それでいい。
とすると、今まで出会った声楽家はと、考える。

日本語以外の歌詞を歌い、その歌詞の意味さえ知らない者がいたから、驚く。一体、何を歌っていたのだろうかと思う。信じられないのである。
勿論、日本語の歌でさえ、意味を知らない場合は、終わっている。

有名な声楽家で、どこの国の言葉で歌っているのか解らない者もいる。
それを感動して聴くというから、驚きである。
雰囲気だけで聞かせているとしたら、それはまた、凄いことであるが・・・
続く訳が無い。

私は歌を歌うということで、死ぬまで、藤岡宣男を追憶することにした。
勿論、命懸けである。

2007年06月05日

みたび沈黙を破る3

藤岡の故郷、広島県の福山でリサイタルを開催した。
その際、藤岡の親戚の者も来た。
そして、解ったことは、藤岡の父親が生きているということであった。

藤岡の母親とは、親戚関係にある。
藤岡を認知せず、藤岡は母子家庭の中で育った。

藤岡の父親は、今でも、生き恥を晒して生きているのであろう。哀れである。

藤岡は、暗に父親に会いたいという意思があった。
もうどうでもいいがと、言いつつ、矢張り、会いたかったであろう。

腹違いの兄弟もいる。

広島、原爆を落とされる因縁の地である。
それを知っているのだろうかと思う。世界で、初めて原爆を落とされた。落とされたことを持って、云々という前に、落とされた因縁を考えよと言う。

あの辺り一体は、そのうよな因縁により成る。

さて、藤岡亡き後、私は、藤岡の母親の、成年後見人になるべく、家庭裁判所に出かけた。
結果は、親族が賛成しないという。審議官も、説得したらしい。遺産がある場合は、親族にゆくことになっているゆえ、木村が成っても問題ありませんと。しかし、彼らは、私を後見人としなかった。
そして、その後、誰一人も、藤岡の母親に面会に来るものはいない。

藤岡の母親は、天涯孤独になっている。
勿論、私は、最後まで面倒をみる。

それにしてもである。
これ以上は、詳しく語らないおく。
書けば、藤岡という名前の、因縁の地に住む者を自害に追い込むことを書くであろう。

藤岡の家から生まれた者で、藤岡宣男ほど、優秀な者はいなかった。しかし、藤岡を生んだ、その母は、塗炭の苦しみの中で生んだ。
あの当時である。
私生児を生むということが、どんなことか。想像に難くない。

若い男と逃げて、夫、子供を捨てた、瀬戸内何とかというアホの、作家で、僧侶がいるが、あのような無様な生き方をしても、有名になれば、世の中は許すのである。
藤岡が有名を目指した意味が解る。

私は言う。
福山にリサイタルを開催した際も、満席ではなかった。それを影アナウンス言うと、その後は、侃々諤々の議論が起こり、あろうことか、私に対して批判が湧き起こったという。
あの程度の、町であるから、今も、救われない。

子供の教育云々を言うのであろうが、実質的に何もしていない。
その町から出た者が、リサイタルを開催するというのである、大都会ではない。
あの程度の小さな町である。
その会場の大ホールでは、市長を呼んでの、選挙運動をしていた。
子供の教育など、何も考えていないのである。
あれが、市長を始め、教育関係者が来ることで、どれ程、教育効果が上がったか知れない。

その後、藤岡の母校の、霞小学校から、依頼がきた。しかし、それを目前にして、藤岡は、この世を去った。
後にも先にも、あの一度のリサイタルである。

世界的に有名になる藤岡を、あの程度のもので受け入れた。

世界的に有名になった時、どの面下げて、我らの町から生まれた藤岡であるというのか、見ものである。

さて、藤岡は、親戚縁者との縁をすべて切って、母と二人で生きたというから、私も、それにならって、対処する。
残念ながら、藤岡のすべての物は、私が引き継いでいる。億万の金が入っても、彼らには、一銭もゆかないことを言う。

藤岡の母は、何一つ、持つものがない。
亡くなれば、残るのは、遺骨のみである。

因縁深き、藤岡にまつわる親戚縁者よ。哀れである。
私は、彼らを祝福しない。

羽田健太郎氏逝く

羽田健太郎氏が、亡くなった。
心から、ご冥福を祈ります。

残念です。
まだ、これから活躍が期待されたピアニストです。

ロクなピアノ弾きが多い中、実に、ピアニストと言える方でした。
良い人は、早死にします。
死んだほうがいい人が長く生きます。
これ、この世の事実です。

肝細胞ガンだと言いますが、死因は、嫉妬です。
明白です。

人は、人の思いに殺されます。
科学で証明出来ないだけです。

ほとんどピアノ演奏など聴くことが、ありませんが、ある時、耳にして、頷いたピアノの音が、羽田さんの音でした。
これならば、聴けると耳を傾けました。

クラシックのアホ、馬鹿、間抜け、糞ったれにはない、実に良い人柄がピアノの音にも表れていた。
私は、お会いしたことは、ありませんが、伝わります。

私のような素人の耳に合う、ピアノの音は、中々ありません。
あの野蛮な音を、あれ程、豊かに響かせた功績は、大きいと思います。

勿論、喜んでいる人もいるでしょう。亡くなったことを、です。
それが、世の中です。

人気のあるピアノ弾きの音を、感動して聴けるという、その耳の神経は、ただ事ではありません。
日本人の耳には、ピアノの音は強すぎるのです。
弦を、爪弾く音が、日本人の音でした。それが、ピアノは、叩く、叩きつけるのですから、たまったものではありません。
私が、学生の頃、著名だった、数名の物書き屋が、ピアノ演奏会と、ピアノの曲について、云々した、文を書いたのを読み、こうして、ピアノを聴くということを、喧伝していると思いました。
いい気なものです。
ピアノが解る、その音が解るということが、高級で、教養があると思わせる、作戦です。

今ならば、徹底的に戦っていたでしょうが、皆、死んでいません。
残念です。

兎も角、羽田さんが亡くなって、一つのピアノの理解される点が、無くなったと思われます。
再び、ご冥福をお祈りします。
私は、口先だけではありません。
羽田さんのために、祝詞を献上いたします。

羽田健太郎の命に謹んで申す。
祖先の元に、お戻りになること、清き、明き、直き心、大和魂に、魂幸はえませ。
はだけんたろうのみとこに、つつしんで、もうす
みおやのもとに、おもどりになること、きよき、あかき、なおきこころ、おおいなるやわらぎのこころに、たま、ちはえませ

みたび沈黙を破る4

藤岡の葬儀は、密葬で行った。
私一人で十分だったが、弟子、どうしても参加したいという方々、10名程度で行った。

葬儀という意味を知る人は少ない。

特に、私は古神道の形で、行う。意味の解らない者が出席しても詮無いことである。
なんとなれば、古神道の場合は、皇祖皇宗の臨在を願い、天津神、国津神、産土神、そして、藤岡家の御守護神、そして藤岡の守護霊の臨在を願う。

要するに、恐れ多くもである。

単に、仏式の葬儀に慣れている者に、その重大な意味が理解されるはずもない。
勿論、神などいない。また、死んだら終わり、霊など、いないと思う者が臨席することは、タブーである。

藤岡とのお別れするなら、別の方法がある。
神聖な古神道の葬儀の場に出られる人は、限られる。

何様のつもりと思うなかれ。
日本人でありながら、皇祖皇宗の天照御大神を知る者は少ない。単なる、神話の神であると考えている。
とんでもない、誤りである。
死んでも、逢うことは出来ない。

その降臨を願い奉りの、葬儀である。
気休めの儀式ではない。

私は、藤岡を高天原霊界の直系として、送った。
暴挙である。その時、藤岡の家系からも、切り離した。
藤岡宣男が単独で、自分の霊界を開けるようにした。藤岡霊界である。

信じる必要は無い。
信じてもらうために、書いているのではない。
密葬の意味を書いている。
葬儀に参加する者の、邪念は、実に愚昧であるから、多くの人の、参加を求めない。

勝手に藤岡の冥福を祈る人も多々いたはずである。
しかし、その彼らの思い、霊界に通ずるのは、至難の業である。
霊界に思いを通じさせるということが、どんなことかを知らない。
単なる、レベルの低い霊界に入るならばともかく、私は、藤岡をある霊界に押し上げるべく、祝詞を上げた。
どこの宗教の霊界でもない。まして、藤岡の家系からの離脱を促した。

簡単に言う。
宗教の霊界のような迷いの霊界ではない。
仏教、キリスト教、その他諸々の霊界は、実に、レベルが低く、話にならない。
極楽だの、天国だの、弥陀の世界だの、皆々、妄想である。
そんな世界は、霊界には無い。

日本仏教の霊界などは、話にならない。勿論、キリスト教霊界などもである。
そして浮遊する霊、幽霊である。
皆々、霊界などに行かない。今、この次元にいる。
そして、それらは、どこにいるのかも、知らないというから、呆れる。
新興宗教などは、哀れである。

以下省略する。
兎に角、密葬の意味を言う。

藤岡は、自分の遺骨をも、見ていた。
その後の様子も見ていた。
一人一人の心の中まで、お見通しである。
死人に口無しであるから、何も言わないが、すべてを見通している。

いくら宗教の教義、教学を学んでも、死後何の役にも立たない。
それから言っておく。
祈りの意味の知らないものが、いくら念仏しても、題目を上げても、主の祈りを唱えても、それは、自己暗示、自己催眠であり、自分を巻くのみ。それを自念という。そうして、精神を病む。
プロテスタントの、寝ぼけたような言葉の祈りは、害毒である。
神よ、今日ここに云々かんぬんと祈る。全く、祈りというものを知らない者の、戯言である。
神よと呼びかけて、はいと答える神ならば、それは、神ではなく、魔物である。
葬儀の帰りに事故に遭うなど、霊障害である。
宗教の集いの後で、事故に遭いやすいのも、そういうことである。

藤岡の遺骨は、今、私の机の傍にある。
墓に入れる、納骨堂に入れるというアホなことは、考えない。
邪霊、悪霊の跋扈する場所に、置ける訳が無い。

遺骨の扱いについては、後日書くことにする。

2007年06月06日

もののあわれについて54

暁と 夜烏鳴けど この山上の 木末の上は いまだ静けし
あかときと よからすなけど このおかの こぬれのうえは いきだしずけし

暁とは、夜明け前である。
夜烏は、固有名詞ではない。夜に鳴く鳥である。
木末とは、木々の梢。

もう夜明けだと、夜鳥が鳴いていますが、この丘の木々の梢のあたりは、ひっそりとして、静まり返っていますよ。

朝になれば帰る夫を、少しでも留まらせたい妻の心であろう。
女の歌である。
しかし、静けさが伝わる。
万葉の静けさを、ひしひしと感じる歌である。佳作といえる。
舒明天皇の歌を思い出してほしい。
夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今宵は鳴かず 寝ねにけらしも

この静けさを忘れたらと考えると・・・現代という時代は不幸なのかもしれない。
伊勢神宮に参った時に、実に静けさを感じた。
都会では失われた静けさである。
ただし、騒がしさを私は否定しない。それが時代である。しかし、心に静けさを持つことは出来る。

静けさの中で物思うこと。それが、古代人を、万葉を理解する手立てである。
煌々とした月明かりの下で、静かに物を思う。
この静けさは、脈々と受け継がれている。
古今、新古今、西行等々。

さて、もう一首、静けさを歌うものを紹介する。

静けくも 岸には波は 寄りけるか これの屋通し 開きつつ居れば
しずけくも きしにはなみは よりけれるか これのやとおし ひらきつつおれば

静かに波が岸辺に寄せている。なんと静かなことか。この家で、それをじっとして、聞いている。
これを理解するには、多くの言葉が必要である。
少し、言う。
波の音を聞いている自分が、波の音に同化されているのである。静けさが単なる静けさではない。吾と、波が同化して、波が吾で、吾が波である。
これを、言挙げする仏教の信仰などは、解ったように、念仏が念仏するという説明をする。
私が念仏していては、まだ本物ではないとか、云々と、語る。語り尽くす。
禅なども、言葉に出来ないと言いつつ、語る。
しかし、私は言う。
この万葉の歌、一首に及ばない。
自然に同化して、自然に成る。観念に、同化しないのである。

仏に対する信仰という観念に、同化することなく、自然に同化する。これが、大和心である。
波の音が大地の呼吸となり、それを私が吸うのである。
その静けさは、太古からの静けさである。

心に、この大和心の静けさを取り戻したい。
まず、すべては、心から発する。
物質的繁栄も良し、環境の浄化も良し、世界平和の祈りも良し。その前に、我が心に、太古の静けさを持つことである。

草木も眠る丑三つ時とは、午前二時から、四時の間である。
最も、静けさの極まる刻である。
この時間を、人は眠る。だが、都会では、若者から、二十四時間のコンビニから、その他諸々が活動している。不幸であるが、それが現実である。
もっと、休息し、静けさに身を任せる時にと・・・

作者不明、読み人知らずの歌を紹介したが、いかに、庶民の感性が高かったか。それを思うと、万葉集は、素晴らしい伝統であると、改めて思う。
次から、作者のある相聞の歌を読むことにする。

2007年06月07日

もののあわれについて55

磐姫皇后、天皇を忍びて作りませる御歌四首
いはのひめのこうごう、すめらみことをしのびてつくりませるみうた四首

君が行 け長くなりぬ 山尋ね 迎えか行かむ 待ちにか待たむ

け長くとは、けは日をいう。日に日にという場合、作歌の用語の上では、日に、けに、と使う。日数が長くたちましたという意味。
山尋ね 迎えか行かむとは、山道を尋ね探して、私の方からお迎えに行ってはいけないだろうかという意味。

あなたが出られてから、多くの日が過ぎました。じっと、ここでお待ちしていましたが、待ちきれません。山々を尋ね探して、お迎えに出てはいけないでしょうか。しかし、このまま、お帰りをお待ちしているべきでしょうか。どうしたらいいのでしょう。

かくばかり 恋つつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを
かくばかり こいつつあらずは たかやまの いわねしまきて しなましものを

恋つつあらずは、ずは、打ち消しの助動詞。恋しい思いをしているよりは、という意味。
高山の 磐根し枕きてとは、高い山の磐根を枕として、死んで墓所の磐屋に葬られることをいう。
こんなに、あなたを慕っています。いっそのこと、高い山の磐根を枕にして、死んでしまったほうが幸せです。

ありつつも 君をば待たむ うち靡く わが黒髪に 霜の置くまでに
ありつつもとは、いつまでもという意味。
うち靡くとは、うちは、意味を強める接頭語。なびくは、長い黒髪が夜更けの風にさらされて、なびいている様。
いつまでも、ここに立ち、あなたを待っています。夜明けの冷たい風に吹かれて、なびく黒髪に、霜が降りても、じっと待っています。

秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 いづへの方に 我が恋やまむ
あきのたの ほのえのきらふ あさがすみ いづへのかたに わがこいやまむ
穂の上に霧らふは、豊かに実った穂の上に、霧らうは、霧が立ち込めている有様。
いづへの方にとは、秋の朝霧が、いづこともなく消えて行くようにという意味。

秋の田の、稲穂の上に深々と立ち込めている朝霧は、やがて、いづこへ消えてゆくでしょう。そのように、私の恋の思いは、いつになったら、消えて去るのでしょうか。
これは、去ることはないと言う。反語的歌である。

この歌は、伝承歌として伝えられたと考えられる。
仁徳天皇の頃の、古文体ではない。しかし、相聞歌の巻頭に掲げられる。
耳から耳へ、口から口へと伝えられた。民謡のごとくにして、歌われた。
恋する人妻の、「たしなみ」のきいた相聞、恋の歌である。
たしなみとは、抑制である。これは、分を知るという言葉に通じる。これが、身だしなみになった。また、人に意見することを、たしなめるという。
たしなみとは、だらけていない状態。緊張感のある状態。そして、抑制がきいている。それが、いずれ、奥床しいに、続いてゆく。
ありつつも 君をば待たむ うち靡く わが黒髪に 霜の置くまでに
有名な歌である。
人間の最も、崇高な行為は、待つことである。待つことに耐えることが出来るというのが、人生である。
精神鍛錬でも、待つことが、最も大切とされる。

一時期、女だけが待つなんて、不平等だ、などと言われた時代があった。男女平等という、耳障りの良い言葉である。
男を待つだけの女だという歌の文句もあった。
これらは、極めて遺憾である。そういう意味で、万葉を読むと、理解出来ない。何度も言うが、通い婚の時代である。恋とは、待つことだったのだ。この、女性の待つ行為が、平安期に、源氏物語として、結実する。
日本の伝統には、女性の行為が、底流としてある。女性の心情が大和心を作ったともいえる。もし、女性性、男性性として、見るならば、日本の伝統は、女性性が強い。
女性性は、母性に行く。母性心情の強い、大和心である。ゆえに、大和の、和とは、やわらぎなのである。
大和魂の根底には、母性がある。
古代は母系社会である。
推古天皇の頃に、隋との関係を持つべく、小野妹子が、派遣される。その際、倭国の王は、男王であるとする。つまり、聖徳太子を倭国の王としているのである。
女王であれば、礼儀が無いと言われることを恐れた。
中国では、男王が当たり前であった。男尊女卑は、中国からのものである。
鎌倉、室町、戦国時代と見れば、中国思想にやられていた時期である。もし、大和心が続いていれば、そのまま、女性性の文化が続いた。しかし、屁理屈が入ってきて、男尊女卑が当然の如くになった。

さて、相聞、恋の歌、恋愛の歌は、万葉集の一大特徴である。
恋の心、心情に乗せて、物の在りかを観た民族である。
恋に死ぬことを、善しとした。
もののあわれとは、恋を感じる心から始まる。本居宣長の「もののあはれ」も、源氏物語の、そこから発している。
恋に、心のすべての働きを観たのである。ここが、欧米のインドの中国の哲学や思想と、全く意を異にする。恋は、教えられるものではない。自然に湧き上がるものである。それは、自然の様と同じである。自然の中にも、恋がある。
古今集の冒頭を以前紹介したが、すべのもので、歌を歌わないものはないと言う。
そしてそれは、歌は、恋から生まれるということである。
大和心の根底に恋がある。
もののあわれとは、恋に尽きる。
それでは、恋を大和言葉でみる。
恋は、乞うである。魂乞いという。相手の魂を呼ぶ行為である。相手の、たまこいを、恋というのである。
好くとは、吸うことである。相手の心を魂を吸うのである。
恋の別表現が好くということであり、それが、また相手を吸うのである。そして、私と一体になることを言う。
イザナギの命と、イザナミの命が、交わる時、欠けたところに、張り出たものを、合わせて、一つになる。セックスの表現である。互いに、与えることと、乞うことによって、成り立つまぐわいの行為である。
実に、神聖で厳かな男女交合である。
古代の性交は、ピストン運動は無かった。
交合は、静かに射精を待つものだった。つまり、抜き差しではない。交合である。一体になったまま、射精を待つ。それが性交のあり方だった。
快楽としてのセックスをのみ、見る現代人には、理解出来ない。
それ以上の快楽を知っていた。そのままに、射精を待つのであるから、実に深い気の交流があった。
気の交流とは、水と風の流れである。
体液と、体の気の流れが、交合する。それを一度経験した者は、相手が自分になる。命の交合であるから、相手と一体、一心同体である。それを実感として、感じた。
一人の女を愛しつくすことは、すべての女を愛しつくすことにつながったのである。
数多くの異性遍歴をした者は、それを知ることがない。一人を愛しつくすという、もののあわれを知らなければ、どんなに多数の異性と交わっても、詮無いことである。
そして、もう一つは、性は、異性を対象とはしない。同性も同じように対象となる。
それも、理解する必要がある。異性との関係と、同性の関係は、全く別物であった。それを知らなければ、より、恋の意味を知ることはない。
古代は、未分化だったのではない。実に、真っ当だった。
古代文明を探る時、それが目暗ましとなって、真実を見逃す。
異性愛とは、同性愛という言葉の後に出来た。それほど、同性愛が、当然であった。そして、それと、これとは全く異質のものであった。
ギリシャ哲学が、同性愛を、異性愛より上位に置いたのには、訳がある。
これを語るには、別にする。以下省略。

恋にあり もののあわれの あわれとは 恋の心に 死を賭けるなり 天山

2007年06月10日

もののあわれにいつて56

さて、もののあわれについては、まだまだ続く。
途中経過で、和歌の朗詠から、大和言葉の出し方を言う。

先の磐姫皇后、天皇を忍びて作りませる御歌から。

かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを

朗詠する。
かアくウばアりイイーイイーイ
こオいイつウつウあアらアずウはアアアーーーアア
たアかアやアまアのオオオーーーーーオオ
いイわアねエしイイイイまアきイてエエエーーーーーーエエ
しイなアまアしイイイーーもオのオをオオオーーー

上記、子音より、母音が多いのかが解る。
日本の歌全般、このように、子音より、母音が多いのである。
歌詞に関わらず、母音が日本語の命である。

他の歌も、すべて、このようになる。
それが、日本歌曲だろうが、童謡だろうが、演歌だろうが、はては、民謡、長唄、清元、常磐津、小唄、端唄等々、皆々、母音に帰する。

それでは、声楽家が歌う日本語は、どうか。
私のお墓の前で泣かないで下さい。
わたしのおはかのまえで なかないでください
わーたーしーのーおーはーかーあーのーまーえーでー
となる。
母音が空虚なのである。
まして、ベルカウントになると、あーとか、ぅおーとしか聞こえない。何を言うのか、解らないのである。
わぉわぉーーわぉわぉーーーーーー
であるから、始末に終えない。

いくら情感を込めても、駄目である。自己陶酔である。
聴いてられない。
要するに、日本語になっていない。
けっして、ずなるのではない。
ずなるとは、大声で叫ぶことである。
母音さえ、しっかりとしていれば、繊細微妙な響きでも、遠くに届く。
それが、藤岡宣男の日本語の歌であった。

藤岡宣男の歌には、もののあわれがある、と言うと、漠然であると言う者がいる。
これから、もののあわれについて、益々語ることにするが、藤岡宣男の歌にある、もののあわれが、単に、漠然としているのではないことを言う。
藤岡の日本語の歌を聴くことである。
私が言う、母音の響き、確実であり、それが、ずなるのではなく、歌うのである。つまり、歌の響きがあるのである。それは、母音の響きである。
あを、アォーと発声しない。
いを、イォーと発声しない。
以下省略。

ひ、という音を藤岡が、発声した時、と、と聞こえたという人がいた。
それは、ひィーではなく、ひイーと母音を強くした時である。
それは、私にも、し、に聞こえた。
い、き、し、ち、に、ひ、はイの母音に行き着く。
しは、she ひは、heであるから、ひは、ひィーとすると、ひに聞こえる。

何を言いたいかというと、それほど、藤岡は、母音を大切にしていたのである。
しイも、ひイも、同じ強さでよいが、歌うと、ひイーとすると、しに近く耳は捕らえるのである。

しかし、ひイが正しい。
だが、しと聞こえる人がいるゆえに、ひィとしたのである。

私は、ひ イと、区切って歌う。
ひ、ウン、イー、となる。

思い出るひイー
おもいいずる、ひ、イーとなる。

もののあわれを、歌で表現するには、歌にするための、日本語の発声が必要であることを言う。
それは、漠然としていものではない。
明確なものである。

2007年06月11日

イスラム1

「げに、アッラーの目より見て、汝らのうちにて最も高貴なるものは、汝らのうちにて最も敬神の心深き者なり」
一人一人が、神の前に裸である。
高らかに、ムハンマドは声を上げた。

ベドウィンたちに個人という意識は無かった。彼らは、個人が単位ではない。部族が単位である。その部族の元は、血である。一切は、血族である部族による。それが、生きるモラルである。何人も、それを犯すことは出来ない。

ムハンマドが声を上げたのは、キリスト誕生から600年を過ぎた頃である。
ムハンマドの存在は、内にも外にも、絶大なる影響を与えることになる。
というより、絶大なる抵抗と、烈しい迫害である。
これぞ、新興宗教といえる。

ローマカトリックに代表されるキリスト教が、異端を抑えて、隆々として世界制覇を掲げていた。
法王の権威は、王をも凌ぐになるのである。
カトリックの最大の異端は、ネストリウス派であった。彼らの、教義は、イエスを最も神に近い人間とした。三位一体の教義を、真っ向から否定するものである。
父と子と聖霊は、同格なのであるが、ネストリウス派は、三位一体説をとらなかった。カトリックは、皇帝と結び、徹底した異端審判を行った。

ところが、別の角度から、ムハンマドが、それを言う。
イエスの神聖を否定し、人性だけを認めた。
つまり、イエスは、旧約の預言者たちと同じ格なのであり、ムハンマドも、その一人であると宣言した。
カトリックが掲げる三位一体を徹底して糾弾した。
自分も、そのセム的一神教の預言者の最後を飾る者であると、高らかに宣言したのである。
神に、父や子があるか、神は、御一人である。これが、ローマ教会を激怒させることになる。そして、教会は、イスラムに対して、武力攻撃を決意する。それが、あの十字軍である。

イエスが、ユダヤ教の完成を言うように、ムハンマドも、旧約の神を神とする。つまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、共に、旧約聖書を聖典とするのである。
ユダヤ教は、今でも、救世主の出現を待ち、キリスト教は、新約聖書により、旧約がイエスによって完成し、イスラム教は、ムハンマドが、最後の預言者であるとする。
ここに、三つ巴の戦いが始まるのである。

話は別だが、私が三蔵法師玄奘を調べた時に、かれの通った道の国々は、すべて仏教を信奉していた。しかし、ムハンマドがアラッーの教えを開始すると、それらの国々は、皆、イスラムに転向した。それが、私の謎である。
確かに、イスラムは、シリアを取り、エジプトを取り、メソポタミアを取り、ペルシャを取り、インドを取り、北アフリカを取り、遂にはスペインにまで至ったのである。
それは約百年の間のことであるから、驚く。

これは、私の偏見から言う。
武力で成る布教により、人は信仰を受け入れるのだろうかということである。
敵を想定しない、仏陀の教えの方が、受け入れやすいと考えるのだが、世界は違うようである。
人の心にある、怒りや、憎みを最大限に生かしきることで、成り立つイスラムという宗教の信仰を正しく理解するには、大変な努力が必要である。
出来る限り、虚心胆管にして、冷静に見つめてみたいと思う。

ただし、私は学者ではない。私の霊学からも、口を挟むことになる。

異質なものを理解する行為は、今こそ必要である。
イスラム圏に出掛けていた日本人は言う。彼らは、気違いだと。真っ当な会話すら出来ないと。
あまりにも、彼らの思考がこちらと違うということである。
世界に、こんな考え方があったのかという驚きである。

国際感覚などとは、まだまだ遠い。
知らないものを、知らないと認めないと、何も始まらない。

イスラムを理解ために、ムハンマドをまず、見つめる。

イスラム2

ムハンマドは、40歳前後から、不思議な夢を見て、しばしば異様なヴィジョンを見るようになる。
その頃、彼は結婚生活15年、ごく普通のメッカの商人であった。
年に一度は、メッカ近郊のヒラー山の洞窟に籠もり禁欲生活をする。

召命、つまり神に選ばれるという意味、の年も、ムハンマドは、家族を連れてヒラー山にお籠もりに出た。
ラマダーン月のある夜のことである。
突然、彼に超自然的な、あるものが臨んできた。
天使ガブリエルである。
大天使は、ミカエル、ガブリエル、ラファエルである。
ガブリエルは、聖母マリアに、受胎告知をした天使でもある。

天使ガブリエルが、衣を手に、「読誦せよ」と命じた。
「私には読めません」ムハンマドが答える。
すると、天使は衣をムハンマドに被せて押さえつけた。
さらに、「読誦せよ」と言う。
しかし、ムハンマドは戸惑う。
ついに、「何を読誦するのでしょうか」と尋ねると、天使は答えた。

「読誦せよ、創造し給える汝の主の御名によりて
 主は人間を一滴凝血より創造し給えり
 読誦せよ、げに汝の主はこよなく
 仁慈のこころ厚くして 
 筆によりて教え給えり
 人間に、未知のことどもを教え給えり
 人間に教えてもってその蒙を解き給えり」

蒙とは、迷いである。

ムハンマドは、しかし、その体験を恐怖と驚愕に捕らわれて、真意をつかめなかった。
初めは、悪霊か、妖怪に取り付かれたのではないかと思ったのだ。
当時、妖霊、ジンというものの存在が信じられていた。ムハンマドは、それに取り付かれたのではないかと思えた。
実に、気の弱い男であった。
彼は、そういう体験をすると、がたがたと震えて、恐れ、妻の元に駆け込んだ。
しかし、妻のハディージャは、これが妖霊の仕業ではなく、神のものであることを疑わなかった。つまり、ムハンマドの最初の信者は、妻だった。

ここで、天理教の中山みきの、場合を見る。
彼女も、天の将軍という霊に、選ばれた者である。
「みきを貰い受ける」という神の言葉に、家族が動揺し、迷っている三日三晩、みきは、神罹るのである。
選ばれる、これを召命、しょうめい、という。

精神病理学から、幻覚、幻聴という病と診る場合もある。
それが、その本人の人生を、がらりと変えてしまう場合がある。
さて、彼らは、どうだったのか。

神の声が聞こえるという少年に会ったことがある。
その声ゆえに、活動が出来ない。寝たきりであるという。
その声は、常時聞こえる。
私は、病院を紹介した。
それ以来、入院を続けている。

旧約聖書の預言者も、そのようにして、選ばれた者が多い。
突然、召命されるのだ。
しかし、私の霊学からいえば、突然召命されるということは、有り得ない。
それが突然に、思えるだけであり、本人の潜在意識は知っている。または、それを望んでいたといえる。

ここで大切なことは、必ず、既成の宗教が元になるということである。
それらと、一切、切り離されたものにはならないのである。つまり、解釈の仕様がない。
故に、ムハンマドも、セム人の人格的唯一神との接触をのみ、考えた。

旧約聖書から、逃れられない。逃れられなかったのである。
天使ガブリエルというのも、最初は、聖霊であると、彼は言った。後に、天使ガブリエルと言う。

人は、在るものからしか、物事を解釈出来ない。
無いものからは、理解出来ないのである。

天理教の中山みきも、結局、神道に寄り、天理王の命という名の神の名を呼ぶ。そして、教義は、神道から借りるのである。
古事記が教義の母体にある。

勿論、神に名前は無いから、何と呼んでもいい。

インドのマザーテレサの場合も、そうである。
目の前に主イエスが現れて「私は乾く」と言う。
それが、マザーテレサの活動の発端となった。

通常は、有り得ないことである。
幻覚、幻聴である。
それが、意味深いものであることを、感じ取る。

普段の生活の中での、何気ないことからも、超自然の声を聞くこともあるはずである。
そして、それが本当である。
普段の生活の中にある、真理の声である。
しかし、今は、これに多く触れない。


2007年06月12日

イスラム3

召命、しょうめいとは、神からものであると、いわれる。
しかし、それを証明する、何物もない。

古神道では、必ずサニワという、診断する者がいる。その神からの言葉が、真実、神からのものであるのかという。
勿論、日本には、神々がいらっしゃるから、どの神であるかも見抜くことが必要である。

ムハンマドが、自分は神の使徒であると、確固たる心境に達するには、相当の時間が必要だった。
多くの旧約聖書の預言者が、そうであったように、ムハンマドも、旧約聖書の、生ける神に、捉えられる。預言者の多くが、そうであるように、彼も、戸惑い、出来れば、それから逃れたいと思った。

ムハンマドは、六世紀末に生まれ、七世紀の前半に活躍した。
資料の少ない古代の人ではない。すでに、この歴史の中で堂々と、活動した人物である。
史実としても、創作の余地はない。
しかし、召命を受けた後のことは、しっかりと記録されているが、それ以前、40歳前の彼のことは、不明である。
メッカの一市民だったものを、誰も記録などしない。
その点で言えば、ムハンマド伝に関しては、召命前のことは、想像の内である。

さて、ムハンマドが、神の使者として活動を始めても、それは、何事もなかったかの如くであった。
メッカ市民に、街角に立ち、神についてを語りだしても、何のことはない。当然のことであり、神というものが、当然のことであるから、誰も真面目に聞く者は、いない。神のことを聞くならば、聖殿に行けばよい。

最初の信者になったのは、彼の妻、ハディージャである。そして、次の信者は、矢張り、身内の者から出た。
ムハンマドの後継者になる、アブー・バクルの入信である。彼は、第一代のカリフとなる。
バルクは、当時のメッカでは、クライシュ族の中で、指折りの豪商であった。その清廉潔白な性質と、穏やかな人柄は、多くの人の尊敬を集めていた。
彼は、ムハンマドの新興宗教に、その膨大な財産を提供した。
そして、それ以来、ムハンマドと終生共に、過ごすことになる。

次に、第二代のカリフとなる、ウマルが入信する。
それにより、新教団は、基礎を築くのである。
しかし、最初は、上流階級や、金持ちより、社会の下積み、虐げられた人々が圧倒的多数、信者になった。

血筋、生まれを無視して、人間の素のままに受け入れるという、新宗教の教えが、貧困階級の人々に、喜びを与えた。

これは鎌倉仏教の中の、浄土宗、法然の活動に似る。
貴族の仏教、救われる者は、僧になるものという、差別の仏教を、念仏により誰もが救われると説いた。老若男女問わず、救われるという、一大画期的な教えを説いたのである。
その弟子には、更に、その救いを深める親鸞も集った。
阿弥陀仏が、一人でも救われなければ、私も救われないという、願を起こした。その願に、ひとえに頼る、絶対に頼り切る、つまり、絶対他力である。
その阿弥陀仏に、帰依する。
南無阿弥陀仏と、唱えることで救われる。
阿弥陀様に、帰依すると、宣言することで救われると説く。
法然の説教には、身分を超えて、人々が集った。溢れた。

勿論、今の浄土宗は、その頃の熱意はない。惰性と、組織のシステムに陥り、寝ぼけた信仰を持って、まだ、救いの妄想の中にいる。
阿弥陀というのは、観念であり、人の想像した、無いものであるから、架空のものに、帰依しても、どうしようもない。単なる、自己満足、自己陶酔である。
最後は、自己催眠であるから、気の毒である。

霊界に 阿弥陀の世界 尋ぬれば 行けども無けれ 風吹くのみて  天山

現代であれば、貧乏人と、病人ばかりと言われた、創価学会がある。
当初は、そんな中で活動を始めたが、今では、世界に広がる、堂々たる宗教団体となった。
それは、日蓮法華経に帰依する。
特徴は、題目を上げることは、折伏することと同じである。
折伏とは、説き伏せることである。
言論の暴力を持って、説き伏せる。その根拠は、法華経にある。法華経こそ、仏陀の最後の教えであるという確信である。
法華経を教えるために、仏陀は、多くの喩えを伝えた。行き着くところは、法華経にあり。

法華経の作者は、誰であろうか。仏陀は、一切の書き物を残していない。
経典といわれるものは、すべて、後々の作者がいる。
仏陀、滅後、500年を経て、経典が書かれるのである。
まして、それを、漢語に訳したものを読経しての、法華経である。漢字をすべて、音読みする。その解釈は、いかようにでも、出来る。
何が正しいのかを、誰も知らない。

日蓮も取る、天台の教え、一念三千世界というものも、単なる哲理に過ぎない。それを真理とは、言わない。一人の寝ぼけた、哲学である。その根拠は、無い。一つのものの見方、考え方である。つまり、言葉の遊びに始終するのである。

だが、この法華経を経典として、立ち上がる新興宗教は多い。
立正佼成会、霊友会等々、小さなものを入れても、膨大な数の宗教がある。

宗教も進化すると考えると、確かに、既成の聖典に乗り、そこから始めると楽である。
全くのオリジナルは、大変な労力を使う。
必ず、その前身があるのだ。

霊能か、思い込みか、はたまた詐欺か、それを鑑定するには、大変である。
神懸かる、神に憑かれると言っても、その神の種類を見極めるのも、大変である。

人の見えない世界のことであるから、正しいとか、誤っているとかを、簡単に言うことが出来ない。

ムハンマドに懸かった霊は、一体、どのような霊だったのか。つまり、それは、イスラムというものが、どのようなものであるかを知ることになる。

演歌

氷川きよし、という演歌歌手がいる。
あれほど、上手くならない歌手もいない。
デビューして、何年経つのか。
今は、育てるということをしないようである。

デビューした時は、少し期待したが、もう、残念である。
ただ、使い回されている。
歌心というものがない。ただ、勢いで歌う。
あれならば、声楽家と変わらない。

少ししたら、声が震えるようになる。ビブラートではない。単に震えるのである。
森進一のような、独特の声質でもない。
あのままでは、駄目になる。誰か、きちんと指導しないのかと、思うが、あの世界は金儲けであるから、売れなければ、次を探すのだろう。
哀れである。

シングルの新曲を二枚出すという。それは、実に珍しいと言う。
哀れである。
売れなくなった時、始めて解るだろう。誰も助けない。
彼のファン層の多くは、もうじき死ぬ。

さて、演歌という歌は、日本人の歌である。日本人だから、説明抜きで解るものだ。
その作詞も、五七調、七五調である。
字余りで聞かせる歌手に、長渕という歌手がいる。たいしたものだと思う。しかし、あれも演歌である。

演歌というジャンルは無いという人もいるが、それは、演歌の発祥を知らないからだ。
演歌は、演歌師から始まる。
明治の初期である。
時の政府を批判し、世相を斬った。
人に解りやすく、歌で、演題を説いた。
しかし、政府に禁止される。そこで、演歌師たちは、地方に出る。そして、次第に、人の心模様も歌うようになる。叙情歌の始まりである。

竹久夢二の「宵待ち草」が有名である。
ついには、ヴァイオリンを持って歌った。そして、それは、昭和初期まで続いた。
演歌とは、伝える演題があるということである。
伝えたいものがある歌を、総称して、演歌という。ならば、歌は皆、演歌である。

歌謡曲とは、戦後、政府が作った言葉である。
しかし、演歌という言葉に適わない。
歌謡とは、平安期からの歌を言う。歌謡の意味を書くと、これは大変な文芸論になる。
歌は、謡であり、詠いである。それは、また、伝統である。

便宜上、童謡、唱歌、演歌、歌謡曲と区分けるが、歌は、皆、演歌である。
伝える心を、歌心という。
伝えるものがない歌は、空虚になる。それが、声楽家の歌である。
発声の問題ではなく、頭の問題である。

氷川きよしの歌が、声楽家の歌に似る訳である。

2007年06月13日

殺されて

殺されて はじめてわかる 自衛権     天山

どうしても、こうしても、殺されたい人間がいるものである。

日米による先制攻撃を、野党、そしてアホな市民が反対する。
集団的自衛権行使と言う。

一度、死んだ方が、マシなのだろう。

日米安全保障条約第5条では、日本領域での日米いずれかへの攻撃に対して、共同防衛が記されている。しかし、これは、主体的に日本が行動して、はじめて機能するのである。

政治家ならば、それくらいのお勉強をしていても、よかろう。

共産、社民は、税金の無駄である。政党と、認める訳にはいいかない。
そして、左派のアホである。

私は、昔、右派、右翼系だと言われた。
私は、言った。
カミだと。
そう、私は上である。右でも左でもない。
私はカミである。

理想的な人間は、右派、左派と同時に働く。
脳が、そうである。
新皮質と旧皮質が働く。
新は、左派であり、旧は、右派である。

そのバランスを取ると、カミ、上になる。

日米による、先制攻撃を「集団的自衛権行使」として反対するという、その根性は、殺されてもいいということであると、理解する。
また、日本が先制攻撃をしなければ、アメリカが動かない場合もある。

北朝鮮は、アメリカとの取引で、日本にミサイルを発射すれば、10分で主要都市に到達する。よくよく考えるべきである。
空論を玩ぶアホが多数いる。
その間に、日本は壊滅する。
危機意識欠如の何物でもない。

矢張り、死んだ方が増しであろう。

キリストの絶唱11

奇跡は続く。
今度は、12歳の死んだ娘を生き返らせる。

イエスは多くの人が、泣いたり叫んだり、大騒ぎしているのをごらんになり、中に入って、「何を泣きさわいでいるのか。子供は死んだのではない。ねむっているのだ」とおおせられた。人々はかれをあざ笑った。・・・
子供のいるところにはいり、子供の手をとって、「タリタ・クム」とおおせられた。それは、「娘よ、私は命じる。起きよ」という意味である。すると娘は起き上がって歩き出した。

イエスは、このことを誰にもしらせるなと、かたくかれらをいましめ、また、娘に食べ物を与えよとおおせられた。

人に知らせるなという意味は、近くにいた人のメシアニズムがあまりに未熟だったからだと、聖書解釈にある。
嘘である。
死人が生き返ったのだ。話は、瞬く間に広がる。
こういう箇所に、イエスの悪魔的行為の瞬間を見るので