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キリストの絶唱13

天地創造の神が、それを後悔するという図は、笑える。
全知全能でもなんでもない。人間と同じである。

地上に人の悪が増しということは、どういうことであるのか。
つまり、神を拝まないということであろう。
それが、人格神たるゆえんである。

天地創造から、進化論との戦いが、今でも行われているが、古神道から見れば、また、真っ当な霊能者から見れば、真実は、明白である。

人類発生は、一面的ではない。
まず、進化論である。その通り、進化論で出来た人間もいる。
天地創造で、造られた人間もいる。
そして、ギリシャアに代表される、地球外惑星から、降り立った人類もいる。

進化論のアメーバーは、イザナギの命と、イザナミの命の最初の子である、ヒルコが、障害を持って生まれた、アメーバーである。それを、海に流した。辿りついたところが、今のアフリカであろう。

天地創造で造られた人間は、旧約の神々の、つまり、彼らはアンドロイドであるから、この地球に、自分たちに似せた人間を造ったのである。
われわれに似せてという、言葉通りである。

さて、日本人は、アメーバーから進化した人間と、天孫降臨した高天原霊界からの霊人とのハーフということになる。

旧約聖書の天地創造は、たかだか、一万年程前を言う。
日本列島が、大陸から、離れたのは、一万二千年程前である。
ただ今、人類の歴史は、どの程度のものであろう。

実に、しかし、旧約聖書の創世記は、アフリカの言い伝えからの借用であり、それを、イスラエルの民に、結びつけたものである。
選ばれた民、イスラエルの民と壮大なドラマに仕立てたのである。

ノアの箱舟で、生き残った者に、神は「生めよ増やせよ地に満ちよ」と言う。そして、その通りになった。
イスラエルの民どころではない。
セム族といわれる民は、メソポタミア文明を築き、後のイスラム帝国までに至る。

旧約聖書がイスラムの聖典でもある訳である。

出エジプト記で、モーゼが、あなたたちの先祖の神であるという、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神から、啓示を受ける。
主なる神はモーゼに言う。
「さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。「あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決したした」と。
ここから、イスラエルの民の放浪が始まる。

簡単に言う。
主なる神は、先住の人の地に行き、そこを与えると。
恐ろしい囁きである。

ユダヤの12支族という言葉がある。
昔、日本も、その一つだというアホがいた。
それらは、選ばれた民であるという。

旧約の神は、アフリカのある一部の地霊である。
唯一絶対の神ではない。
多くの地霊の一つである。

その流れの中にある、イエスキリストの教えであること、重々考慮せよ。

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2007年06月21日 16:53に投稿されたエントリーのページです。

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