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みたび沈黙を破る4

藤岡の葬儀は、密葬で行った。
私一人で十分だったが、弟子、どうしても参加したいという方々、10名程度で行った。

葬儀という意味を知る人は少ない。

特に、私は古神道の形で、行う。意味の解らない者が出席しても詮無いことである。
なんとなれば、古神道の場合は、皇祖皇宗の臨在を願い、天津神、国津神、産土神、そして、藤岡家の御守護神、そして藤岡の守護霊の臨在を願う。

要するに、恐れ多くもである。

単に、仏式の葬儀に慣れている者に、その重大な意味が理解されるはずもない。
勿論、神などいない。また、死んだら終わり、霊など、いないと思う者が臨席することは、タブーである。

藤岡とのお別れするなら、別の方法がある。
神聖な古神道の葬儀の場に出られる人は、限られる。

何様のつもりと思うなかれ。
日本人でありながら、皇祖皇宗の天照御大神を知る者は少ない。単なる、神話の神であると考えている。
とんでもない、誤りである。
死んでも、逢うことは出来ない。

その降臨を願い奉りの、葬儀である。
気休めの儀式ではない。

私は、藤岡を高天原霊界の直系として、送った。
暴挙である。その時、藤岡の家系からも、切り離した。
藤岡宣男が単独で、自分の霊界を開けるようにした。藤岡霊界である。

信じる必要は無い。
信じてもらうために、書いているのではない。
密葬の意味を書いている。
葬儀に参加する者の、邪念は、実に愚昧であるから、多くの人の、参加を求めない。

勝手に藤岡の冥福を祈る人も多々いたはずである。
しかし、その彼らの思い、霊界に通ずるのは、至難の業である。
霊界に思いを通じさせるということが、どんなことかを知らない。
単なる、レベルの低い霊界に入るならばともかく、私は、藤岡をある霊界に押し上げるべく、祝詞を上げた。
どこの宗教の霊界でもない。まして、藤岡の家系からの離脱を促した。

簡単に言う。
宗教の霊界のような迷いの霊界ではない。
仏教、キリスト教、その他諸々の霊界は、実に、レベルが低く、話にならない。
極楽だの、天国だの、弥陀の世界だの、皆々、妄想である。
そんな世界は、霊界には無い。

日本仏教の霊界などは、話にならない。勿論、キリスト教霊界などもである。
そして浮遊する霊、幽霊である。
皆々、霊界などに行かない。今、この次元にいる。
そして、それらは、どこにいるのかも、知らないというから、呆れる。
新興宗教などは、哀れである。

以下省略する。
兎に角、密葬の意味を言う。

藤岡は、自分の遺骨をも、見ていた。
その後の様子も見ていた。
一人一人の心の中まで、お見通しである。
死人に口無しであるから、何も言わないが、すべてを見通している。

いくら宗教の教義、教学を学んでも、死後何の役にも立たない。
それから言っておく。
祈りの意味の知らないものが、いくら念仏しても、題目を上げても、主の祈りを唱えても、それは、自己暗示、自己催眠であり、自分を巻くのみ。それを自念という。そうして、精神を病む。
プロテスタントの、寝ぼけたような言葉の祈りは、害毒である。
神よ、今日ここに云々かんぬんと祈る。全く、祈りというものを知らない者の、戯言である。
神よと呼びかけて、はいと答える神ならば、それは、神ではなく、魔物である。
葬儀の帰りに事故に遭うなど、霊障害である。
宗教の集いの後で、事故に遭いやすいのも、そういうことである。

藤岡の遺骨は、今、私の机の傍にある。
墓に入れる、納骨堂に入れるというアホなことは、考えない。
邪霊、悪霊の跋扈する場所に、置ける訳が無い。

遺骨の扱いについては、後日書くことにする。

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