美しい讃岐の国は、国柄がすぐれているからであろう、その風光は、素晴らしく、見飽きることがない。
この国を、しろしめす神様の格の高さもそうだろう.。
国土は、神々しいばかりである。
天地日月と共に、永遠に満ち足りてゆくことだろう。
神様が御生みになった国として、昔から語り継がれてきたこの国の、中の入り江から、船を漕ぎ出して来ると、時つ風が起こり、吹き荒れている。
沖には、とひ浪が立ち狂い、岸辺には、白波が立ち寄せる。
風波の海を、恐れかしこみ、楫を引きたはめて、あちこちの島を見て、名の美しい狭岑の島の荒磯に船を寄せて、仮の宿りとしてみると、絶え間なく浪の打ち寄せる浜辺を枕として、岩と石の荒磯を寝床として、臥せっているあなたを見た。
ああ、私が、あなたの家を知っているならば、あなたが、ここに寝ていると、知らせてあげましたのに・・・
奥様が、知れば、飛んで来たでしょう。
こんなことになっていることを、知らない奥様は、今頃、あなたが、どこにお過ごしかと、おぼつかなく思っていることでしょう。
不安のうちに、帰りを待ち焦がれているでしょう。
何も、知らない、愛しい奥様は・・・
たまたま発見した、水死体の人を、このように歌うという神経はと、考える。
格調高く歌い上げた人麿の、詩魂とは・・・
古今最大の歌人と呼ばれる人麿の歌を通して、大和魂と、もののあわれを、観ることにする。
たまたま目にした水死体を歌うのに、まず、讃岐の国の美しさから始まるという余裕である。挽歌といわれるイメージが、ここで考えていたものとは、別物であるという驚きがある。
国からか、神からか、とは、実に雄大である。
そして、仮の宿りをする様を言う。
ようやく、死体を発見する。
ここでまた、驚く。
より臥す君がと、死体に対して、生きる者に語りかけるように、敬語を使うのである。
そして、その死に対して、何の感情もない。
ここで、古代の人の、死に対する考え方が解る。
死は、一つの状態なのである。
つまり、魂の抜けたもの。
物になっている。
死が人間の消滅を言うものではないのだ。
これほど冷淡に死体を見るとは、死は、状態にしかならない。
つまり、人は、死ぬ者ではないということ。
ここに、無常観なるものは、一切無い。
勿論、人麿の心には、死の悲しみはあったが、それ以上に、人が、今言うような消滅するものではなかったのである。
つまり、人間は肉体のみではないということを、確実に知っていた。
何度も言うが、死は、隠れることなのである。
どこにか。
霊の世界にである。
魂の世界にである。
現世から身を隠し、次元を別にして、存在する。
それが、八百万の神の意識である。
人は、隠れて神に成る。
これが日本の伝統である。
命、みこと、の自覚である。
ここで、大和言葉をみる。
しイとは、死という外来語の意味ではなかった。
しイとは、行為もたらす言霊であり、音霊である。
言霊では、しにゆく、と今でも言う。それは、何かを行為することを言う。
死にゆくという意味ではない。
しイとは、大地との関わりの音霊である。
それでは、かみという言葉は、どうか。
神に関しては、多くの人の節があるが、大和言葉としての、かアみイとは、何か。
か行の、かきくけこ、をみると、けエなどは、食うこと、きイは、木の元での行為をいう。
かアとは、集団の立場に立つ時に使用される。
かアみイは、集団を人と人を結ぶものとして認識された。
欧米の、神との違いを、ここで明確にしたい。
唯一絶対の神という観念は、日本には、無い。
死も、神も外来語である。
また、その観念も、無い。
人は死ぬ者ではない。
肉体を失えば、肉体から抜け出た者は、集団を結ぶ、命、みこと、という存在になる。
それが、神という言葉で、表された。
だから、最も日本人の死に対する言葉で、理想なのは、隠れるという言葉になった。
死は、神上がり、つまり、崩なのである。
連綿としてつらなる祖先の霊と共に、別次元にて、存在するという意識が、最も正しく死という状態を把握するのである。
古代、太陽信仰の元では、死者の霊は、山に戻るとされた。
山から、自分たちを見守るのである。
仰ぎ見る太陽の元に行く日まで、霊は、山に留まり、我らと共にある。
思いに残る霊は、山に留まっているが、思いにない霊は、太陽の元に行くのである。
集団を結ぶものは、山の祖先であり、太陽であった。
ゆえに、日本人の神観念は、我らに続く者である。それを、御親、みおやと呼ぶ。
神という言葉は、総称になった。
そして、亡き人を神として、尊称していう。
これが、日本の神の姿である。
神話にある神も、我らと続くものである。
断絶して、超越した存在ではない。
御親の総称とし、実在した方を代表して、天照大神という、それを太陽に象徴した。実に、真っ当な、考え方である。
さて、もう一つの死の姿は、別れである。
わアかアれエ。
人生最大の別れが、死である。
ただし、死滅ではないから、陰惨な絶望感を伴うことがない。
人麿のこの歌は、死者より、その妻に多くを語る。
この別れに巡りあえない、その人の妻を思うのである。
この歌には、日本の伝統であるもの、神の観念、自然観、人生観が、すべて表現されている。そして、死生観である。
もう一つ言う。
歴史観である。
時代区分ではない、心的歴史観である。
それは、古代と呼ぶような感覚ではない。
私も言う。
今が、神代なのであると。
人麿も、そうである。
今が、神代なのであると。
昔昔の話ではない。
遠く過ぎ去った時代を神代というのではない。
今、現在が神代である。
今は、たまたま、二千年前、それ以前を神代と呼んでも、これから先の二千年後の人々が、今の時代を神代と呼ぶ。
何を言いたいのか。
私は、過去が歴史だというのではない。今、現在も歴史であり、歴史は、心の内にあるものだというのである。
日本の歴史は、そのまま、私の心である。
私の心は、歴史の過去と断絶しているのではないということである。
戦後、日本人は、自由を得たと思い込んだ。
しかし、それは自由ではなかった。ただ、忘れただけである。そして、自由と思っていたことが、真実の自由ではなかった。単なる、手前勝手な行為行動であった。
自由には、責任が伴う。それを、知らない自由は、自由とは、言わない。
そして、あろうことか、歴史と断絶すると思い込んだ。
天皇に、人間宣言をさせて、本日から、別な国が始まったと思い込んだ。
アホか。
連綿と続く御親の歴史を捨てるという、愚かさである。
たかが、10年たらずの戦争によって、出来た観念をもって、すべてだと思い込む辺りは、よほど、お目出度いのである。
そして、野蛮な欧米の思想等々をもって、よしとする。
しまいに、嘘八百のマルクス主義だの等々。
日本人としての、霊感を持てば、嘘は見破れる。
非人間の思想、共産、社会主義等々、それらは、日本のものではない。
進化の過程にある、民族のものである。
国民を、公宝、おうみたから、と呼ぶ天皇の有様を知らない。
大和言葉を知らない。
しまいに、君が代の、君を天皇と解釈するという、アホ振りである。
大和言葉を知っていれば、君は、天皇ではなこと、明々白日である。
天皇は、大君であり、君ではない。
君は、集団のリーダーを言う。そして、君を任命するのは、大君である。
大君は、無私の心を持って、政を為す。
政とは、政治のみを言うのではない。祀ること、奉る、祭るである。
何をか。
すべての御親である。
すべての部族の御親を祀るのである。
だから、大君なのである。
天皇制云々という前に、大和言葉を云々せよ。
公宝である、国民が、いらないと言えば、天皇は、去るのである。それが、大君の有様である。
大君は、日本のどこにでも、心を飛ばす。
どこに災害、災難があっても、心を痛め、皇祖皇宗に祈る。
世界に、そんな存在は、天皇のみである。
唯一、軍というものを持つことが無かった、エンペラーは、世界広しといえども、天皇家のみである。
あの戦国時代でさえ、皇居は、丸裸である。
いつでも、天皇家を滅ぼすことが出来た。
あの、あの、信長でさえ、天皇家を焼き滅ぼさなかった。
比叡山のみである。
もし、万が一、信長が、天皇家に火を放ったならば、すべての国民を敵に回すことになると知っていた。
しかし、信長は、真宗や、比叡山などは、壊滅しても良いと考えたのである。
天皇は、御親の総称なのである。
我らの君の盾が、大君なのである。
これが、日本の秩序と法則である。