アブラハムに、子を授ける約束をした後、創世記は、ソドムとゴモラの滅亡を書いている。
これは、イスラムの記述とは、関係ないので、割愛する。
別な形で、いずれ紹介する。
ちなみに、ソドムとゴモラは、罪深い故に、神が滅亡させたといわれる。
罪の一つは、同性愛行為であったというのが、定説である。勿論、性の乱れである。と、言われる。ホモ嫌いの、神様であるから、当然であるのか。
そして、考古学的に、紀元前二千年以前にあった、村落が紀元前二十世紀から、十九世紀に突然、壊滅したことが明らかになっている。
しかし、そんなことを言えば、至る所、壊滅している都市はある。
すべて、自然災害である。
それを、創世記の作者は、こじつけたのであろう。
同性愛者にとっては、いい迷惑である。
だが、それは、一面的なものである。
性の乱れは、どこにでもあった。
勿論、アブラハムの周囲も、性の乱れだらけである。
要するに、女と何人関係しても、いいのである。一夫多妻である。
以下、省略。
さて、アブラハムの子のイサクが生まれた、というところから、始める。
イサクの生まれる前に、召使の女アガルの間にイスマエルという子が生まれていることは、書いた。
このイスマエルが、折りあるごとに、イサクを嘲笑し、なぶったりするのを、妻のサラがみて、アブラハムに言う。
「この家からイスマエルと母親を出してください」と。
これを聞いたアブラハムが、考えあぐねていると、「サラの言うとおりにせよ」という神のお告げがある。
そこで、水を入れた皮袋と、パンをアガルに与えて、立ち去らせた。
創世記では、このアガルとイスマエルとの記述がある。
水を失い、その子を離れた場所に置き、しょんぼりしているアガルに、神が天使を遣わして言う。
「アガルよ、どうしたのか。恐れるな。神は子のいるところに、子の泣き声を聞かれた。たて、子供を起こしその手を取れ。わたしはかれを大きな氏族にするであろう」
こうしてイスマエルは、ネゲブの南、シナイ山の北にあたるファランの荒野で生活し、母の里であるエジプトから妻を迎えて、末永く、その子孫を伝えた。
そして、その子孫が、アラブ人であると、以前に書いた。
「彼は野生のろばのような人となり、その手はすべての人に逆らい、すべての人の手も彼に逆らう。彼はすべての兄弟と仲たがいして住むであろう」
ムハンマドは、それを知らなかったのか、読んでいなかったのか。
自分の祖先が、このアブラハムの召使の子のイスマエルだということを。
荒くれた野生のろばのように、自由奔放で、荒野をさ迷い、土着民、つまりサラの子孫の付近に天幕を張って、絶えず略奪をはかるようになるのである。
それが、アラビア人の祖である。
サラの子孫とは、つまり、イサクの子孫である。
イサクの子孫も、イスマエルの子孫も、共に、アブラハムの子孫である。
妻と、召使の子である。
さて、アブラハムは、幸福の絶頂にいたと、創世記にある。
その時、神が言う。
「おまえの息子、おまえの愛するひとり子をモリヤの山に連れて行け、そして、その子を生贄としてささげよ」と。
「おまえの子孫を星のごとくに増やす」と言った神が、言うのである。アブラハムは、苦悩するが、聖書研究では、アブラハムは、神の命令には従わなければならないと、英雄的信仰と従順の心を持って、アブラハムは、行動するとある。
私情をはさまず、話を進める。
そして、いざイサクを祭壇の上で、殺そうとして、刃物を振り上げた時、神の使いが言う。
「その子に手をくだすな。いまこそわたしは、おまえが神を敬い、おまえのひとり子さえも神のために惜しまないことがわかった」と。
そうすると、雄羊が、やぶに角をひっかけてもがいている。それを、生贄として捧げたとある。
天使は言う。
「おまえは、ひとり子さえ惜しまなかったから、神はおまえを祝福し、おまえの子孫を空の星、浜のまさごのようにおびただしく増やそう。おまえの子孫は敵の門を討ち取るであろう。おまえは神の声に従ったから、地上のすべての人もおまえから祝福されるだろう」
聖書のお話をするのではないから、一速に進む。
アブラハムは、妻サラの死後も、セツラという妻をめとり、六人の子をもうけている。
それらの子の子孫からは、後のイスラエル人を悩ます種族も出る。
さて、イサクは、現在のシリアとイラクの国境地帯にあった、ハランという地から、自分の姪に当たるレベッカを妻に迎えた。40歳である。
エウザとヤコブという、双子をもうけるのである。
このヤコブは、姉妹と、その召使二人を妻にし、四人が生んだ子が、十二人で、この十二人の息子が、後のイスラエルの十二族の祖となるのである。
ユダヤ十二支族と言われるものである。
この支族の中でも、指導的立場をユダ族が持ち、その中から、ダビデ王、ソロモン王、そして、イエスキリストが出るのである。
イスラエルという名は、ヤコブが神から改名を命じられて、はじまった名である。
ヤコブの子孫が後に、イスラエル人、また、ヘブライ人とも呼ばれる。
アブラハムは、175歳を迎えて死ぬ。
その子、イサクとイスマエルは、ヘブロンにあるマクペラの墓に、妻サラと並べて葬った。
中世期、この地を、イスラムが占領して、他宗教の巡礼を拒んだ。しかし、1929年に、墓の上のモスクの中にだけは、入れるようになった。
ムハンマドは、このアブラハムの信仰に立ち返ることを言うのである。